一握のココロ ~夏海(げかい)の向こうに・・・~
~序章(プロローグ)~
遠い夏日の送りモノ・・・それは温かく・・・
遠い夏の日の想い出・・・それは冷たく・・・
遠い日の記憶は、誰しもココロのどこかに眠って
いて、言ってみれば、良くも悪くも『パンドラの箱』
みたいで・・・
開けたくても開けれない過去
いつでも開いている過去
閉ざされたままの過去
これからお話するのは、ちょっとおセンチな話・・・
こんなことがあったら、幸せ・・・?それとも・・・?
また、一日が過ぎていく・・・
遼平(りょうへい)は、いつものように慣れ親しんだ砂浜で沈みかける夕日を波打ち際に腰掛け眺めていた・・・
遼平の両手でやさしく包まれた小さなオルゴール箱からは、その沈みかける夕日を淋しくさせる静かな音が流れていた。
【前編~出会い~】
高校二年の夏、遼平はある女性に心惹かれていた。
彼女は、吹奏楽部であまり目立たないのだが、フルートをまるで小鳥が囀るように麗しく奏でていた。
野球部だった遼平は、校舎から離れた部室に向かう途中、毎日のように音楽が聞こえてくる教室を通り過ぎていた・・・
通り過ぎるぐらいの短い時間だが、廊下の窓越しから見える彼女の姿は、同じクラスにはいないとても可愛らしい娘だった。
だが、今の遼平は彼女の名前も学年もクラスも知らない・・・
中間試験の前日、遼平は昼休みを利用して図書館へ向かっていたが、その前を横切る彼女を見つけた。
遼平は誘われるかのように彼女の後を追った・・・彼女の行き先は、放課後いつも音楽が聞こえてくる教室だった。
彼女は、フルートを手に取り、深くひと呼吸した後麗しい音を奏でた。
図書館に行く予定だったことも忘れてしまい、遼平はその教室側の壁に寄り掛かり腰を下ろした。。。
耳を澄ませばとても穏やかで、瞳を閉じると心が一掃された気持ちになる。フルートの音色はこんなにも澄んだ音色なのか。。。
中庭が見える窓からは、穏やかな風が廊下に流れ込んだ。
昼休みも終わりに近づき、次の授業の予鈴が校舎全体に鳴り響いた・・・が、遼平は眠ってしまったのか、その場から立ち上がろうとしない。
すると、予鈴の音に飛び出してきた彼女がそっと、壁に寄りかかったまま寝ている遼平に声をかけた。
ふと目を覚まし、見上げた遼平の目の前には彼女がいた。
彼女は、遼平の気持ち良さそうな寝顔を見てたせいか、目を覚ました遼平と目が合うと何故か吹き出した。
彼女の笑顔はとてもあどけなく、遼平はそんな彼女の笑顔を見ていたら、立ち呆けてしまっていた・・・
時間が経っていることを忘れていた二人の頭上から、次の授業のチャイムが鳴り響いた。二人は教室に戻るため、慌てて廊下を走り出した。
奇遇にも帰り道が一緒で、鳴り響くチャイムの中を走り続けていたが、やがてチャイムの音が静まった頃、遼平は、自分の教室にたどり着いた。ふと隣を見るとその隣の教室に入っていく彼女が見えた。
彼女は、教室に入る前に遼平に軽く微笑んだ。
すると遼平は咄嗟に『俺・・・遼平・・・窪木遼平(くぼきりょうへい)』と声をかけた。すると彼女も入りかけた足を止め『私は・・・優海・・・槇村優海(まきむらゆうみ)』というと『またね・・・』と一言遼平に残し教室に入っていった・・・
そう、二人の出会いは、衝撃的とは程遠い他愛の無い会話から始まった。
翌日の中間試験初日・・・優海は、前日の事が頭から離れていなかったので、当然のように試験に集中できていなかった。
試験一日目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
この日の遼平は心そこに在らず・・・白紙に近い答案用紙に深い溜め息をつくだけだった・・・
試験期間中の為、部活は中止であったが、気が晴れない遼平は、一汗流しに部室へ向かった。
そして、またいつものようにあの教室を通りかかると聞き慣れたフルートの音に足を止めた。
