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And You~幸せのカタチ


【序章~】



 会話も連絡も途切れてしまうと、時間が経つにつれて、逢いたくなるもの。そして、その不安が自分の障害になることだって・・・

 時にその障害を人のせいにしてしまうこともあって、不甲斐無い自分に気づくが、途切てしまった二人は逢うことができない・・・

 見知らぬ土地で偶然の出会いが、空白の時間を埋める・・・お互いの未来を導くことができるのか・・・

男:窪木 遼平

女:槇村 優海

【前編~Ryohei’s Dream~】

あれからどれくらい時間が過ぎたのか・・・

遼平も大学四年生・・・未だに優海はアメリカに行ったきり・・・手紙に写真も送られてくるが、逢うことが出来ていない・・・

 思いが募る遼平は、どうすれば逢えるのかと無い頭で考えていた・・・

 遼平はスポーツ推薦で入った大学で野球部に所属していた。大学四年の遼平はそろそろ進路も考える時期になるが、なかなか思いが固まらない。実力は、プロほどでは無いのだが、実業団からは誘いが来ていた。

 しかし、今ひとつ遼平は実業団に進むことに乗る気にならなかった。将来のはっきりした目標が見つかっていないからだ。

 最後の年、大学リーグで優勝した遼平は日本代表にも選ばれ、国際試合に向けて合宿に入っていたが、調子が今ひとつ・・・進路のこともあったが、優海の手紙が三ヶ月ぐらい前から途絶えていたこともあった。

 遼平が手紙を送るのだが返事が返ってこないのだ・・・心配になり、遼平は麻奈美(川嶋 麻奈美【小説⑥参照】)に相談していたが、麻奈美の方にも返事が来ていないみたいで、特に変わった情報も無かった・・・いったい優海はどうしているのか、募る想いは代表の合宿にも引きずっていた。

 合宿先では、二人の相部屋で二週間、いろんな大学の選手が集まって同じ生活を送る。

 ここからプロ・社会人へと進んでいく選手もいるんだと思うと、目標がはっきりしていない遼平は、少し困惑していた。大学リーグでは優勝できたものの、その後の練習では、遼平の散漫なプレーにはチームメイトも心配になっていた。

 合宿初日は、午後軽い運動を、夕方は懇親会と称して相部屋対抗の寸劇をしたりとお互いの交流を深めていった。

 遼平は、豊後共立大の捕手で三國 弘斗(みくに ひろと)と相部屋になった。九州の人だけあって、元気な声で気さくに話しかけてくれた。

 そのとき遼平は、『きっと合宿が終わる頃には九州弁がうつってしまうのでは・・・』と思ってしまうのであった。

 合宿二日目、早朝のランニング・朝食と済ませた一同は、午前中会議室でミーティングをした。今回の監督は初めの一週間は走り込みをメインに行い、翌週から実践に入るという徹底した人であった。

 午後は、道具を使わずに運動場を使っての練習。将来も見据えた本格的なトレーニングだった。途中軽い遊びも交えたチーム対抗のトラック競技で、遼平は相部屋の弘斗と一緒のチームで楽しんでいた。

 遼平はピッチャーということもあって、弘斗との時間を出来る限りとって、1バッテリーとして形作っていった。

 三日目にもなると、全体とのコミュニケーションも取れるようになり、次の週からの実戦に向けて、ポジション争いに向け、お互いを意識するようにもなってきた。

 合宿も一週間が過ぎた頃、午前中軽いランニングを済ませ、午後は自由時間で遼平と何人かで、近くの臨海公園など散歩に行ったりと、楽しい時間を過ごしていた。まだ気持ちの整理ができていなかった遼平は、少し優海のことを切り離して野球に専念することにした。

 

 翌日からは実戦に入り、それぞれのポジションに分かれ、コーチからの指示で練習を始めた。明日は紅白戦。弘斗とは同じチームでバッテリーを組むことになった。

 出発を翌日に控えた代表チームは、サインの確認やバッテリーの意識を確認して万全な仕上がりで締めくくった。

 出発当日、選手の何人かは空港まで友達や彼女たちが見送りに来ていた。別に友達に伝えることでもないと思っていた遼平は、それを横目に足早に搭乗口へと向かうのであった。

 機内に入り座席に座ると、初めての海外に遼平も緊張も隠せない・・・飛行機での遠征は日本で慣れているのだが、海外となると何か落ち着かない。遼平は席を立ってはキョロキョロと周りを気にしていた。隣の弘斗も飛行機は初めてで、遼平と一緒で落ち着かないのであった。

