本日2020年2月16日(日)10:00~11:30、
第53回の哲学カフェin夙川を開催しました。

なまぬるい雨の中、
新型コロナ・ウィルスのことも心配しながら、
10名の方がご参加くださいました。
ありがとうございます。

今日のテーマは
「ことばで言い表せないことを言いたいとき、
どうしますか?」
でした。

なにか言いたいことがあって、
ことばにしてみる。
ことばにしたとたん、
自分で言っておきながら
自分の言ったことに対して
「ちょっと違うな」と違和感が出てくる。
それで、さらにことばをつぎ足すのですが、
違和感は消えない。
ますます違和感を覚えることもある。
どんどんことばを足していっても
違和感は膨れ、
聞き手も「???」という表情。
悪循環。
こういうことって
よくあるのではないかと思い、
今回のテーマとしました。

「以心伝心」や「腹芸」ということばが示すように、
かならずしもことばでしか
言いたいことが言えないわけではない、
という意見。

さまざまな芸術は、
まさにことばでは表現できないことを、
視覚・聴覚・触覚に訴えて、
いろんな方法で伝えようとしている具体例だという意見。

ボディ・ランゲージで伝えるという意見。

ことばをまだ覚えていない乳児は
身体でなにかを表している。
ではお母さんは、すぐにその「なにか」が理解できるのか?
じつは何度も何度も、
試行錯誤をくり返しながら、
かなりの時間をいっしょに過ごしてみて、
やっとその「なにか」がわかってくる。

このように、ことばで言い表せないことを
ボディ・ランゲージで表すときには、
受け手の「読みとる」能力が重要になってくること、
その能力には「忍耐」「試行錯誤」「反復」「時間」
が必要になってくること、
さらに重要なことは
「相手のことをわかりたい」という気持ちが
受け手の側にあること、
こういったことがひとつ話題になりました。

「ぜったいに伝えたいことがあるとき、
みなさんはどうしますか?」
という問いかけをしてくれる人もいました。
この問いかけに答えてくれる人がほとんどなかったのが
残念ですが、
こういう問いかけをしてくださると、
進行役としては助かります。

ひきこもっている人の何割かは
「どうせ言ってもわかってくれないに決まってる」
と無力感に陥っているのではないか、
という意見も出ました。

それに触発されて
「言っても家族はわかってくれないと思い、
家族に話さず、ネットを通じて、匿名のだれかに発信する人
も増えてるんじゃないか、
そうしてますます家族同士、
わかりあえなくなってきているんじゃないか?」
といった意見も出されました。

「100%伝えたい、100%わかってほしい」
という思いが強くなればなるほど、
もしかすると
「ここではないどこか」にいる人にわかってもらおうとし、
身近な人にはなにも言わない、
ということも起きているのかもしれません。

こんなふうに、
今回もいろんな話しあいができて
おもしろかったです。

次回は
2020年3月15日(日)10:00~11:30、
「洋麺亭 さんれも」にて開催予定です。

テーマは
「人間関係の濃さと重さについて」
です。

「希薄な人間関係」ということばが
現代人の人間関係のあり方を表す決まり文句になっています。
でも、多くの人は「濃い人間関係」より
「希薄な人間関係」を望んでいるのではないか?
いいかえると、現代の人間関係が「重い」がゆえに、
気楽さを求めている人が増えているのではないか?
「ひとりは気楽」だと語る独居高齢者は
すくなくありません。
人間関係が話題になると
マナーや礼儀のことが
すぐに引きあいに出されます。
それが「重さ」につながっているのではないか?

そんな仮説をもっていますが、
この仮説にこだわらず、
ご自分の経験などをまじえて、
現代の人間関係に対するいろんな思いを話していただければ
と思います。