『優海だ・・・』試験期間中なので、学校全体で部活動は休みなはずだが、コンクールが近いのか独り一生懸命奏でる優海を遼平は、見入ってしまっていた。
一曲を終えると窓越しから見つめる人影に優海は気づいた。遼平は咄嗟に隠れるが既に遅し、中から窓を開け、廊下を見渡す優海の真下で遼平が小さく屈み込んでいた。
優海は、遼平を見つけるなり、その腕を掴み教室へと連れ込んだ。優海の思いがけない行動に教室に入った後の二人は見つめたまま、ただじっとしているだけだった。
一時の間をおいて遼平が一言、
『すごく心地よい曲だね・・・』
『ダメなの・・・コンクールが二週間後にあるんだけど、うまくいかなくて・・・今日の試験も全然集中できなかった・・・もう何やってもダメ・・・最低・・・』
音楽オンチとまではいかないが、遼平にはどこがヘンなのか全く分からなかった。
うつむく優海に遼平が声をかけた。
『気休めかもしれないけど・・・何やってもダメなら何か楽しい曲聴かせてくれないかな・・・』
うなずく優海であったが、小学生の頃からずっと一緒だったフルート、しかし人から曲を依頼されるのは初めてだった。遼平の依頼に少々困ってしまったのか、イイ曲を選ぼうと逆に悩んでいた。
すると
『子供の頃演奏した中で一番楽しかった曲がいいなぁ。』
と、遼平は悩んでいる優海に声をかけた。
すると悩んでいた優海の顔から笑顔が見れた。
『ではでは、一曲☆』
突然元気に足踏みをし出した優海、さっきまでの娘とは思えない程の変わり様だった。鼓笛パレードか何かの曲であろう。まるで子供のように楽しく演奏をする優海の姿をみると、とても新鮮な心地がした。
座っている遼平の背中の方からあの時と同じような、穏やかな風が窓から吹き込んだ。
遼平はこの心地よい環境に眠気に勝てなかった。
前日眠れなかったのか、深く眠る遼平を見た優海は演奏をやめて、自分も遼平の背中に合わせる様に座り込み、一緒に眠ってしまった。。。
夕暮れ時、窓からこぼれ日が二人に差し掛かった頃遼平は目覚めたが、遼平の背中に横たわる優海の寝顔があった。
『もうちょっとだけ・・・この時間を・・・』
そう祈るように遼平は、暮れかかる空を眺めていた。
空の赤みも暗くなりかけた頃、窓から少し冷えた風が入ってきた。寝ている優海の身体を気にしてか、遼平は彼女の肩をポンポンとたたき、起こすことにした。
目が覚めた優海は、思いっきり身体を伸ばし始め、遼平に一言『帰ろうか・・・?』
二人は一緒に帰ることになったが、特にいろんな話をしていたわけでもないので、番号、アドレス交換そして、お互いのクラスの内容とか・・・他愛の無い会話が続いた。
帰り道が一緒なのは最寄駅の改札口まで、優海は学校まで自転車で30分の道のりだが、遼平は電車で2つ先。
二人の時間は惜しいと思うが、試験中ということもあって、まっすぐ帰ることにした。
二人とも家には帰ってはみたものの、お互いのことが気になりメール交換が絶えない・・・試験中なのに・・・
踏ん切りのつかない二人は、今後のことも考え、時間を決めて終わることにした。
翌日、中間試験二日目・・・案の定お互い気が気じゃない・・・休み時間は決まって屋上のベンチ前に集合。テストの感想や次の試験の対策を話すが・・・お互い上の空・・・
一緒に座ってるだけで、緊張の二人ですから。。。
放課後はもちろん優海のいる教室へ。今回は、一緒に勉強をして残りの試験にお互い集中するように話し合った。
帰り道二人はちょっと遠回りして改札口まで。
毎日のように会っていると、改札をはさんでお互いが見え無くなるまで目を合わせているもので、次の日までのちょっとの時間離れ離れになるだけなのに、淋しく感じるのでしょう。。。
そして三日目・・・何とか集中できた試験。以前とおそらくデキは変わらないのだが、お互い何故か憂かれ気分。屋上まで上がる階段も足並みは速く、二人の想いが次第に距離を縮めていった。
