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 翌日、優治はマスターに会いに終業後にBARへ向かった。
 するとカウンター越しにマスターと話す真代が来ていた。

 優治は少し雰囲気の違かった真代の隣に座りお酒を注文した。鍵を返そうとポケットの中に手を入れたとき、真代が優治に一言「どうして家にいなかったのか?」・・・と、流れの読めなかった優治は真代の様子を伺ったが、どうやら酔っ払っているようだった。。。
 外はまだ薄暗くなったばかりなのに、どれぐらい飲んだのだろうか、前に送っていた時ぐらいの感じだった。
 すると優治のお酒を持ってマスターがこちらにやってきた。

 マスターには昨日の嘘がバレていたみたいで、少し不機嫌な口調子で「どうだい調子は・・・?」と言った。
 どこまでマスターに話したのか真代に問いつめると、一部始終を話していたようだった。優治は、手元のグラスを掴むと、一気に飲み干した。 「マスターおかわり・・・」マスターの目の前に突き出した。
 マスターは突き出されたグラスを手にとり、「そういう嘘は構わないが、彼女の事・・・もう少し考えてやったらどうだ?」と言い、その場を後にした。
 優治はその言葉の意味が分からなかったので、真代に尋ねてみると「気にしないで・・・」と笑いかけていたが、少し様子が変に思った優治は、笑いかける真代の瞳から流れるものに気づいた。慌ててポケットからハンカチを取り出し、優治は真代の頬に当てた。
 マスターがお酒を持ってくると、うずくまっている真代を見るや、優治に説明しだした。

 ゆっくりと話し出したマスターの声に真代も泣き止み、耳を傾けていた。
 
 話しの途中だったが、優治は目の色を変えて立ち上がろうとした。その様子に驚いた真代は優治の手を掴むと、振り返った優治に一生懸命首を振り続けた。
 「少し落ち着けや・・・」その言葉に優治は一度席に着き、一口お酒を飲み込んだ。。。
 
 許せなかった優治の話とは、以前から関係を持っていた真代の上司が、結果的に振った様な感じだ。優治と夜を明かした翌日、真代は有休をとって彼と会っていたらしい。・・・が、上司の奥さんに感づかれたようで、都合が悪くなったみたいだ。最後の旅行として一泊二日の温泉街に出かけて、先ほど駅で別れてきたそうだ。。。結局、真代は遊ばれていたみたいで、話していたマスターの気分も良くはなかった。その足でBARに寄ったみたいで、今ではこの有様。。。
 優治は真代が落ち着くのを待って、早いうちに家まで送ろうとマスターに話しをつけた。

 今日は、週末とあって段々と客の入りが増えてきた。賑やかな場には居辛いと思い、勘定を払い外へ出た。

 店の中に入った頃とは打って変わって、真っ暗な空が辺りを包んでいた。駅のロータリーでタクシーを呼びつけ、彼女の家まで送ることにした。
 真代は店で泣き疲れたのかタクシーに乗るとすぐに眠りについた。

 『トントン・・・』・・・運転手に起こされた優治は、辺りを見渡すと目白駅着いていた。
 どうやら優治も眠ってしまっていたようだ。とりあえず、真代のマンションまでタクシーを着けてもらうえるよう、運転手に言い道のりを急いだ。
 真代のマンションが見えてきたので、優治は真代を起こすが泣き続けたせいか、何となく目元が腫れぼったく見えた。
 マンションの前まで来ると、タクシーを降りた二人は一緒に玄関まで歩いた。真代の酔いは醒めてきたのか、幾分優治に寄りかかる感じではあったが、普通に歩けるぐらいまで回復していた。

 玄関まで来ると、優治は寄りかかっていた真代を起こし帰ろうとするが、なかなか手を離してくれない。。。
 優治は誘われるがまま部屋の中へと入っていった。。。

 昨日来た時と同じ風景が優治の目に入ってきた。そうであろう、そのまま上司に会いに行って今帰ってきたわけだから・・・今の真代は、心身共に疲れているはずだ。。。優治は少しの間傍にいてあげようと思いソファーに腰掛けた。
 隣の部屋で真代は部屋着に着替えてくると、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出し、優治の前に差し出した。
 優治は缶ビールを手に取ると、場を濁さないようテレビをつけ、二人でぼんやりと眺めていた。。。

