【再開・・・】
アメリカで頑張っている遼平・優海は、来れそうもないが週末に航太(佐藤 航太)・紫乃(宮塚 紫乃)と3人で遊びに行くことが決まり、麻奈美は週末になるのが待ち遠しくて、カレンダーを眺める日々が続いた。
週末、病院の最寄り駅の改札で待ち合わせをしていた麻奈美は、少し早めに着いてしまったので、向かいの喫茶店で二人の到着を待つことにした。
しばらくすると、改札から紫乃らしき女性が出てきたので、携帯で連絡をしてみると、やはり紫乃であった・・・が、一緒に来るものと思っていた潤の姿は見当たらなかった。
喫茶店に入ってきた紫乃が席に座るなり、麻奈美は航太のことを尋ねた。
「喧嘩でもした・・・?」麻奈美は恐る恐る聞いてみたが、「うぅん。航太が悠樹との思い出の写真とか探していたのを家を出るとき忘れてきたの。私だけ先に行くよう言われたから・・・」
「そう。よかった・・・」二人は、よく部屋の模様替えやら食器やらで、ちょっとしたことでケンカになっている話を紫乃から聞いているので、麻奈美は心配になっていた。
「今日もその忘れ物を家を出て何分もしてから気づいたから、言ってやったのよ・・・家出るときぐらい確認しなさいよ。ば~か。って」紫乃らしい対話に笑顔で応える麻奈美であったが、昔、悠樹ともそんなことをしたもんだと、懐かしく思っていた。
喫茶店で一息着いた二人は航太を直接病院へ向かうよう連絡し、病院へ向かった。
紫乃達が悠樹に会うのは久しぶりで、麻奈美から連絡をもらうまでは、こんな大変なことになっているとは、思っていなかったのだ。
「そこでケーキでも買って、病室で食べよっか?」紫乃の気遣いも久しぶりで、
「以前は、みんなでよく会ってたのにね・・・」
それぞれの道を歩き始めたみんなは、学生の頃の思い出を語るほど、時間も経っていないはずなのに・・・と、麻奈美は深く考え込んでしまった。重い空気になってしまったこの場を紫乃は、航太が早く来ないかと、そわそわと辺りを探し始めた。
そうしているうちに、病院の入り口までたどり着いた二人は、ロビーで休まず、エレベーターに向かい悠樹の病室へと向かった。
5階に着いた二人は、悠樹の病室の前で立ち止まり、「ちょっと待って・・・深呼吸、深呼吸・・・」と、紫乃は心の準備をしようとしたが、
「大丈夫だよ・・・まだ、記憶が戻っていないんだから・・・」と、感慨もなく、そそくさと麻奈美はトントンとノックをしてドアを開けた。
中に入ると、聞きなれない女性の声が聞こえた。
「悠樹・・・?」と、麻奈美は覗くようにカーテンを開けたベットの脇には、見知らぬ女性が悠樹と話していた。
「こんにちは。」
まだ、素っ気ない感じの悠樹の返事に麻奈美は慣れてしまっていたが、紫乃は「こ、こんにちはじゃないでしょ?」挨拶をする間もなく、突然の登場に悠樹とその彼女は、びっくりした。
「はい。おみやげ。みんなで食べよ。」と、麻奈美がケーキの箱を悠樹に渡すと、
「麻奈美さん・・・のお友達?」と、やはり純のことも覚えてないようだ・・・。
「悠・・・冗談でしょ?」航太も麻奈美からは聞いてはいたが、そこまでとは思ってはいなかった。
紫乃は、そのときに見た麻奈美の顔が無理して笑ってくれているみたいで、心苦しかった。
麻奈美は、悠樹の隣の女性に気づき、「悠・・・の友達・・・?」入ってきたときに気づいていた聞き慣れない声の女性が、悠樹のベットの脇で二人の様子を見ていた。
「あぁ、紹介するね。藤崎 真代さん、事故の相手って、この人なんだ。」
すると、いつもは気優しい麻奈美が、「なんで・・・?なんで貴女が此処にいるの・・・?」
「貴女のせいで・・・悠樹は・・・」「悠樹も悠樹よ!なんでそんなに親しくなれるの?」
辺りは、重々しい空気になった。
そんなときに間悪く航太が到着した。
「よっ。悠、久しぶり・・・」昔からの航太の性格は、状況を考えずに言葉を発した。
「ちょ、ちょっと・・・」紫乃は、航太を入り口まで押しやって「少しは空気読みなさいよ!」と、小さな声で叱った。
すると航太は紫乃の肩に手を置くと、
