翌日、優治はマスターに会いに終業後にBARへ向かった。
するとカウンター越しにマスターと話す真代が来ていた。
優治は少し雰囲気の違かった真代の隣に座りお酒を注文した。鍵を返そうとポケットの中に手を入れたとき、真代が優治に一言「どうして家にいなかったのか?」・・・と、流れの読めなかった優治は真代の様子を伺ったが、どうやら酔っ払っているようだった。。。
外はまだ薄暗くなったばかりなのに、どれぐらい飲んだのだろうか、前に送っていた時ぐらいの感じだった。
すると優治のお酒を持ってマスターがこちらにやってきた。
マスターには昨日の嘘がバレていたみたいで、少し不機嫌な口調子で「どうだい調子は・・・?」と言った。
どこまでマスターに話したのか真代に問いつめると、一部始終を話していたようだった。優治は、手元のグラスを掴むと、一気に飲み干した。 「マスターおかわり・・・」マスターの目の前に突き出した。
マスターは突き出されたグラスを手にとり、「そういう嘘は構わないが、彼女の事・・・もう少し考えてやったらどうだ?」と言い、その場を後にした。
優治はその言葉の意味が分からなかったので、真代に尋ねてみると「気にしないで・・・」と笑いかけていたが、少し様子が変に思った優治は、笑いかける真代の瞳から流れるものに気づいた。慌ててポケットからハンカチを取り出し、優治は真代の頬に当てた。
マスターがお酒を持ってくると、うずくまっている真代を見るや、優治に説明しだした。
ゆっくりと話し出したマスターの声に真代も泣き止み、耳を傾けていた。
話しの途中だったが、優治は目の色を変えて立ち上がろうとした。その様子に驚いた真代は優治の手を掴むと、振り返った優治に一生懸命首を振り続けた。
「少し落ち着けや・・・」その言葉に優治は一度席に着き、一口お酒を飲み込んだ。。。
許せなかった優治の話とは、以前から関係を持っていた真代の上司が、結果的に振った様な感じだ。優治と夜を明かした翌日、真代は有休をとって彼と会っていたらしい。・・・が、上司の奥さんに感づかれたようで、都合が悪くなったみたいだ。最後の旅行として一泊二日の温泉街に出かけて、先ほど駅で別れてきたそうだ。。。結局、真代は遊ばれていたみたいで、話していたマスターの気分も良くはなかった。その足でBARに寄ったみたいで、今ではこの有様。。。
優治は真代が落ち着くのを待って、早いうちに家まで送ろうとマスターに話しをつけた。
今日は、週末とあって段々と客の入りが増えてきた。賑やかな場には居辛いと思い、勘定を払い外へ出た。
店の中に入った頃とは打って変わって、真っ暗な空が辺りを包んでいた。駅のロータリーでタクシーを呼びつけ、彼女の家まで送ることにした。
真代は店で泣き疲れたのかタクシーに乗るとすぐに眠りについた。
『トントン・・・』・・・運転手に起こされた優治は、辺りを見渡すと目白駅着いていた。
どうやら優治も眠ってしまっていたようだ。とりあえず、真代のマンションまでタクシーを着けてもらうえるよう、運転手に言い道のりを急いだ。
真代のマンションが見えてきたので、優治は真代を起こすが泣き続けたせいか、何となく目元が腫れぼったく見えた。
マンションの前まで来ると、タクシーを降りた二人は一緒に玄関まで歩いた。真代の酔いは醒めてきたのか、幾分優治に寄りかかる感じではあったが、普通に歩けるぐらいまで回復していた。
玄関まで来ると、優治は寄りかかっていた真代を起こし帰ろうとするが、なかなか手を離してくれない。。。
優治は誘われるがまま部屋の中へと入っていった。。。
昨日来た時と同じ風景が優治の目に入ってきた。そうであろう、そのまま上司に会いに行って今帰ってきたわけだから・・・今の真代は、心身共に疲れているはずだ。。。優治は少しの間傍にいてあげようと思いソファーに腰掛けた。
隣の部屋で真代は部屋着に着替えてくると、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出し、優治の前に差し出した。
優治は缶ビールを手に取ると、場を濁さないようテレビをつけ、二人でぼんやりと眺めていた。。。