放課後の勉強・・・15分程度の改札口までの帰り道・・・
そして、遼平を見送る優海。。。気持ちを抑える時はお互い『ガンバレ』の一言をメールに添えて・・・
中間試験も最終日を迎え、笑顔もあれば青冷めてる顔も・・・二人はというと、また部活が始まるので半ば元気が無い。午前中には試験全日程も終わり、部活の準備をする人、帰宅する人と、学校中が騒がしくなってきた。
いつものように遼平は、彼女のいる教室を通りかかると、いつもと違った曲が流れてくるのに気づいた。
どこかで聞いたような・・・そう、野球の応援歌・・・夏の県大会が間近に迫っていた。窓越しに彼女を探す遼平、だが優海はまだこの教室には来ていないようだ。。。
遼平は探すのを諦めて昇降口を出ようとしたとき、中庭の方から聞きなれた曲が聞こえた。。。彼女だ・・・急いで中庭に向かってみると、優海が独りでフルートの練習をしていた。近づく人影に気づいたのか、優海は吹くのを止めて遼平の方を向いた。
遼平は彼女に近づくと、何だか元気が無い様子が見て取れた。聞けば、野球の応援歌の練習に参加したいのが、コンクールの課題曲にまだ不安があるみたいだった。遼平は何も言わず優海を両手で包んであげた。
遼平も自分の部活があるので、優海に一言『ゆっくり・・・焦らず・・・ガンバレ』と励まして、部室に向かうのであった。その走る去る遼平の姿を見ていた優海は笑顔でフルートを吹き始めた。
野球の練習も終わり、遼平は家に帰るため校門に向かった。近づくにつれ優海らしき人影が見えたので、小走りに駆け寄るとやっぱり優海だった。すると優海は笑顔で迎えてくれるが、何時間待っててくれたのだろうと心配そうに尋ねる遼平だったが、気遣ってくれているのか優海は待って間もないという。真相は優海にしか分からないが、聞くことは吝かではない。そん
な優海を愛しく思う遼平であった。
駅までの短い時間だが、一緒にいるだけで二人は、すごく幸せだった。
夏の日差しが強くなった・・・甲子園県大会予選も始まり、遼平の高校は、シード校で2回戦からの試合だった。
夏休み前の学校は、生徒達の盛り上がりでなんだか落ち着かない環境であった。
野球部はというと、県予選も始まっているので、合宿所からの登校で夏休みの計画なんて自分で決めれるものでもなく、毎日野球との生活を送っていた。
吹奏楽部は、コンクールを前日に迎えていた優海も充実した部活動になっていた。。。が、遼平と学校でしか会えなくて、少し元気が無いようにも見えた。
放課後、いつものように遼平が部室に向かうため優海のいる教室を通りかかると、お互い合図を交わした。
この時期遼平は合宿中のため、一緒に帰ることが出来なかったので、『コンクール頑張って☆』とメールを送り優海を励ました。
コンクール当日・・・優海は焦る気持ちを押さえるため、会場をぐるぐると歩き回っていた。
実はその頃、野球部は初戦を迎えていた。遼平はベンチ入りはしたものの、スタメンではなかったので、特に優海に伝えることはしないで、コンクールに集中させる様気を使っていたのだ。
試合開始のサイレンが球場に鳴り響いた。遼平たちの高校は後攻め。古豪ということもあって、初戦は順当勝ちと思われていた矢先、先頭バッターから本塁打を浴びた。
その頃、優海たちもコンクールの順番が来ていた。舞台に上がる優海は、緊張気味な感じではあったが、席に着くと周りに気づかれないよう、フルートに遼平と学校の帰り道で撮ったプリクラを貼った。優海は自分のソロパートも難なくこなし、無事演奏を終えることができた。
試合の方はというと、初回は、あの1点で終わったが、前半戦は劣勢に進んだ。徐々に流れを引き込んだ遼平たちの高校は、中盤で追いつき、後半大量得点で途中コールドで勝利した。
