第一章の考察
第一章は、真宗の教義が一言で書かれており、本質が集約されているということは前にも書きました。
けれども、本質が少ない言葉で書かれているからといって、それが簡単に分かるという意味ではありません。
私は『歎異抄』の中でも一位、二位を争うほどの難しさなのではないかと思います。
したがってこの第一章は何回も何回も読み理解していかなければなりません。
『歎異抄』を寺にたとえるなら、第一章はお寺の門のようなものです。
その門の大きさや品格から、そのお寺の歴史、信仰、住職の顔を見なくてもそこがどのようなお寺かを想像することができます。
けれどもお寺の中でお話を聞きに行こうと思うのならば、必ずその門を通らなければなりません。
『歎異抄』も同じであり「序」という看板を見て、第二章からの言葉に耳をかたむけようと思うならば、
やはり『歎異抄』の門である第一章を読んで通過し、よくよく考えなければならないでしょう。