 

 行き先はシアトル。向こうで四試合。代表として自分の力を試す絶好の場所だ。。。遼平はスタメンに入れるかわからないが、とにかく、将来の目標になるきっかけが欲しかった。

 試合は、六日間で五試合を消化するハードな日程だった。日本代表の初戦は、翌日の午後キューバと対戦する。

遼平は二試合目と四試合目の途中の予定だ。

 ホテルに着いた遼平たちは、軽いミーティングを済ませて、初日は就寝に入った。遼平と弘斗は、長時間の飛行機もなかなか寝付けることができなかったので、ベットに横たわると、着替えもせず寝入ってしまった。

 翌日・・・試合は、明日の午後からと言うことで、時差ボケをなくすため、昼過ぎからの軽い練習。バッテリーは対戦相手の対策とサインを確認した。

 最初は、時差ボケなのか、なかなか眠れていないのか、何人かはあくびをしたりと緊張感の無いスタートであったが、一時間もすると日本に居たときと変わらない動きが出てきた。国際経験の少ない選手が多かった今年の日本代表であったが、実力的には引けを取らない実力者が揃っていたので、善戦の期待も多かった。

 夕食を済ませた選手たちは、軽いミーティングで就寝した。

 翌日、第一試合目は、キューバ。

 日本代表のピッチャーは、関東大学リーグを制した京葉大のエース古木(ふるき)、国際経験も豊富な彼は、遼平とは逆のタイプで速球を主体に組み立てる本格派だ。

 遼平は翌日のドミニカ戦の当番予定ため、ブルペンで調整をせず、ベンチのなかでチームを見守っていた。

 先発メンバー四番は、高校から有名だった紀産大の伊野(いの)は長距離打者。それ以外は、アベレージヒッターが多く代表チームの特徴は、つなぐ野球がベースとなっていた。序盤、古木はコースが定まらず失点したが、中盤から持ち直し二人を継投し、4ー2と勝利をおさめた。

 翌日、ドミニカ戦のため朝早くランニングと軽いキャッチボールで調整した遼平は、午後の本番に備えた。

 国際経験が全くなかった遼平は、前日からの緊張であまり睡眠がとれていなかった。

 この国は、若い世代から米リーグへ進出する人材が豊富で、個々の技術は優れているのだが、チームとしては途上の国で、この日の先発は、遼平が言い渡されていたので、バッテリーを組んでいた三國と共にコントロール重視で組み立てていた。

 日本代表は、初回、相手のエラーを皮切りに長打、単打一本ずつで2点を先取した。

 裏の回、遼平のピッチングもスピードを抑え、コントロール重視でドミニカチームに奮闘していた。毎回ランナーを出すが、連打を許さず中盤を迎えていた。

 六回日本の攻撃。四球で出たランナーを四番の伊野は、右中間に飛ばし走者をホームへ帰す。

 後続が繋ぐことができなかったが、7回にも相手のエラーもあって1点を取ると、遼平は回を増すごとに調子は上向き、七回まで3塁を踏ませないピッチングで継投に入った。八回の日本の攻撃中、クールダウンのためグラウンドに出てきた遼平に声をかけてくれたファンがいた。

 その声に気づいた遼平は、顔をスタンドに向けると、拍手で迎えてくれる観客の姿に気づく・・・

 遼平が見たその光景は、嬉しくもあり、そしてアメリカで日本の野球が浸透してきているのではないかという自信も抱けた瞬間でもあった。

 その後、試合は八回ドミニカが、本塁打で1点を返すが、最後は4ー1で勝利を収めた。

 一先ずお役を果たした遼平は、緊張感から解放され、その日の夜は、ぐっすりと寝ることができた。

 翌日、第三試合目は、米国との対決。

 前日登板した遼平はブルペンには入らず、ベンチでチームの勝利を祈っていた。

 三人目の先発投手は、港洋大の塚越(つかこし)。彼は速球派でスライダーとチェンジアップと対米国向きの投手だった。

 しかし、米国代表は塚越の立ち上がりを攻め立て、一挙3点を先取する。

 続く日本も米国の投手を捕まえるが、1点止まり・・・米国の投手は徐々に調子を取り戻し大リーグドラフト候補の投手をなかなか打ち崩せず、逆に終盤にも2点を取られ1ー5と負けてしまった。

