本日2019年11月17日(日)、10:00~11:30、
第51回の哲学カフェin夙川を開催しました。
年内最後の哲学カフェでした。

参加してくださったのは14名。
うち初参加の方がおひとりいらっしゃいました。

今日のテーマは
「趣味の良さ、とは?」
でした。

なかなか難しいテーマだとは思いましたが、
チャレンジしてみました。

「そんなん、ひとそれぞれやん」
「その人が、それをいいなあと思うだけの話では?」
と言われるだろうな、と思っていたからです。

けれども、そう言い切れないところがあるのではないか?
複数の人が同じ対象を「良い」と感じ、
しかも複数の第三者がその人たちの様子を見て
「この人たちは趣味がいいなあ」と感じることがあるのではないか?
そうだとすると「ひとそれぞれ」で済ませることは
ものごとを単純化しているだけではないか?
「ひとそれぞれ」と思いこみ、決めつけているだけではないか?
そういう疑問も湧いてきます。

趣味の対象として、絵画やワイン、骨とう品など
「高尚なもの」が多くでてくるので、
ある人がこんな質問を投げかけてくれました?

「ボランティアも高尚なものだと思うのだけれど、
ボランティアが趣味なんて言うと非難されるのではないか?」

まず「ボランティアは高尚か?」から話しあいました。

ボランティアは困っている他者のためになにかをしようとする点では高尚かもしれない、という意見。
たしかに他者のための行動ではあるが、高尚かどうかとは関係のない次元に属する行動ではないか、という意見。
などなど、いろんな意見がでました。

つぎに「ボランティアが趣味と言うと非難されるだろうか?」
について話しあいました。
趣味であれば、どういう結果になっても問題ないかもしれないが、
ボランティアは「役に立っているかどうか」という結果が大切なのだから、
趣味のカテゴリーに入れると、やはり批判されるのではないだろうか?
という意見。
一方、支援された側の人から、すごく感謝されたボランティアが
「いえいえ、ボランティアが趣味ですから、気にしないでください」
というふうに、照れ隠しというか、支援された側の人に重荷に感じてほしくないと思って「ボランティアが趣味」と発言する場合もあるのではないか、
という意見もありました。

プロレスが趣味と言う人に対してだれも「趣味が良い」とは考えないだろうという意見に対しても、いや、そんなことはないと反論もありました。

趣味は英語だとtasteに当たり、また趣味のことばに「味」の字が含まれていることから、「味わう」こととの関連でも話しあいは進みました。

いろいろおもしろい意見が交換されましたが、
すみません、割愛します。

次回は年明け2020年1月12日(日)、10:00~11:30、
場所もいつもの、「洋麺亭さんれも」にて。

テーマは
「余裕をもつにはどうしたらいいですか?」
です。

今回の話しあいでも
趣味の良い人と余裕がある人との関連が指摘されていたように思いましたので、このテーマにしました。