コンクールが終わると、優海は直接自宅に帰らず学校へと向かった。野球部は試合が早く終わったこともあって、部員を一度自宅に帰らせて、夕方また合宿所に来ることなっていた。そのことを知らない優海は、グラウンドに向かったが、誰もいないことに気づき、職員室に行けば何か分かると思い向かってみた。
職員室の前で優海の担任の先生がいたので、野球部のことを聞いた。
先生は、今日は試合だったということと、早く終わったので、一度自宅に帰り夕方合宿所に来ることを伝えたが、優海を見ると機嫌が穏やかでないのがわかった。
事情を聞いた優海は、職員室を出て家に帰ろうと思い、いつも遼平と帰る道を通って帰っていた。
駅前を通りかかると、改札口から遼平が出てきた。
優海に気づいた遼平は、ご機嫌斜めな彼女を見て何となく状況を察し、夕方までまだ時間もあったので、近くの喫茶店に入った。
二人が席についても優海の機嫌は変わらなかったので、意を決して優海に話しかけた。
『コ、コンクールどうだった・・・?』
『別に・・・』
緊急事態発生・・・「遼平ピンチ・・・」
『き、今日、野球部試合だったんだ・・・』
『そう・・・』
『・・・・・・』
電報打電・・・「リョウヘイキトク・・・」
『コ・・コールド勝ちしてさ・・・』
『へぇ、凄かったんだね・・・』
生命レベル:ステージ4・・・「遼平の親戚集まる・・・」
『ご、ごめんなさい・・・』
『やっとわかったんだ・・・』
延命救助も虚しく・・・「遼平君のご両親、残念ですが・・・」
優海は、ケースを開けフルートを出し、貼っていたプリクラを遼平に見せつけた。
『遼平のこと信じて頑張ったのに・・・』
遼平はワラをもすがる気持ちで、ポケットからお守りを見せた。
『俺も一緒だよ・・・』
すると、優海は突然涙を浮かべながら、笑顔を見せた。
奇跡の蘇生術・・・「遼平、復っ活っ☆」
遼平は、伝えなかった理由を話し、優海の誤解を解くことができた。
コンクールの結果は、銀賞ということで好成績を残し学校側からも祝福された。
やがて空も赤みを差し、二人は喫茶店を出ることにした。優海もこれで、野球部の応援に専念できると安心して帰っていった。
優海と別れた遼平は、学校へ向かおうとして振り返ると何人かの人に囲まれた・・・どうやら、二人の事を一部始終見ていたようで、抜け駆けされた野球部の連中は、寄ってたかって遼平をひやかした。
学校に着くと辺りは既に暗く、皆は急いで合宿所に向かった。3回戦は、3日後。また、朝から晩まで野球漬けの生活が始まった。
翌朝、校庭を走っていると、吹奏楽部の練習の音が聞こえてきた。応援歌の練習をしているのが、皆に伝わり口ずさむ部員もいた。
吹奏楽部の練習が終わると、優海とその友達は屋上に上がり、土にまみれている野球部を楽しそうに見ていた。
3回戦の当日、今日の空は一段と晴れ渡っていた。バスに乗り込む野球部員は、試合会場へと向かった。
天気・グラウンド状況共に良好。レギュラーメンバーは準備運動を始めた。
その頃、現地集合の吹奏楽部の人たちが一般の生徒と一緒に応援席に入ってきた。その様子を見ていた遼平は、後輩に交じって準備をしている優海を見つけた。すると、優海も遼平を見つけたのか、フルートを見せながら笑顔でこっちを見ていた。遼平も首に下げいていたお守りを見せ、いつもの合図を送り、ベンチに戻って行った。
試合開始のサイレン・・・遼平はベンチから声援を送る。
今日は、先攻。相手は、野球部が出来て間もない高校。
初回、流れ良く2点を先取、相手もうまくまとまっていて、なかなか追加点が取れず、その点は終盤まで持ち込まれた・・・エラーをきっかけに待望の追加点、最終回1点を返されたが、そのまま3対1で辛勝。4回戦へと駒を進めた。。。
試合が終わると、優海は駆け足で選手の出入り口まで向かった。控え室から部員が出てきた。優海は、目で追うように遼平を探した。他の部員もいたので、目を合わすことしか出来なかったが、遼平もガッツポーズで表現した。