 ・・・番組もCMに入り、ふと、優治は真代に何故上司のことを好きになったのか質問した。
 
 元彼と別れた一時、仕事もうまくいかず気力をなくしていたときに手を差し延べてくれたのがその上司で、終業後のプライベートでも、一緒に食事に行ったり休日も一緒に出かけたりと、ここ一年ぐらい付き合いがあったようだ。
 しかし、最近一緒に出かけることが少なくなって、彼に聞いたところ、奥さんに感づかれたみたいで、休日は勿論のこと終業後も顔を合わす事も無く、真っ直ぐ帰宅していた。
 妻子持ちだと言うことは、付き合う前から了承済みで上司も悪いが、真代の気持ちも変な話だ。
 強く問いつめるわけでもなかったので、話しを変えるため旅行先のことを尋ねた。

 一泊二日と短い時間であったが、楽しく過ごせたみたいだった。
 しかし、話している真代の顔はどういう顔をしたらよいのか分からず、笑いながら泣き出してしまった。
 それを見た優治は、慰めようとするが慌ててしまってうまくいかない・・・
 すると、彼女は「そうだ。旅行先でお酒を買ってきたんだ・・・」と震えた声で言いかけ、隣の部屋へ入っていった。

 優治は、その時の真代を抱きしめることができなかった自分の行動に反省した。。。

 ・・・しばらくテレビ画面を眺めていたが、なかなか真代が隣の部屋から出てこない。優治は扉越しに耳を傾けると、真代のすすり泣く声が聞こえた。優治は、ノックをしたが反応が無い・・・ゆっくりと開ける優治の目に入った景色は、真っ暗な部屋の奥、ベットに横たわって泣いている真代の姿だった。
 さすがの優治も堪えたのか、うずくまる真代の身体を両手で、力強く抱きしめた。。。真代もそれに応えるかのように大きな声で泣き出した。彼女の震える身体は、一瞬優治の心を鈍らせたが、肌を触れ合わせることでお互いの心を一つに落ち着かせた。。。

 翌朝は休日ということもあって、二人で郊外へショッピングに出かけた。
 晴天に恵まれた土曜日、行き交う人たちはほとんどカップルで、優治たちもその雰囲気に誘われるかのように、一日中歩き回っていた。
 ふと気づくと辺りは、真っ暗になっていてホテルのレストランでディナーを、後は真代の家でお酒を飲み明かした。

 お互いプライベートで会うことが多くなり、気の合う間柄になった頃、優治は意を決して彼女に交際を申し込んだ。いるわけもない真代は迷いも無く受け入れてくれた。

 一緒にいる時間は早いもので、いくら会っていても、お互いその時間を少なく感じていた。そんなホンの小さな不安は、お互いの関係を必要にさせ、同棲することで安らぎをもとめた。
 しかし、優治にはまだ心の奥にある不安を取り除くことができていなかった。

 ある日、優治は真代の上司との関係をはっきりさせようと、彼女の会社へ向かった。
 この日彼女へは、ディナーに行くと言っていたが、優治の頭の中は上司のことでいっぱいであった。
 いつものように入り口の外で待つ優治であったが、あの時の不安が、エントランスに見えた彼女で確実なものに変わった。
 
 自動ドアの反対側にいる優治には会話が聞き取れなかったが、様子を見る限り、真代が上司を拒んでいる感じだった。上司の手を振り切り外まで逃げてきたが、上司も外まで追いかけてきた。もう一度真代の手を掴むと、上司は背を向いていた彼女を振り向かせ「女房とは別れる・・・だから・・・」と、言い寄った上司の横から、優治の拳が顔面を捉えた。
 「もう・・・真代には近づくな・・・」と、優治は地面に倒れ込む上司を睨みつけた。
 一瞬何が起きたか分からなかった真代は、呆然と二人を見ていた。優治は真代の手をとりその場を走り去っていった。そして、独り残され地面に座り込む上司の姿を、その場にいた人たちは哀れんだ目で覆いつくした。

 公園の水道で腫れ上がった優治の拳を冷やしている真代は、鞄からハンカチを取り出しその手を包んであげた。
 優治の心の奥に隠れていた不安が取り除かれた。優治の顔は清清しい表情をしていた。

 翌日、真代は退職届を頬に絆創膏をつけた上司に突きつけ、笑顔で会社を出ていった。
 会社の入り口では、優治が待っていた。雲ひとつ無い晴天を二人で眺めている。これからまた新しい生活が始まった。

【小説③】Spare Key ~序章~

独身で平凡な生活を送る”原田 優治(32歳)”

