自序記① If I were you ~あの時のキミは~】
※プライバシーの関係もありますので、名前は仮にさせていただきました。
これから話すことは、自分の身に本当にあった忘れられない想い出・・・
今、いろいろな経緯(いきさつ)で経理の仕事を淡々とこなせるようになったが、
会計事務所に勤めていなかったら・・・
大学生になっていなかったら・・・
あの高校に受かっていなかったら・・・
中学でサッカー部に入ってなければ・・・
小学生でサッカークラブに入ってなければ・・・
あいつと同じクラスになっていなければ・・・
と、~たら、~れば、の話になってしまうが、たくさんの想い出は、楽しいことばかりじゃない。辛いことだってある。
俺は、あの時同窓会をしていなかったら・・・というのが、今でも心残り・・・
もう一度人生をやり直せることなら、きっと同窓会を中止にさせたかったと思う。
今でも後悔している…
成人式が終わってから、小学校の同級生たちで同窓会を開く予定だった…
幹事は俺。企画すること自体は好きだったし、特に嫌な役でもなかったから…
楽しく終わった同窓会だったけど、その結果がもたらした終焉が、ひどく悲しい思い出となるとは、誰も思ってなかったはずだ…
【本編】
俺は浪人2年目で今年こそと勉強に明け暮れていた。そんなときに中学の同級生、小日向(こひなた)から連絡をもらった。
高校を卒業してから一度、鹿児島に戻っていた小日向は、実家の整骨院を継ぐため単身で東京の専門学校の入試を受けに来ていた。勉強不足で教えてほしいということで、高校は別々だったので、中学卒業以来の再会…俺は快く引き受けた。
内容は基礎的な勉強で足りそうなので、自分のおさらいも含めて一緒に勉強していた。そして、お互い勉強も一区切りすると小学の友達の話をしていた。
こんな時間を新鮮に感じていたある日、小日向が好きだった娘の話をしてきた。互いに好きだった娘の話をするのだが、朝になるまで話したこともあった。新聞配達をしていた俺は、そこから販売所に向かったりもしていた。
話も本格的になり、ふと、小日向が同窓会をしようと言い、高校の時に少し連絡をとっていた早崎(さざき)と西方(にしかた)と連絡をとり、久しぶりに4人で飲み会をする事になった。
飲み会当日、久しぶりに会う4人だったが、小学の話になると、全くそんな気にはならなかった。同窓会の話は、その4人で連絡を取り合うことになった。幹事は俺…ってことで…
思ったより参加者は多く、遠くに引っ越してしまった人以外はほとんど参加してくれた。小日向の好きだった娘は来ることが出来なかった…ホントはこっちがメインであったのだか、当人が来れないなら諦めるしかなかった…
成人式当日、久しぶりに集まった同級生たち、みんな同い年なんだなぁと懐かしさが込み上げてきた。
俺は初恋の人と会うことができた…小中学と最後の年では同じクラスではなかったので、同窓会には会うことはできないが、中学卒業以来か…いや、高校1年のとき家の前に呼び出して告白したっけな…それ以来だった。
今日の同窓会のメンバーとも会うことができ、一度家で着替えてから、集まることになった。
そして、忘れられない思い出は、この後俺の心に深く刻み込まれるのであった。
同窓会の会場に集まってきたみんなを連れて、部屋へと案内するとそれぞれが懐かしさではしゃいでいた。もう大人なのに…そんな風景を眺めていることが、俺は楽しかった。
同窓会も終わりに近づいてくると、昔の恋人の話が辺りで飛び交っていた…
何事も無く終わった同窓会には続きがあった。
この会をきっかけに付き合いが始まったカップルがいた。
彼は青海(おうみ)、小中学と俺と同じサッカー部だった。
そして彼女は棉部(わたべ)、小学1年の頃から母親達のPTAを通じて知っていた。
この付き合いを知ったときは、幹事だったこともあり、イイことをしたんだ、と嬉しく思っていた。
