ひょんなことで、乳がん無治療2年から標準治療を始めた方のブログを拝見しました。
らむままの乳がん無治療からの再出発
読ませていただくと、ああ、無治療(代替治療と言い換えてもいいかな)って怖い、としみじみ思うのですが、それも結果論であって、標準治療(所謂三大治療と呼ばれる、手術・抗がん剤・放射線治療)が怖いと思っている人は代替治療に走るのでしょう。
そもそものはじまりは、がんと告知された時に「がん=死のイメージ」⇒抗がん剤怖い⇒ネットで調べちゃった⇒代替治療 という流れのようでした。
そして、らむままさん曰く「がん告知を受け入れられなかった」とのことでした。
見つかった時点で、おそらく(今振り返れば)ステージ2-bぐらいだった、とのこと。
さて、そして自分を振り返ってみる。
私は果たして告知の時に受け入れられていただろうか。
そもそもが「しこりのない状態」で見つかった私の乳がん。
しこりがないのですから、まぁステージは低いと予想されます。その上おそらくリンパへの移転もない。
というか、告知時点では「非浸潤性乳がん」ということで、切れば(手術すれば)それでおしまい、という診断でした。(もちろん確定は手術後であることも説明されています)
顔つきはおとなしく、非浸潤性である、と。
まー多分浸潤してたとしても、ホルモン治療でイケるんじゃないかな、みたいな。
ただ、腫瘍が多発しているので、温存ではなく全摘になる、と。
全摘は流石にちょっと抵抗しましたw
「え、早期であるならば、温存ではだめなんですか?」と。
答えは「温存も出来ない事はないけど、乳首とかアッチ向いちゃったりして変になるよ。それより全摘して再建したほうがずっときれいになるよ」との事で、私はあっさりと引いたのでした。
まー、ただ、非浸潤の早期発見がんですので、私の中では「(私の)がん=死」ではなく、以前やった「胆石が出来たので胆嚢を取る」ぐらいの気軽さでした。(えーーー)
この気軽さは、後に「オレ全然わかってなかったじゃん」って事になるわけなんですが、深く考えない質なんで、スンマセン。
まぁ、告知~手術までは、今振り返ると正直「受け止めきれてなかったので軽く考えるようにしていた」というのが正解だと思います。
私は自家組織再建を希望し、施術してもらいました。
見た目の出来自体は本当に素晴らしく、背中に傷は残ったけど、ぱっと見、多分将来公衆浴場とかに行ったりしても、見破られないでしょう。健側とほぼ一緒。
すごいよ、西新宿の医大の乳房再建科。ブラボー(宣伝しときます)
で、私はバカだから、がん取って、再建すれば、元通りになるって思ってたんです。
ホントにバカですね。
手術して、再建して、そんで終わり。元通り。って思ってた。
違ったー!
↑これが受け止めきれてなかったーーー!って事かなって。
服も下着も今までとはテイストを変えないと、色々と支障が出て、これはこすれるからダメ、アレは締め付けるからダメ、みたいな感じで色々工夫が必要になった。
自家再建なので傷のつっぱりどころが多くて、多分後何年も掛けていかないと癒えないのだろう、あちこちが未だに痛いし、突発的に痛くなるし、日によって痛みが違うし。
ホルモン剤の副作用も地味に色々つらい。(抗がん剤よりはマシなのはわかってますが敢えて)
そして、5年生存率が97%、10年生存率が90%ぐらいではあるんだけれど、がんである以上、再発という恐怖からは逃れられない。
再発って思ったより怖いわ、コレ、と思ったのは手術後のたっぷりあった静養期間の間に調べて知ったことですw
まー、告知~手術までは、お医者さんは「ネットで調べないで!」と釘さされてたんで、あんまり調べなかったのが功を奏して不安な気持ちは払拭できてたんでよかったんですが。
ただ、私はステージ0(或いは1)だったから、調べずに行けたかもしれない。
これがステージ2だったらどうだったか。3だったらどうだったか。
もっと怖かったしもっと悩んだだろうと思う。
っていうか、ステージ0でも受け止めきれてなかったっつーのw(普通の人と逆方面かもだけど・・・)
あーー、何書きたいかわかんなくなってきたけど、人の心ってやっぱ弱いよね、ってことを書きたかった。
暴走するよ、やっぱ。よほど強い人じゃないとw
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