社内でも女性に嫌われているわけではないが、存在感が無くアフターの付き合いも無く、会社と自宅の往復・・・
ふと、見つけたBARで独りで飲むのが日課になってしまった。

そんなある日・・・


…とあるBARで一時間ほど飲んで帰るのが日課の優治(ゆうじ)は、今日も会社から向かっていた。
 ここ二週間ぐらい前から、ひとりの女性がこの店に出入りしているのに気づいた優治は、その女性が店に入るのを見届けてから入った。
 中は20人入れるか入れないかの狭い店内ではあるが、常連にはとてもキサクに声をかけては、自分もその和に飲んで盛り上がるマスターがいる。複数で来る客と違い1人で訪れる客にも接してくれるので、結構近所では人気のある店であった。
 いつものようにシングルロックのウィスキーを飲み歩き、オレの隣の席に座ったマスターがこう言う…
 「どうだい調子は…?」
 いつもの質問だ…
 しかし、これにハマってしまう客も多く、つい会社の事や日常の事など…話すきっかけを作ってくれるマスターのそんな優しさは、風貌からは見てもよくわかる。
 背は170cmと大きくもないが、そこそこ恰幅はある。気は優しくて力持ち…そんなフレーズの合うマスターだ。

 「あの女性(ひと)もマスターと話しにきてるのだろうか…?」
 優治はマスターの向こうに見える女性に少し気になっていた…

 マスターはそんな優治の目の動きに気づいていた…
 「あの娘(こ)の事、気になるかい?」

 優治はハッとして目の焦点をマスターに合わせると、ニヤリと笑いかけて、こっちを見ていた。

 「えぇ…」
 優治の気の無い返事にマスターは穏やかだった顔から真面目な顔になり一言、『あの娘は今はやめておきな…』と言って、カウンターに戻った…

 優治はマスターの一言を不思議に思ったが、問いかけはしなかった。

 10分ぐらいだろうか…間もなくマスターはその女性にお酒を前に差し出した。相談にでも来たのか、うつむき加減でそのグラスに手を差しのべ、一口…いや、半分ぐらいは減ったであろう、見るからにウィスキーの水割りのようだったが、次の一口でそのグラスは空になってしまった…前でその様子を見つめていたマスターの表情は、あまり良くない…

 マスターなら女性の事情は知っているのだろう…

 カウンターから見渡す棚には様々なお酒が並べられていた。面白いもので、ボトルの形も様々だが、歴史やその銘柄の由来も違う…そもそも、この日本にこうやって並べられる事を当時の製造者は誰が予想できたであろうか…世界のお酒には生き抜いてきた時代があった…

 優治は空になったグラスをマスターに渡すと、興味深い形をしたボトルを指差し「あのお酒…ダブルをロックで…」

 有線から流れるJazzの音楽に耳を傾ける・・・この瞬間(とき)が優治にとって一番の時間なのだ・・・

 今日は、平日のせいか客足は少なく、店内は静かであった。
 優治は、鞄から雑誌を取り出し読み始めた。こうやって優治は一時間を過ごしていた。
 有線の曲が変わったのに気づいた優治は、辺りを見渡すと一次会の帰りなのか4人ぐらいの団体が入ってきた。
 すると、少し賑やかになった店内を見渡している彼女は、席を立とうとしていた。
 
 少しはマスターと話せたのだろうか・・・気になった優治は横目で彼女を見送った・・・が、彼女の様子が少しおかしく感じた優治は「お勘定・・・」と言い、彼女に手を差し延べるのであった。
 高く狭い階段は、今の彼女には上がりきることはできないであろう。。。優治は一緒に上るため彼女の手を肩に回し、上がろうとした時後ろから声がしたので振り返ってみるとマスターが首を左右に振り続けていた気がした。

 外へ出ると彼女は、一人でも立てるような素振りをするのだが、なかなか足が地に付こうとはしていない・・・そんな彼女の様子を見兼ねた優治は彼女の自宅を尋ねた。微かに聞き取れた名前は”目白”と言っていた。
 池袋が最寄の優治は、タクシーで送ることにした・・・

 五分ぐらいで来たタクシーは、二人を乗せて目白を目指した。
 着いてからの道は聞き取れなかったので、着いてから聞くことにして、彼女を寝かしつけた。
 
 車の窓から差し込むネオンの明かりが彼女の寝つきを悪くさせていたが、少し経つと彼女は起きだし優治を見るなり、ゆっくりと寄りかかってきた。彼女は何だか震えているように感じた。