「まあ、見てなって・・・」と言って、悠樹の方へ歩いていった。
「4人で行った初めての旅行・・・大島に行ったろ?そのときの写真が見つかってな・・・ほれっ。」そう言って悠樹の手のひらへ何枚か写真を置くと、悠樹はその写真を眺めた。
「悠、どうだ? 何か思い出さんか?」航太の問いは悠樹の耳に入って無いようだ。
「・・・。」航太は、頭を掻くなり少し困ってしまった。
「麻奈美ちゃん・・・ちょっといいかな・・・」晴子が給湯室から戻ってきていた。
紫乃は、動けないでいる麻奈美の腕を取り、「航太。この場少しお願いね。」と言い、一緒に病室を出た。
屋上のドアを開け晴子は、上ってくる二人を見つめた。
二人を先に屋上へ出し、晴子が後から出てきた。
外は、秋の季節を感じるような、冷たい風とスカイブルーの空に少しの雲が見えていた。
晴子が一呼吸して「イイ天気ね。でも、ちょっと寒いかしら・・・」そう言うと、晴子は病室から持ってきていたショールを麻奈美に差し出すと、麻奈美は首を振り、「大丈夫です・・・おばさんこそ・・・」と応え、「そう・・・ありがとう。」そう言うと、晴子はベンチに腰掛けショールを肩に掛けた。
隣に麻奈美が座ると、「ごめんね。悠樹が・・・本人から麻奈美ちゃんに話してくれるものと思っていたから・・・」「それにね、あの子イイ子でね・・・仕事の合間とか、終わった後とか、よく来てくれててね。・・・私も家事を終えて来るものだから、少し頼ってしまっていたのよ・・・」
晴子の言葉に、麻奈美は返す言葉が見つからなかった。
「麻奈美、お母さんも悠樹も・・・悪気があって彼女を来させてるとは、思えないの・・・今は、悠樹の記憶を戻すこと。それだけを頑張ろう?」後ろで聞いていた紫乃は、麻奈美の肩をポンっとたたき励ますのであった。
三人は、ベンチから立ち上がり、空を見上げた。
すると晴子が、「天気もイイことだし・・・こんなに友達が来てくれているんだから、悠樹もこの先大丈夫ね。」麻奈美を励ますために言っていたが、麻奈美も紫乃も、その根拠のない一言が現実になりそうな感じのする空だった。
三人が病室へ戻ると、大きな笑い声が廊下にも聞こえてきた。なにが起きたのか、三人が病室を覗いてみると、航太の話で盛りあがっていた。しかも、その話は、悠樹と一緒の頃の話みたいだ・・・
記憶が戻ったのか・・・三人は、状況を把握できないで、ただ呆然とカーテンの脇で立ち止まってしまった。
「おう。麻奈美も紫乃も話しに入れよ。」航太が、不思議そうに見ていた三人を手招きしている。
「悠樹がさ・・・俺たちのこと覚えてないっていうもんだから、当時の頃をいろいろ教えてあげようと思ってさ。」
「だからって、バカ話ばっかりで・・・もっと、真面目な話とか無いのかよ。」
「そんなの有るわけないじゃん。悠は、バカだったから、真面目な話なんて、あるわけ無いじゃん。」と、紫乃も参加してきた。
「なあ、麻奈美もこいつらになんか言ってやってくれよ。」
・・・麻奈美は、そんな光景を見ていたら、なんだか、昔の仲間に戻ったような懐かしい気持ちになった。
「・・・初めて、麻奈美って呼んでくれたね・・・」
「そうだっけ・・・?」
「なんか、この二人と話してると、懐かしい気持ちになって、楽しく話せるんだ・・・初めてって感じがしないんだ。」
「だから、初めてじゃないんだって・・・」航太は、困った顔をしながら、応えるのであった。
「・・・さっきから、二人"ゆう”って言ってるけど・・・それって、俺のことなの?みんなと会うのは、初めてじゃない感じはするんだけど・・・」悠樹がそう応えると航太が持ってきてくれた写真を見つめた。
「ねぇ、悠樹・・・何となくでも思い出さない?みんな、私は高校、紫乃たちは大学の時の友達なの・・・」
「そっか・・・俺の記憶は、高校から無くなってるみたいなんだ・・・」そう言って、深く考え込んでしまった悠樹を見てるのが麻奈美には辛かった。
すると、真代は申し訳なさそうに「ごめんなさい。私のせいで悠樹さんを・・・みんなを・・・」と、みんなの前で謝った。