今の二人には特に問題があったということは無かったのだが、それまでの彼女の私生活は不幸続きで彼女自身、心の奥にはいつも不安定な部分があったのを覚えている。小学1年の頃に父親の自殺…それを機に親戚からも疎遠になり、今に至っていた。
俺は、二人のことを母親に話した。二人とも当時のPTAで知っている仲だったので、母親も喜んでいた。
しかし、喜ばしかった話が、ここから事件へと急展開していった。
棉部の母親は元気なものとばかり思っていたが、実はそうではなかったのだ。心労で最後は・・・自殺・・・彼女は独り残されてしまった。疎遠になっていた親戚も葬儀には出席していたが、何だか他人行儀・・・他人の俺たちにも見て取れるほどだった。
彼女の母親の死は、母親同士の付き合いの中から知ったものだった。
付き合い始めて1年ぐらいだっただろうか・・・川を埋め立てた遊歩道のベンチで青海も、かく云う俺も受験勉強で忙しいはずなのだが、彼女とほかにも入れると6人ぐらいだったか、よく一緒に夜遅くまで話していた。
頻繁に夜家から抜け出し、みんなのいる遊歩道まで遊びに行っていた。それは、楽しかった。
その数日後、突然二人は来なくなった。後で聞いた話だが、いろいろと悩んでいたらしい・・・
俺は、その時なんで助けてやれなかったのだろうと、自分で自分が情けなかった。
そんな仲の良かった二人は、一週間ぐらいの時間差であったが、心中というかたちで俺たちの前から姿を消した。
彼女の葬儀・・・そして、青海の葬儀・・・立て続けに起きた『死』・・・
まさかまさかと思う気持ちは、参列した誰しもが思っていた。
同窓会のメンバー、そして、サッカー部のメンバー・・・青海の告別式が終わって、集会所に集まった俺たちの前で青海の父親から一通の手紙が読まれた・・・
『先逝く息子をお許しください。。。』両親に対する手紙だった。
しかし、内容はそれだけじゃなかった。
棉部の死・・・彼女も心労で耐えられない毎日が続き、青海が傍に付き添っていたのだが、二人の意思は堅く『死』という決断に行き着いたそうだ。慎ましく彼女の葬儀が終わると青海は、疎遠の親戚から離れて、お骨を海に流しに行き、それが終わると自分も後を追うという最悪の流れであった。
両親に相談も無く逝ってしまった青海・・・最後は、実家の自分の部屋で首を吊っていたそうだ・・・
最後まで添い遂げた青海は、素晴らしい人間とも思えたが、他に手段が無かったのか・・・俺は、近くにいながら何もできなかった・・・
せめて、あの時同窓会を中止にしていれば・・・彼女も死ぬことはなかったんじゃないか・・・と無念でならなかった。
・・・かといって、彼女が独りであったとしても、ひょっとしたら死んでしまっていたのかも知れない・・・彼女はそんな気もさせる娘だったから・・・
天国で二人は幸せに暮らしてくれているのだろうか・・・
今でも心の奥に残っているこの思いは、決して・・・決して消えることは無いだろう・・・
『もし、俺が君だったら・・・』
君と同じ事をしていただろうか・・・その当時は20歳・・・まだ考えられなかっただろう・・・
だけど、俺が思い焦がれる彼女がいて、その娘が胸が絞めつけられるような思いでいるなら、何とかしてやりたい・・・死ぬなんて言わせない・・・
あれから十数年、俺はこの世に生きている。この先、君の分まで生きていけるだろうか・・・
『もし、俺が君だったら・・・』
誰でもそう。簡単に死ぬなんて思わないでほしい・・・何が何だか分からなくなることだってあると思うよ。
だけど、君にはたくさんの同僚、友達、そして家族がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。生きている分だけたくさんの人たちだ・・・
同じ悲しみは、繰り返さないようこの思い出は、死ぬまで持っていくよ。