・・・番組もCMに入り、ふと、優治は真代に何故上司のことを好きになったのか質問した。
元彼と別れた一時、仕事もうまくいかず気力をなくしていたときに手を差し延べてくれたのがその上司で、終業後のプライベートでも、一緒に食事に行ったり休日も一緒に出かけたりと、ここ一年ぐらい付き合いがあったようだ。
しかし、最近一緒に出かけることが少なくなって、彼に聞いたところ、奥さんに感づかれたみたいで、休日は勿論のこと終業後も顔を合わす事も無く、真っ直ぐ帰宅していた。
妻子持ちだと言うことは、付き合う前から了承済みで上司も悪いが、真代の気持ちも変な話だ。
強く問いつめるわけでもなかったので、話しを変えるため旅行先のことを尋ねた。
一泊二日と短い時間であったが、楽しく過ごせたみたいだった。
しかし、話している真代の顔はどういう顔をしたらよいのか分からず、笑いながら泣き出してしまった。
それを見た優治は、慰めようとするが慌ててしまってうまくいかない・・・
すると、彼女は「そうだ。旅行先でお酒を買ってきたんだ・・・」と震えた声で言いかけ、隣の部屋へ入っていった。
優治は、その時の真代を抱きしめることができなかった自分の行動に反省した。。。
・・・しばらくテレビ画面を眺めていたが、なかなか真代が隣の部屋から出てこない。優治は扉越しに耳を傾けると、真代のすすり泣く声が聞こえた。優治は、ノックをしたが反応が無い・・・ゆっくりと開ける優治の目に入った景色は、真っ暗な部屋の奥、ベットに横たわって泣いている真代の姿だった。
さすがの優治も堪えたのか、うずくまる真代の身体を両手で、力強く抱きしめた。。。真代もそれに応えるかのように大きな声で泣き出した。彼女の震える身体は、一瞬優治の心を鈍らせたが、肌を触れ合わせることでお互いの心を一つに落ち着かせた。。。
翌朝は休日ということもあって、二人で郊外へショッピングに出かけた。
晴天に恵まれた土曜日、行き交う人たちはほとんどカップルで、優治たちもその雰囲気に誘われるかのように、一日中歩き回っていた。
ふと気づくと辺りは、真っ暗になっていてホテルのレストランでディナーを、後は真代の家でお酒を飲み明かした。
お互いプライベートで会うことが多くなり、気の合う間柄になった頃、優治は意を決して彼女に交際を申し込んだ。いるわけもない真代は迷いも無く受け入れてくれた。
一緒にいる時間は早いもので、いくら会っていても、お互いその時間を少なく感じていた。そんなホンの小さな不安は、お互いの関係を必要にさせ、同棲することで安らぎをもとめた。
しかし、優治にはまだ心の奥にある不安を取り除くことができていなかった。
ある日、優治は真代の上司との関係をはっきりさせようと、彼女の会社へ向かった。
この日彼女へは、ディナーに行くと言っていたが、優治の頭の中は上司のことでいっぱいであった。
いつものように入り口の外で待つ優治であったが、あの時の不安が、エントランスに見えた彼女で確実なものに変わった。
自動ドアの反対側にいる優治には会話が聞き取れなかったが、様子を見る限り、真代が上司を拒んでいる感じだった。上司の手を振り切り外まで逃げてきたが、上司も外まで追いかけてきた。もう一度真代の手を掴むと、上司は背を向いていた彼女を振り向かせ「女房とは別れる・・・だから・・・」と、言い寄った上司の横から、優治の拳が顔面を捉えた。
「もう・・・真代には近づくな・・・」と、優治は地面に倒れ込む上司を睨みつけた。
一瞬何が起きたか分からなかった真代は、呆然と二人を見ていた。優治は真代の手をとりその場を走り去っていった。そして、独り残され地面に座り込む上司の姿を、その場にいた人たちは哀れんだ目で覆いつくした。
公園の水道で腫れ上がった優治の拳を冷やしている真代は、鞄からハンカチを取り出しその手を包んであげた。
優治の心の奥に隠れていた不安が取り除かれた。優治の顔は清清しい表情をしていた。
翌日、真代は退職届を頬に絆創膏をつけた上司に突きつけ、笑顔で会社を出ていった。
会社の入り口では、優治が待っていた。雲ひとつ無い晴天を二人で眺めている。これからまた新しい生活が始まった。