「私・・・学生の頃、あまりみんなと遊ぶことが少なくて・・・でも、みんなを見てたら、すごく楽しそうに話してるから・・・ほんとにごめんなさい・・・」
それを聞いていた悠樹は、「別に死んだ訳じゃないんだから、気にしないで。」と真代を励ました。
「さあ、麻奈美ちゃん達が買ってきたケーキでも食べましょうかね。」と晴子は、皿に取り分けてみんなへ渡した。
多めに買っておいたケーキ、麻奈美は皿に取り分け真代にも渡した。
「ありがとう・・・」真代にも笑顔が戻った。
空に赤みが差してきた頃、「それじゃ・・・私はこれで・・・」と言い、真代は帰りの身支度を始めた。
「あっ、私たちも・・・ねっ、航太?」二人に気遣う紫乃はそう言うと、急いで片づけ始めた。
「えっ?俺まだいるよ・・・」と、航太は言ったのだが、「気ぐらい使いなさいよ。バカ!」と、紫乃は航太の靴の踵を蹴り、腕を掴み病室を出ていった。
「みんな・・・帰っちゃったね。」麻奈美はそう悠樹に問いかけると、「そうだね・・・」と、いつもの二人に戻っていた。
「ケーキ、ありがとうね。」病院を出る二人が窓越しに見えたので、小さく手を振りながら、「うん・・・」と麻奈美は返事をした。
窓の方を向いたまま、麻奈美は「私といろんな所出かけたの、覚えてる?」と確かめるように聞くと、悠樹は「ごめん・・・よくわからないんだ。」と申し訳なさそうに答えた。
すると、麻奈美は鞄の中からストラップを悠樹に手渡した。「これって・・・俺と同じもの・・・?」悠樹は、引き出しから、ストラップを取り出した。
「同じだ・・・」写真とストラップを眺め続ける悠樹に、「悠樹?私と付き合っていたことも忘れちゃった・・・?」
「ちょっと辛いかな・・・」麻奈美は、胸の奥にあった気持ちが出てきた。
「母さんからは、聞いていたよ・・・でも・・・ホントにごめん・・・」と、横で麻奈美は肩を振るわせているのに気づき、悠樹は戸惑ってしまった。
悠樹は、麻奈美の言葉には、もう耐えきれなかった。涙を拭かずに泣きじゃくる姿も、もう見たくない・・・
麻奈美が顔を上げた瞬間、悠樹の身体が反応した。
麻奈美の小さな身体を、悠樹の大きな身体で包み込んでいた・・・長く、そして強く・・・
麻奈美が泣き止むまで、どれくらいかかったのだろうか・・・
「んん・・・」晴子が、食器を洗って戻ってきていた。
麻奈美は、泣いていたことと恥ずかしかったのと、混ざり合っていたのか、顔を真っ赤にして悠樹の胸から離れた。
晴子は、食器を片づけながら「記憶でも、戻ったの?」少し冷やかしの入った口調だった。
麻奈美は、鞄につけてあったキーホルダーを見つめると「悠樹・・・旅行行かない?」と、ふと思い出したように言った。
「えっ・・・、どこへ?」
「大島・・・」
「大島・・・?なんで?」
「少し私と悠樹の時間がほしいし・・・大島は二人にとって大事な場所なのよ。」
「そうなんだ・・・」
「二日・・・ううん、三日ぐらい大丈夫よね?」
麻奈美がそう言うと、晴子は、
「先生に聞いてみるわね。その様子じゃ、早い方がイイんでしょ?」
「明日、悠樹に連絡させるから、今日は疲れたでしょ?お家に帰ってゆっくりしたら。」
「はい。」そう言うと、麻奈美は片づけ始めるのだった。
まだ話し足りなさそうな悠樹の顔が横目に入ったが、片づけが終わると、
「じゃ、明日待ってるね・・・バイバイ、悠樹」
笑顔で交わす麻奈美の顔は、不安でいっぱいだった頃の顔ではなく、みんなが居たときの顔に戻っていた。
病室の窓から麻奈美が病院から出てくるところが見えた。「またな。」その声に気づいた麻奈美は振り返った。悠樹の声に応えるように、大きく手を振る麻奈美のその顔を確認した悠樹は、優しく見送るのであった。
翌日、悠樹から麻奈美の携帯に連絡があった・・・それを聞いた麻奈美は、すぐに旅行の準備を始めるのであった。
【思い出と記憶】
・・・出発当日、前回(【小説④】)と同様に紫乃たちと大島へ行くことになった。悠樹の記憶が少しでも戻ればという紫乃たちの配慮もあった。