 試合後、ホテルでミーティングをした日本代表は、翌日、調整日で空いていたので、軽く練習をして明後日のオーストラリア戦に備えた。

 一日を空けて、第四試合目はオーストラリアとの対戦、日本の先発は、初戦で登板した古木。

 今日と明日と後半の二試合は、投手の負担を少なくするため、継投で消化していくことになった。

 野球発展途上のオーストラリアは、個々の力が目立ちチームとしては今一つ、連携ミスもあり序盤で3点を先取し、中盤、日本は遼平が六、七回に登板、相手を0点に押さえ、攻撃でも1点を重ね4ー0と完勝した。

 最終戦は、メキシコとの対戦。

 オーストラリアと同様、発展途上のチームであったが、各打者がボールに食らいつき、日本の投手を苦しめ序盤、中盤で4点も奪われた。

 日本も終盤2点を返すが、結果は2ー4と惜敗。

 国際試合の全日程を終えた。

 日本代表は、明日の帰国の準備をするため、早々にホテルに向かうのだった。

【再開・・・】
 アメリカで頑張っている遼平・優海は、来れそうもないが週末に航太(佐藤 航太)・紫乃(宮塚 紫乃)と3人で遊びに行くことが決まり、麻奈美は週末になるのが待ち遠しくて、カレンダーを眺める日々が続いた。

 週末、病院の最寄り駅の改札で待ち合わせをしていた麻奈美は、少し早めに着いてしまったので、向かいの喫茶店で二人の到着を待つことにした。

 しばらくすると、改札から紫乃らしき女性が出てきたので、携帯で連絡をしてみると、やはり紫乃であった・・・が、一緒に来るものと思っていた潤の姿は見当たらなかった。

 喫茶店に入ってきた紫乃が席に座るなり、麻奈美は航太のことを尋ねた。
 「喧嘩でもした・・・?」麻奈美は恐る恐る聞いてみたが、「うぅん。航太が悠樹との思い出の写真とか探していたのを家を出るとき忘れてきたの。私だけ先に行くよう言われたから・・・」
 「そう。よかった・・・」二人は、よく部屋の模様替えやら食器やらで、ちょっとしたことでケンカになっている話を紫乃から聞いているので、麻奈美は心配になっていた。
 「今日もその忘れ物を家を出て何分もしてから気づいたから、言ってやったのよ・・・家出るときぐらい確認しなさいよ。ば~か。って」紫乃らしい対話に笑顔で応える麻奈美であったが、昔、悠樹ともそんなことをしたもんだと、懐かしく思っていた。

 喫茶店で一息着いた二人は航太を直接病院へ向かうよう連絡し、病院へ向かった。
 紫乃達が悠樹に会うのは久しぶりで、麻奈美から連絡をもらうまでは、こんな大変なことになっているとは、思っていなかったのだ。
「そこでケーキでも買って、病室で食べよっか?」紫乃の気遣いも久しぶりで、
「以前は、みんなでよく会ってたのにね・・・」
 それぞれの道を歩き始めたみんなは、学生の頃の思い出を語るほど、時間も経っていないはずなのに・・・と、麻奈美は深く考え込んでしまった。重い空気になってしまったこの場を紫乃は、航太が早く来ないかと、そわそわと辺りを探し始めた。
 
