千人殺しの比喩とアングリマーラ
第十三章には千人殺しの比喩があります。
これは親鸞が、千人殺せば必ず往生が出来るというパラドックスを展開して業の深さを唯円に説く場面で、『歎異抄』の中で最も衝撃的な言葉です。
この千人殺しの比喩は、釈尊の弟子であるアングリマーラの話に似ています。
アングリマーラはもとの名前をアヒンサ(不殺生)といって、バラモンの弟子でした。
「千人を殺し、殺した人の指を首飾りにしなければ真のバラモンになることは出来ない」と師のバラモンに騙され、次々と人を殺していきました。
あと一人で千人目という所で母親を殺そうとします。
しかし釈尊が現れて邪魔をします。
真のバラモンになるためにアングリマーラは釈尊を殺そうとしますが、一向に釈尊に近づくことが出来ません。
この不思議な出来事に心をうたれたアングリマーラは回心し、釈尊の弟子となったといわれています。
この話の発端は、実はアングリマーラが師の妻との関係を疑われたことに基づいています。
そして第十三章で唯円が批判する、善性の『二十一箇条禁制』や、その道場の張り文には「他人之妻女懐抱事留事」や「他ノ妻ヲオカシテ、ソノ誹謗ヲイタス事」と記されています。
つまり他人の妻と関係を結ぶことを禁じている文が残っているのです。
このことからアングリマーラのように、当時、師や同行の妻を抱く親鸞の弟子たちがおり、唯円はその人たちを敵視していたと考えられます。
奇しくも報仏寺には、親鸞が唯円の妻にあげた名号を間男からのラブレターと誤解して、唯円が妻を袈裟懸けに切り殺してしまうという伝承が遺されています。