直接帰宅した優海は、母親に報告をしたが、まるで自分が勝ったかのような満面な笑みを浮かべていたので、母親は何故にそんなにうれしいのかが、分からなかった。
居ても立ってもいられなかった優海は、遼平にメールを送り返事を待っていた。なかなか返事は来なかったが、眠りにつくちょっと前に返事が来た。
『次の4回戦は、2日後。。。頑張ります☆応援宜しく☆』
あまりにも短い文ではあったが、今の優海には返事が来るだけで嬉しかった。あとは遼平が出場するだけなのだが・・・
翌日、優海達吹奏楽部の応援歌の練習は、試合後の効果なのか、熱がこもっていた。。。
4回戦・・・有名校が順当に勝ち上がり、シード校対決も出てくる頃、遼平たちの高校は、相手にも恵まれたのか毎回得点で余裕すら伺えた。
終盤7回、連投のピッチャーを休ませるため、代打が告げられた。優海は、一瞬自分の耳を疑った。。。
『8番の広田君に代わりまして・・・代打久保木君・・・』
優海は演奏を止め立ち上がった。そして、フルートを強く握り締め、遼平を見つめた。
打席に向かう遼平もユニフォームの上からお守りを握り締めながら入った。
緊張の初球・・・遼平は震えの止まらない足に激を飛ばすかのようにフルスイングで振った。結果は、歓声もため息に変わる空振りであったが、今のスイングで震えは止まった。
二球目・・・三球目・・・と外れた後の四球目、真芯で捉えた強い打球はレフト後方へ。。。
球審のアウトの宣告に優海は我に返った。彼女の瞳から涙がこぼれていた。。。
遼平は一塁を回った辺りで一瞬立ち止まったが、ゆっくりとベンチへ戻った。。。
その後、遼平の高校は大勝したが、優海の前でイイところを見せれなかったので、気落ちしていた。
優海は、前回と同様に選手出入り口に向かい、遼平を探した。優海は、うつむき加減の遼平に声をかけることが出来なかった。。。
5回戦はベスト8をかけた一戦・・・
一球一球油断ができない。
いつもの様に準備運動する野球部員。そして、応援席では生徒や父兄が見守る中、開始のサイレンが鳴った・・・
ベンチで見守る遼平、スタンドで見守る優海・・・
相手は、大会屈指の好投手を率いていたが、スクイズでがむしゃらに取った1点を守り切り、ベスト8へ名乗りを上げた。
その頃の二人は、教室から部室へ向かう通路と試合前の準備運動、それに試合後出入り口で会えるだけで会話といえばメールだけ、会いたい気持ちは募る一方であった。
翌日学校は、終業式を終え夏休みに入ったが、野球部の練習は続く。静かな校舎の外で大きな声と金属音が校内に響き渡っていた。
優海は、吹奏楽部の友達と校舎の屋上から只々見守っているだけであった。
いよいよベスト4をかけて準々決勝が始まった。
ここまで来ると両チームとも気力のぶつかり合い。ユニフォームも土まみれになり、1点を取りに必死になっていた。
両者緊迫した中、遼平たちのチームが守備時で怪我人が出て、交代選手に遼平が告げられた。スタンドで見守る優海は、一生懸命演奏し続けた。
日々の努力が報われたのか、2球目を中前安打で出塁した。遼平は思わずスタンドに向かって、ガッツポーズをして喜んでいた。後続が続かなかったが、均衡を保ちながら最終回、単打で繋いだ遼平たちが気力で勝利をおさめた。
残すところ、あと2試合となり部員のモチベーションが最高潮になっていたが、誰もが見て取れるように疲労のピークも最高潮にあった。
準決勝当日・・・前夜から降り続ていた雨は、選手達に恵みの雨になった。
遼平は、午前中の自由時間を利用して、部員に内緒で校舎で優海と会うことになっていた。
二人はいつもの教室で待ち合わせ・・・だが、お互い言葉が出てこない。遼平はベンチに居ることが多かったが、疲労が見て取れる。優海は、そんな遼平になんと声をかけて良いのか分からず、黙ってしまっていた。