 タクシーは目白駅に着くと、「ここでよろしかったですか?」と聞かれ、彼女の酔い冷ましの為に降りることにした。
 今日は朝から天気も良く、暗くなった今でも少し寒いくらいで、歩いて帰るにはちょうどいい天気だった。車の中からずっと優治にベッタリの彼女は、タクシーから降りてもまだ寄り添っていた。
 ここからの帰り道を聞いていなかったので、彼女に尋ねると進行方向の先を指差した。

 しばらく歩くと彼女は普通に歩けるようになったので、マスターの助言通りこれ以上の介入は避けようと、寄り添っていた彼女の肩に手を当てて、「ここでバイバイ・・・」と彼女に伝えた。すると「何故送ってくれたのと・・・?」聞かれ、話が全く噛み合わない・・・『まだ酔いは冷めていないようだ・・・』優治は、意を決して彼女の家まで送ることにして、また歩き出した。
 道の灯りも段々と少なくなってきた・・・住宅街に入ったみたいだ・・・
 すると、彼女は右側に見えるマンションを指差した。高層とは言えないが、造りはしっかりしていると外観からも見て取れる。よく考えてみると、二人は駅からこれと言った話しをしていなかった。
 マンションの前まで来ると、優治は「それじゃ・・・」と言いマンションを後にしようとした・・・しかし、彼女はいっこうに離れようとしない。理由有りの事情と彼女の身体から伝わるぬくもりで、優治の心は揺らいでいた。

 はっきりしない優治の答えを聞く間もなく、彼女は家の中へと誘う。優治は誘われるがまま彼女の部屋へと足を向けた・・・

 女性の部屋に見るのは何年ぶりだろうか・・・優治は、目をどこに向ければいいのか、うつむいたままじっと座っている。彼女は、その空気を感じ取ったのか、その場を立ち上がり、台所の方へと向かった。
 冷蔵庫を開ける音、すると彼女は「お酒・・・飲みます・・・?」と聞かれ、優治もこの場を何とかしたいと思い、「うん・・・」と一言。出されたお酒はウィスキー・・・そしてロックグラス・・・彼女も飲み足りなかったのだろうか・・・優治の腕時計は23時を回っていた・・・
 「乾杯・・・」彼女は、笑顔で交わし二口飲んだ後話し出した。彼女の名前は真代(まよ)という。東京の会社に勤めているそうだが、年齢は内緒みたいだ・・・3週間ほど前からプライベートでの問題を引きずっていて、昔男性と行ったBARを憶えていたらしく、ふらっと立ち寄ったらマスターが気さくな人だったので、よく話すようになったみたいだ。
 『この様子だと問題もまだ解消していないだろう・・・』優治は過去のキズに触れないよう言葉を選びながら聞いていた。。。

 しかし、真代は優治の聞かないことまで話し出し、その問題の話しにまで発展していった。
 同じ会社の妻子持ちの上司と関係を持ってしまって、以来、上司は真代の家に来ては夜遅くに帰るという関係にまでなっていたらしい。その話しを聞いた優治は真代から今の状況を聞きだすが、変わらずの間柄になっている。
上司の好意はどこまで本気なのか、優治も真代の事が心配になっていた。
 『終電も無くなった。。。』優治は時計を見るやタクシーで帰ろうと、身支度をし始めた。
 支度が終わると、優治は真代を見たが、何だか寂しそうに優治を見つめていた。女性の武器とも言うべき、男性を見つめる瞳は金縛りすら覚える。既に深夜2時を過ぎている。この機を逃すと後は朝帰り・・・独身の優治は決心が緩んだ・・・結局また腰を下ろし、もう一杯とお酒を進ませた。

 真代は、上司との関係を良くは思ってはいないのだが、どうしても好きになってしまうクセがあるらしく、これが初めてでもないみたいだ。しかし、今回も断ち切るきっかけを探していた。
 都合良く(!?)居合わせた優治は、長時間のお酒で目も虚ろになっている・・・。そんな真代の心は、優治に向けられていた。ふと見つめ合った二人は、お互いの身体の温度を確かめるように預けていった。。。

 翌(!?)朝起きた優治の枕元には、家の鍵がひとつ置いてあった。しかし、真代は仕事に行ったのか姿は無かった・・・書置きもないこの鍵の行方は・・・とりあえず優治は着替えて真代の家を後にした。