「はいっ。」と、麻奈美は悠樹にチケットを手渡すと、その手をそのまま取り、駆け足でフェリーに向かった。紫乃たちも同乗する。悠樹は思い出してくれるのか・・・紫乃たちとの初めての宿泊旅行・・・麻奈美たちにとっても大事な思い出の場所だ・・・
甲板に出た悠樹と麻奈美は、ゆっくりと動き出したフェリーの行く先を眺めていた。
今日は朝から天気もよく、フェリーからは多くの島が一望できた。
麻奈美は、景色を眺めていると、あまり浮かない悠樹の顔に気づいた。
「どうしたの?悠樹・・・」
「これって・・・麻奈美たちは初めてじゃないんだよね?」
「初めてじゃないよ・・・だけど、悠樹は無理して思い出さなくてもイイんだよ・・・これからの思い出として残ってくれれば・・・」麻奈美は、『ねっ?』と問いかけるように、悠樹の顔を見つめると、悠樹は笑顔だけで応え船内へ入っていくのであった・・・その悠樹の後ろ姿を見ていた麻奈美は、『ホントは、戻ってほしいに決まってるじゃん・・・』そう答えたかった。
・・・甲板の入り口で、悠樹とすれ違った紫乃たちは、その先でベンチに独り座っている麻奈美を見て、今はただ見守るしかなかった・・・
昼食の時間、四人掛けのテーブルで紫乃たちと大島に着いた後の打ち合わせをした。泊まるロッヂまでは、あの時と同じ道順だ。ホントは、麻奈美より紫乃たちの方が悠樹の記憶が戻ってほしい願っているのかも・・・
大島に到着した四人は、まずレンタカーを借りてリス園へ向かった。園内では、二人に分かれ広場で待ち合わせをした。
考えてみれば、悠樹と麻奈美・・・就職・結婚と、お互いに多忙で出かけることが少なく、旅行も初めてのような感じがした。
麻奈美は、悠樹の腕を取り、あの時の旅行のようにはしゃいで見せると、悠樹の顔は少し赤くなっているようだった。
『外見は、いつもの悠樹なのに・・・』どうしてもあの頃の二人と比べてしまう自分がいた。
横目で紫乃たちが一緒に歩いてるのが見えた。昔と違ってゆっくりと歩いている・・・昔は紫乃たちの方が、はしゃいでいたのに、麻奈美から見た紫乃たちは、今では大人っぽく見えていた。
広場に着くと麻奈美たちはベンチに腰を下ろし、景色を眺めていた。しばらくして紫乃たちも到着し、一休みしてからリス園を後にした。
海沿いの道、四人の口数は少なく、傾きだした日差しが車窓に入り込んできた。車内は明るい色で四人を包み込み、ラジオの音が静かに車の中を流れていた。
見憶えのある路地に差し掛かると、運転席の航太が「もうすぐでロッヂだよ。」と、あの頃と変わらない建物・風景を四人は懐かしく思えた。
ロッヂに着くと、四人は荷物を下ろし、室内に運び入れた。
車内の荷物を確認し、最後に悠樹がロッヂへと入ろうとしたとき、裏の高台から花の匂いが温かい風に流れてきた。その匂いに気づいた悠樹は、ここに来ること自体、記憶の無い自分にとって初めてなのに、なぜか初めての匂いではなく、懐かしい匂いに感じた。
「悠樹・・・?どうしたの・・・?」家の中から、麻奈美がのぞき込むように顔を出していた。
「うぅん・・・何でもないよ・・・」
何となくだが、大島に着いてから、頭の片隅に残る景色たちが悠樹の記憶を呼び起こさんとしているようで、今の自分に違和感を感じていた。
各部屋へと荷物を運び込んだ四人は、食事の準備・掃除と分担を決めて分かれて行った。
悠樹と航太は、バーベキューの準備で外へ出ると、また高台から花の匂いが流れてくるのに気づいた。
「悠樹?どうした・・・?」遠くを見つめる悠樹に航太が尋ねた。
「花・・・」
「えっ?」
「うぅん・・・何でもない・・・」
はっきりとは言えなかったが、何故か悠樹にもこの環境に懐かしさを感じていた。
準備も整い、夕食のためみんなが外へと出てきた。
「乾杯~っ☆」
三人との記憶が戻ってはいない悠樹だったが、人懐っこい航太の性格が、場を盛り上げてくれていた。
病人じゃないのに、3ヶ月も病院で生活をしていた悠樹は、ここぞとばかりに、大人げなくはしゃいでいた。
お酒の在庫も無くなり始めた頃、
「でさ・・・今日、潤がね・・・」
「おっ・・・、おい。」
