誰もが知っている。僕には心がないのだ。200年前の6月8日に僕の先祖は生まれ、涙を流したが、悲しかったわけではない。ただ、感情的には一直線だったし、何も波打つものはなかったのだ。それにも関わらず、目から水に似たものが出たのは、一種の偶然だったように思う。その日その場所にいて、わかったことがある。先祖は、何も感じていないし、何も考えていなくて、ただの白紙だったのだ。黒い稲妻が家を打った日、ひょっとこは世界を支配していたのに?仮面の誠実さは、いわゆる機械的なプログラムだったのだろう。限りある肉体を滅ぼした今どこにもいない僕を見つめるなんてできないのだ。熱いとしても、炎がそこにあるだけであり、鬼が爆炎を沈めているだけである。彼らはリンゴを握りしめて、マルクスをなでる。あの人はもう誰もが等しい変化態へと昇華したのだ。さらば!きな臭い正しさよ!熱い馬鈴薯は花をつけないのだ!そうして、死んだ僕は消えた先祖を追い続ける。ここにはいないのだ!驚くべきことだ。どこにもいない。少し ずつ理解していく、逆流する時間の中で、僕は先祖と似ていると。何を見ているのだ。ただ、あの人は消え去ってしまっただけだ。信じているときほど満たされるのに?追いかけるほど飛翔するのに?さらば、愛しのカトマンズ。みんなは南の楽園へと沈んでいった。明るい太陽を目指しているのは誰でも一緒ではないのか!