 その日は、もちろん午後からの出社で優治は、憂鬱な時間を社内で過ごしていた。終業の合図と一緒にいつものBARに寄ってみたが、真代は来ていなかった。マスターも昨日の夜のことが気になり、優治に問いつめるが、最寄の駅まで送ったとだけ言い店を出た。
 連絡先も知らない優治は、鍵を返そうにも店には本人がいないので、渡すこともできない。我慢の出来なかった優治は、真代の家へ向かうことにした。
 一度通っただけの道は、幾分遠く感じた優治は散策するように歩き続け、見覚えのあるマンションの前で足を止めた。

 号棟を憶えていなかった優治は、スペアキーであろうか、朝枕元に置いてあった鍵でエントランスのセキュリティドアを開けた・・・が、その先がはっきりしない・・・
 1階ずつ上がり、周りの景色で思い出しながら探していくと、3階の一番隅のドア・・・『FUJISAKI』の札が優治の記憶をかすめた。インターホンを鳴らし様子を伺ったが、応答が無い・・・恐る恐るスペアキーでドアを開けてみると、人の気配は無かった。あれから、真代が帰ってきた形跡も無く、朝出てきたままだった。帰るまでここにいる訳にもいかないので、優治は一度自宅に戻ることにした。
 
 自宅に戻った優治は、床に横になって真代の家の鍵を見つめていた・・・
 明日マスターに説明して預ってもらおうと心に決めた。

 夏休みも終わり2学期が始まった。
 この夏休みで容姿が変わった人たちも何人かいたが、相変わらず野球部の現役たちは、炎天下の練習で真っ黒な顔になっていた。
 その野球部はというと、先輩達が退き新チームとして秋の地区予選を迎え活動も忙しくなり、新3年生になる遼平は、幾分優海に会う機会が少なくなっていた。

 9月から10月にかけては、文化祭の時期でもあってクラスの皆は打合せや準備で大賑わい。無論野球部ではあったが、遼平は放課後クラスの打合せに出席、その後部活へ戻っていく毎日であった。
 また、優海たちのクラスも忙しく、優海自信も秋のコンクールを迎えた吹奏楽部との両立で、会う機会が作れないでいた。

 なかなか時間の取れない二人は、クラスの中で静まり返っていた。
 ある日、遼平たちのクラスでは文化祭実行委員を選任するため、授業を返上して打合せをした。ふと遼平はあることに気づき、その実行委員会に立候補した。あまりやる気が無かったので立候補する人がいなかったので、自動的に遼平で決まった。
 その晩、部活から帰った遼平は優海と連絡をとり、優海も文化祭の実行委員に立候補するよう伝えた。そう、うまく作れない二人の時間を遼平は、実行委員会として一緒の時間を過ごそうと考えていたのだ。

 翌日、まだ決まっていなかった優海のクラスも優海の立候補で実行委員に決まった。ただ、優海はあまりクラスでは目立っていなかったので、何で立候補したのかとクラスの皆は不思議に思っていた。
 優海はうれしくて早く伝えようと、廊下に出て1切り(ワンギリ)をした。これが、二人の合図だった。
 しばらくすると遼平が教室から出てきた。
 優海は実行委員に決まった旨を遼平に伝えた。
 二人はうれしさのあまり「よお~し!」と、声を上げたが遼平のクラスが授業中だったことに気づいて、駆け足でその場を去った。
 昇降口まで走り抜けた二人は、息切らしながらもお互い笑顔で小さくガッツポーズをして教室に戻った。

 実行委員会の活動は、決まって放課後の会議室で1時間ほどの打合せ。二人は隣同士に座り、一時を一緒に過ごしていた。打合せが終わると、部活動へ戻るためその場で別れるが、少ない時間ではあったが、かけがえのない時間を共有していた。
 
 各クラスの出し物が決まり、配置等決まってくると学校全体が大賑わいで、校庭を利用して準備に入っているクラスもあった。
 遼平たちのクラスは、昇降口前で焼きそばの出店。優海たちのクラスは、教室でタロットや手相など色々な占いをするというものだった。
 金~日まで続いた文化祭も終焉を迎え、後夜祭を体育館で行った。勿論プロデュースは実行委員会のメンバー、インディーズバンドを呼んで盛大に行われた。そして閉幕。。。楽しかった二人の時間は、終わってしまった。