紫乃が航太との浮かれ話に華を咲かせていた。
「ねぇ・・・麻奈美?」麻奈美は、紫乃が悠樹の腕を抱え込んで、浮かれ話しに巻き込ませている姿を見ていると、あの頃に戻れたらと思ってしまうのであった。
「麻奈美~。純たち面白いぞ。」
「麻奈美・・・?」
「・・・当たり前じゃん。悠樹知らなかったの・・・昔から悠樹と航太がおバカだったから、気づかなかったんじゃない?」
開き直った麻奈美は、昔のように悠樹に振る舞った。
お酒も残りわずかになってきて、航太は、プールから見える時計台を見た。
「そろそろ寝るか・・・」
みんなで片づけた後、部屋で残りのお酒を飲み干して、寝床についた。
【Keep believing・・・】
帰りの日・・・早く身支度が済んだ悠樹は、外へ散歩に出た。ロッヂが見渡せる高台まで来ると、大きく手を広げ、ひと呼吸・・・早朝でまだ暖まらない空気を身体全体で吸い込んだ。
ふと足下を見ると、あまり見かけない花たちが花壇に植えられていた。
きっとこの花たちだ・・・ここへ来てから、悠樹は時折この高台から、風に流されて来たこの匂いが気になっていた。
悠樹が、その花たちを眺めていると、下から誰かが近づいてくる気配に気づき、その方向を見てみると、麻奈美が花を持って上がってくるのがわかった。
「その花、前に悠樹が探して来きてくれた花だよ・・・」
「ウォール・・・フラワー・・・?」
「そう。珍しい花だから、悠樹覚えてたりして?」
「”愛の絆”・・・」
「そう・・・悠樹覚えていてくれたんだ・・・」
悠樹は、麻奈美の持っていたものに気づき、
「花・・・?」と麻奈美に聞くと、
「そう。今度は私・・・」と笑顔で答えた。
麻奈美は、花壇にしゃがみ込んで、持ってきた花を植え始めた。
「純たちと初めてここへ来たとき、悠樹は『今度は、二人で来て、ここに花を植えに来よう。』って、私に言ってくれたんだよ。」
「そうなんだ・・・」
そう言うと、悠樹は麻奈美の後ろ姿を静かに見つめていた。
「さてと・・・」植え終わると麻奈美は、立ち上がり、「悠樹。そろそろ朝ご飯だから、ロッヂに戻ろう?」と言い、悠樹の前を横切った。
「・・・?」
すると麻奈美の後を追うように、花の匂いが流れてきた。
どうやら、麻奈美が高台に花を抱えて上がってきたとき、上着に匂いが付いていたようだ。
「麻奈美・・・少しだけど思い出したみたい・・・」
その言葉が聞こえると、ロッヂへ進み出した麻奈美の足が止まった。
「少しずつだけど・・・この旅は、初めてじゃないよね・・・」
「船に乗ってる時から、何となくだけど・・・今まで思い出せなくてごめんね・・・」
静かに悠樹の言葉に耳を傾けていた麻奈美は、
「この匂い、ブライダルベールって花なの。」
「えっ・・・?」
「知ってる?花言葉・・・」
「えっ・・・?」
「”信じ続ける”だよ。探すの大変だったんだから。時間かかり過ぎて、ギリギリになっちゃったもん。ここまで宅急便だったんだから。。。ちょっと、無理矢理だね。」
そういうと麻奈美は振り返り、左手の薬指にはめた指輪を悠樹に見せた。
「私たち結婚してから、一度も旅行なんて行ってないんだからね・・・これぐらいの思い出イイでしょ?」
麻奈美の膨れた顔を見た悠樹は、笑顔で頷いた。
「すぐには、思い出すことはできないけど、少しずつでも思い出せるよう頑張るから・・・それまでは・・・」
今の悠樹にはこれが精一杯だった。
しかし、今の麻奈美にとっては、十分すぎるほどの嬉しい言葉だった。
「うん。少しずつ・・・少しずつ・・・だね。」麻奈美は、目を真っ赤にして答えるのであった。
『おぉ~い!』
紫乃たちがロッヂの前で手を振っている・・・
「麻奈美、戻るよ。」悠樹は、麻奈美の手を取り、駆け足でロッヂに戻った。
笑顔で戻って来た二人を見て安心した紫乃は、
「もう、大丈夫みたいだね?」
「そうだな。」その様子を隣で見ていた航太もそう感じていたみたいだ。
朝霧が晴れた景色は・・・心地よい日差しでロッヂを照らしていた。
「東京に帰るよ。。。」
四人を乗せた車は、港へと走っていくのであった・・・