そんな様子を見てか、遼平は、優海に笑いかけると、外の窓を開け座りゆっくりと目を閉じた。幾分、雨で涼しくなった風が入ってきた。
それを優海も感じたのか、遼平の隣に座り込んだ。
別に話さなくても大丈夫。こうやって肩を寄せているだけで、二人は幸せな空間にいるのだった。。。
二人の時間は瞬く間に流れたが、遼平は気持ち良く眠れたみたいで、すっかり元気になっていた。
『あと2試合・・・』と優海
『うん、2試合・・・』と笑顔で答える遼平…
短い時間だったが、二人は元気を取り戻し、教室を出ようと手を差し延べる遼平に、優海はその時間を惜しむように手を出すのをためらった。
それを察した遼平は、その手を自分の方へ引っ張り、両手で優海を包み込んだ。。。少しの時間であったが、お互いの気持ちを確かめるには、十分な時間であった。
二人は、校舎を後にし別れた。
午後はお互い練習の時間。野球部は、体育館を使って軽いトレーニングを・・・優海たち吹奏楽部は、応援歌を軽く流した。
そして準決勝、昨日までとは打って変わって、雲ひとつ無い晴天に恵まれた。今日は、土曜日ということもあって、観客席も大賑わいだった。
前の試合で遼平と交代した選手は、大事をとってスタメンから外れて、遼平が引き続きスタメンで出場した。
まさかの展開に胸を躍らせる優海は、力強い演奏を送った。
先攻の遼平たちのチームは、幸先良く、サイレンの直後に安打と送りバントで得点圏までランナーを進めた。続く3番は、アウトとなったが、4番で1点を先制した。
中盤、相手の猛攻に耐えていた遼平たちのピッチャーが、捕まってしまった。
休みがあったとはいえ、連戦であったことには変わりは無く、連打で1対3と逆転を許した。
均衡を破られた遼平たちは、単打で繋ぐも、あと一本が出ず、終盤まで来てしまった。
応援席では、すでに泣き出している生徒いた。
遼平たちの最後の攻撃。9回先頭打者がエラーで塁に出た。続いて送りバントで二進。次の安打でランナーは帰って来れなかったが、1アウト1,3塁、一打同点のチャンス。
今日の試合当たっていた4番は、外野フライ。3塁ランナーが帰って1点を返すが、力及ばず・・・今まで継投で勝ちあがってきた相手チームの方が、力が残っていた。
泣き崩れる先輩達の背中は、悔しさでいっぱいだった。
遼平の二年の夏は終わってしまったが、来年は必ず・・・と心に刻みグラウンドを後にした。
スタンドでは、泣き崩れる生徒、ベンチ入りできなかった部員もいたが、観客の惜しみない拍手で球場を後にした。
球場の裏では、遼平たちが一足早く出ていた。
肩を落とし泣き出す者、うつむき泣き崩れる者もいて、それを見るに耐えない空気が流れていた。その中に遼平もいたが、優海はさすがに今日は、近づくことが出来なかった。
監督の声で立ち上がった選手達は、身支度を整え、バスへと乗り込んだ。優海は、乗り込む遼平を目で追った。
席に着くと遼平も優海の姿が見えたのか、涙でくしゃくしゃな顔で笑って見せた。それを見た優海もたまらず泣き出した。。。
翌日、野球部は三年生の部室の掃除を手伝い、その後、一週間程休みに入った。
遼平と優海はその休みを利用して、電車でちょっと離れた海岸へ出かけた。
砂浜に着くと、遼平は座り込み海をじっと眺めた。
優海も遼平の背中に寄りかかるように座った。
口数の少ない二人だったが、優海はカバンからフルートを取り出し、いつか遼平からお願いされた子供の頃の曲を奏でた。その音は、振動で二人の胸の奥まで響き渡った。
ふと我に返ったのか遼平は、優海に微笑みかけるが、瞳いっぱいに溢れ出した涙にたまらず、大声で泣き出した。
どれぐらい泣いていたのか・・・遼平は涙を拭き取ると、優海の手を取り砂浜を歩き出した。辺りは、家族連れや友達同士で遊んでいる姿が見えなくなっていた。
夕暮れ時の砂浜は、海に反射するかのように赤く染まっていた。日帰りではあったが、二人は夜遅くまで海岸を歩き続けた。