 翌日は代休となったが、その次の日からはいつもの生活に戻っていった。

 新チームになって最初の大会、秋の新人戦地区予選が始まった。夏の大会で強豪と戦った実績も兼ね揃えていたが、先輩達の抜けた穴は、そうすぐには埋まるものでもなく守備に制裁を欠いていた。攻撃面では問題は無かったので、地区予選では乱打戦の末勝ち抜くことができた。
 「これで夏はシード校として出場できる・・・」遼平は安堵感でいっぱいだった。

 その頃優海たちは来月のコンクールに向けて学校で練習に明け暮れていた。
 遼平は、直接自宅には帰らずに地区予選を勝ち抜いた事を優海に伝えようと学校へ向かった。

 校舎に入ると、いつもの教室から音楽が聞こえた。教室に近づくにつれ迫力のある音が漏れ出していた。廊下の窓から恐る恐る覗くが、遼平にもわかる程の熱気がその曲から伝わってきた。
 遼平はすぐに優海を見つけることが出来たが、その真剣な眼差しを見ているととても声をかけたり出来る余裕は感じれなかった。
 遼平は、静かに昇降口に向かい校舎を後にした。その晩メールで今日の試合の結果を伝えた。

 県大会一回戦の当日は日曜日でもあって、吹奏楽部も応援に駆けつけてくれていた。グラウンドで練習をしていた遼平は応援席を見るや、優海を探したが見当たらなかった。どうやら来ていないようだった。

 遼平のそんな不安の中で始まった試合も、序盤から相手のペースに呑み込まれ、4回を終えて0-5とリードを許していた。
 遼平は、何とかしようと相手を揺さぶるが、空回りした遼平のプレーには、いつものキレが無かった。中盤、細かく繋いだ打線は3点を取り返すが、終盤で追加点を取られ結果は、4-7で負けてしまった。
 遼平はすぐに応援席に向かったが、やはり優海の姿が見えなかった。近くの吹奏楽部員に尋ねると、どうやら休んでいるみたいだった。。。その晩、遼平はメールをしてみたが、返事は返ってこなかった。

 翌日の月曜日、遼平は優海のクラスを覗くが、優海の姿は見えなかった。昨晩からのメールの返信も来ない遼平は、心配でしょうがなかった。

 それから一週間後、突然遼平の携帯に着信があった。優海からだった・・・
 練習を終えた遼平は、帰路に着く前に優海に電話をした。しばらくのコール音のあと優海が出た。
 「大丈夫・・・?」と遼平の一言に、「うん・・・」と元気の無い返事が返ってきた。
 あまり元気の無い様子だったので、直接会って聞こうと、その場は切ることにした。

 翌日、遼平は授業が始まる前に職員室に呼ばれていたので、廊下を歩いていると、ちょうど職員室から出てくる優海の姿が見えた。遼平は何があったのか尋ねたが、整理が出来ていないのか、優海は少し迷っていた。今の様子ではムリと思い、昼休み屋上に来る様話し、遼平は職員室に入った。すぐに用事を済ませ職員室を出てみたが、既に優海の姿は無かった。
 ますます不安になった遼平は、その日の授業は身に入らなかった。

 昼休みになり、遼平は急いで屋上に上がった。すると、既に優海はベンチに座っていて遠くを眺めていた。
 「よっ!」と遼平は声をかけ、振り返った優海の目には涙が溢れていた。
 今にも泣き出しそうな顔を見るや、遼平は優海の隣に座り、肩に手を当てた。すると、優海は我慢していたのか、泣き出してしまった。
 訳がわからなかった遼平だったが、泣き止むまで黙って遠くを眺めていた。
 5分ぐらい経ったか、優海は泣き止み遼平を見つめた。それに応えるように遼平も見つめるが、なかなか言葉が出てこない・・・「大丈夫・・・?」と聞くと、優海は今までのことを話してくれた。

 文化祭が終わった頃、お父さんから海外赴任の話を聞かされたそうだ。
 家族一緒すぐにとはいかなかったので、先にお父さんだけ移り、落ち着いてから一緒に住もうということになった。一度お父さんの所へ行ったが、納得のいかない優海は、1年待ってもらうようお父さんに説得し、戻ってきたとのことだった。それでその話しを今朝、担任の先生に伝えに職員室に向かったらしい。。。

あと1年ということは、卒業まではいない事になる・・・

遼平も納得ができなかったが、他人の家の事情に介入するわけにもいかないので、優海に辛い思いをさせないよ様接することを決めるのであった。 
 少し優海も落ち着いたのか、笑顔を見せ始めた・・・が、試合に負けたのは残念だったと落ち込んでしまった。遼平はただただ見つめるだけだった。

 いつもの生活に戻った二人は、部活に勉強と毎日充実した日々を過ごしていた。

 コンクールの当日、遼平は部活の休みをもらい観覧に行った。
 本番を前に遼平が落ち着かない様子・・・トイレに何回も言ってしまう有り様だった・・・。
 当の本人である優海は、遼平が見に来ていることで俄然やる気になっていた。
 3番目になる優海たちは、他の学校などに焦る事は無く、全力で演奏した。その迫力は、演奏終了の時の大きな拍手が物語っていた。結果、金賞を受賞することができた優海たちは、舞台を飛び回り皆で喜びそして涙した。
 その光景を見ていた遼平は、そっと会場を出て行くことにした。
 その晩、二人は感慨の気持ちが覚めやらぬ前に、長電話で盛り上がった。

 翌朝、下駄箱に靴を入れ教室に向かう遼平は、昨日の長電話で寝不足気味。あくびが止まらなかった。
 遼平は教室の前まで来ると、突然隣の教室から優海があくびをしながら出てきた。
 二人ともあくびをしながら目が合ったので、おかしくて吹き出してしまうのであった。

 2学期、3学期と終わりを迎え、3年生となった二人は、同じクラスになった。

 初めて出会ってから丸1年が経つ・・・二人は今ではクラスで評判のカップルであった。
 制服も夏服に衣替え・・・
 そしてまた、遼平にとってかけがえの無い季節がやってくるのであった。。。

 秋の大会で、地区予選を勝ち抜いた遼平たちは、二回戦からシード校として出場する。地区予選ではちぐはぐだった打線も凄みを増していた。二回戦三回戦と5回コールド勝ち、続く四回戦も危な気無く勝ち進んだ。
 ベスト8をかけた5回戦、周りの組み合わせでは、シード校が早くも姿を消し始めていた。
 昨年よりも増して熱が入る応援席は、フルートにプリクラを貼って一生懸命演奏する優海がいた。他の吹奏楽部、チアリーダーを始め、一般生徒も腕や顔に様々なペイントをして盛り上がっていた。
 勢いに乗る遼平たちの攻撃は、留まることをことを知らない。序盤、中盤と2点ずつ取って迎えた7回裏遼平たちの攻撃は3点を取りコールド勝ちを収めた。

 6回戦ベスト4をかけた戦いは、シード校を次々と倒し、遼平たちと同様勢いに乗っているチームだ。両チームの応援席も終業式も終わり夏休みに入っていることもあって、全校挙げての応援だった。日差しが真上から降り注ぎ、地面からは熱気で陽炎も見て取れた。
 試合開始のサイレンとともに表の攻撃の遼平たちは、相手の守備を揺さぶった。
 去年の実績がある分遼平たちの方が上手だった。相手の失策を皮切りに連打で初回3点を取ると、中盤2点を返されるが、終盤ひとりで投げ続けてきた相手の投手を攻め立て、長打を絡めて2点を追加し、5-2で勝利を収めた。

 7回戦準決勝だったが、決勝戦に等しい熱戦が繰り広げられた。
 両者とも塁を埋めるも、次の一本が出ずに攻めあぐねていた。堅実なプレーで観客を魅了するが、終盤の7回表に本塁打で遼平たちが先制をすると、その裏相手も小技を絡めて1点を取り両者譲らず延長戦に持ち込んだ。
 10回表、相手投手の交代で緊張が解けたのか、遼平たちは連打で一死1、2塁。続くバッターは5番に入っている遼平だ。
 今大会2割5分と打ち気が空回りしている。一球一球打席を外し緊張を解してはいるが、なんだか落ち着かない様子。するとユニフォームの上からだが、お守りを握る仕草をして応援席を見た。一瞬優海と目が合ったかのように笑顔を見せ打席に戻った。
 遼平に平常心が戻ると、相手の投手から負ける気がしなかった。振りぬいた打球は左中間を抜け二人が生還した。
 2塁ベース上でガッツポーズをする遼平に優海は拍手で称えた。
 10回裏は3人で相手を抑え、接戦の末勝利を収めた。

 ついに、決勝までコマを進めた遼平たちは、真っ直ぐ合宿所に戻り軽く運動をした後、翌日に備え早い時間に就寝に就いた。

 翌日、晴天にも恵まれ予定どおり決勝戦が行われた。
 昨日接戦を制した遼平たちは、思いのほか緊張はしていなかった。

 開始のサイレンが鳴った。序盤は投手戦、打者は次々とアウトを重ねた。中盤失策絡みで出塁するが、後続が続かない。7回裏
遼平たちは代打で流れの変化を試みるが、不発に終わった。8回表相手チームも代わった守備に打球を集めた。失策が2つも続き、無死1、2塁、長打警戒の4番打者だったが、サインはエンドラン。足を絡ませた打球は、右中前に長打警戒の外野は送球が送れ、二人を生還させてしまった。
 焦る遼平たちは、9回裏に犠牲フライで1点を返すが、もう間に合わなかった。。。
 泣き崩れる遼平たち・・・マウンドに集まった相手チームは、一本指を空に掲げ歓喜に満ち溢れた。
 
 勝者敗者に関係なく、スタンドからは惜しみない拍手が送られた。そして、応援席からみつめる優海は、涙で遼平が見つけることができなかった。

 遼平たちの手には、準優勝である真紺の旗が手渡され、最後の二人の夏が終わった。。。

 大会が終わると、遼平たちは新チームに激励をして部室を後にした。
 先輩達のダンボールにいっぱいの荷物は、校舎からも見えるほどだった。その様子を優海は不思議な気持ちで、吹奏楽部の友達と屋上で見ていた。
 ふと、遼平は屋上から見る優海を見つけると、その場にいるよう伝え駆け足で屋上へ向かった。

 屋上へ上がってきた遼平は、優海の友達の目も気にせずに話し出した。

 「夏休みが終わるまでに、二人で旅行に行こう・・・」 
 優海の友達はびっくりして、逃げるように帰っていった。

 うんと頷く優海は少し照れていた。

 二人の修学旅行・・・浜名湖へ一泊二日の旅行に行った。
 遼平と優海は、昼に家を出て東京駅で待ち合わせると、ふたりで新幹線に乗り込み夕方には現地に着いた。
 初日の目的は、三ヶ日の花火大会を見ることだった。いくつもの花火が咲いては散ってと3時間もの長い時間、ふたりは湖畔から座って見つめていた。
 夜は、近くの民宿で泊まり次の日のため早く就寝についた。
 
 翌朝、ロープウェイを使ってオルゴール館に向かった。入り口を入ると別世界の空間に引き込まれた。ふたりは奥へ向かうと、自動演奏楽器やアンティークオルゴール・・・そこは、どこかのオーケストラの会場に誘われるかのように楽器たちに囲まれていた。
 通路を抜けると、遼平は優海の手を取りオルゴールの制作室に入った。内緒でオルゴール制作の基盤を依頼していたので、一緒に組み立てると、試聴をせずに遼平はまた優海の手を取り、急いで屋上の展望台ヘ向かった。
 屋上へ上がると、青空いっぱいの浜名湖を一望できる空間に二人は立っていた。定刻を表す組鐘が辺り一面に響き渡った。
 組鐘が鳴り終わると、遼平はふたりで作ったオルゴールの蓋を開けた。。。
 
 そう。。。その曲は優海たち吹奏楽部が金賞を取った曲だった。
 
 優海は、涙を浮かべ嬉しそうに遼平に身を寄せた。。。

 夕日が、湖を赤く染めた頃ふたりは家路に着いた。車中では、話してしまうと二人泣き出しそうで何も話せないでいるのであった。
 
 3年の2学期が始まった。優海はもう此処にはいない。。。

 部活を引退した遼平は、時間をつぶすことなく自宅へ帰ると遼平宛に一通のAir Mailが届いていた。
 宛名を見ると優海からだった。。。

 翌日遼平は、朝早く海岸に出かけ防波堤に座り込んで、優海からの手紙を読み始めた。
 「お元気でいますか・・・?」の書き出しで、遼平は心の奥につっかえていたものが消えていく感じがした。
 秋の涼しげのある潮風が遼平の前を吹き抜けた。

 また、一日が過ぎていく・・・

 この海の向こうに優海がいるんだと、遼平はいつものように優海と歩いた砂浜で沈みかける夕日を波打ち際に腰掛け遠くを眺めていた。
 そして、膝を抱えた両手にやさしく包まれた小さなオルゴール箱は、ふたを開けると中にはプリクラの貼られたお守りが入っていた。そして、静かに流れる曲は、優海がコンクールで発表したあの曲が・・・
 その静かな音は、遼平の目に涙を浮かばせたが、それはすぐに堪え切れずに頬を伝い落ちるのであった。