 そうしているうちに、病院の入り口までたどり着いた二人は、ロビーで休まず、エレベーターに向かい悠樹の病室へと向かった。
 5階に着いた二人は、悠樹の病室の前で立ち止まり、「ちょっと待って・・・深呼吸、深呼吸・・・」と、紫乃は心の準備をしようとしたが、
「大丈夫だよ・・・まだ、記憶が戻っていないんだから・・・」と、感慨もなく、そそくさと麻奈美はトントンとノックをしてドアを開けた。
 中に入ると、聞きなれない女性の声が聞こえた。
「悠樹・・・?」と、麻奈美は覗くようにカーテンを開けたベットの脇には、見知らぬ女性が悠樹と話していた。
「こんにちは。」
 まだ、素っ気ない感じの悠樹の返事に麻奈美は慣れてしまっていたが、紫乃は「こ、こんにちはじゃないでしょ?」挨拶をする間もなく、突然の登場に悠樹とその彼女は、びっくりした。
「はい。おみやげ。みんなで食べよ。」と、麻奈美がケーキの箱を悠樹に渡すと、
「麻奈美さん・・・のお友達?」と、やはり純のことも覚えてないようだ・・・。
「悠・・・冗談でしょ?」航太も麻奈美からは聞いてはいたが、そこまでとは思ってはいなかった。
 紫乃は、そのときに見た麻奈美の顔が無理して笑ってくれているみたいで、心苦しかった。
 麻奈美は、悠樹の隣の女性に気づき、「悠・・・の友達・・・?」入ってきたときに気づいていた聞き慣れない声の女性が、悠樹のベットの脇で二人の様子を見ていた。
「あぁ、紹介するね。藤崎 真代さん、事故の相手って、この人なんだ。」
すると、いつもは気優しい麻奈美が、「なんで・・・?なんで貴女が此処にいるの・・・?」
「貴女のせいで・・・悠樹は・・・」「悠樹も悠樹よ!なんでそんなに親しくなれるの?」
辺りは、重々しい空気になった。

 そんなときに間悪く航太が到着した。
「よっ。悠、久しぶり・・・」昔からの航太の性格は、状況を考えずに言葉を発した。
「ちょ、ちょっと・・・」紫乃は、航太を入り口まで押しやって「少しは空気読みなさいよ!」と、小さな声で叱った。
 すると航太は紫乃の肩に手を置くと、
「まあ、見てなって・・・」と言って、悠樹の方へ歩いていった。
「4人で行った初めての旅行・・・大島に行ったろ?そのときの写真が見つかってな・・・ほれっ。」そう言って悠樹の手のひらへ何枚か写真を置くと、悠樹はその写真を眺めた。
「悠、どうだ? 何か思い出さんか?」航太の問いは悠樹の耳に入って無いようだ。
「・・・。」航太は、頭を掻くなり少し困ってしまった。

「麻奈美ちゃん・・・ちょっといいかな・・・」晴子が給湯室から戻ってきていた。
 紫乃は、動けないでいる麻奈美の腕を取り、「航太。この場少しお願いね。」と言い、一緒に病室を出た。

 屋上のドアを開け晴子は、上ってくる二人を見つめた。
 二人を先に屋上へ出し、晴子が後から出てきた。
 外は、秋の季節を感じるような、冷たい風とスカイブルーの空に少しの雲が見えていた。

 晴子が一呼吸して「イイ天気ね。でも、ちょっと寒いかしら・・・」そう言うと、晴子は病室から持ってきていたショールを麻奈美に差し出すと、麻奈美は首を振り、「大丈夫です・・・おばさんこそ・・・」と応え、「そう・・・ありがとう。」そう言うと、晴子はベンチに腰掛けショールを肩に掛けた。
 隣に麻奈美が座ると、「ごめんね。悠樹が・・・本人から麻奈美ちゃんに話してくれるものと思っていたから・・・」「それにね、あの子イイ子でね・・・仕事の合間とか、終わった後とか、よく来てくれててね。・・・私も家事を終えて来るものだから、少し頼ってしまっていたのよ・・・」
 晴子の言葉に、麻奈美は返す言葉が見つからなかった。

「麻奈美、お母さんも悠樹も・・・悪気があって彼女を来させてるとは、思えないの・・・今は、悠樹の記憶を戻すこと。それだけを頑張ろう?」後ろで聞いていた紫乃は、麻奈美の肩をポンっとたたき励ますのであった。
 三人は、ベンチから立ち上がり、空を見上げた。
すると晴子が、「天気もイイことだし・・・こんなに友達が来てくれているんだから、悠樹もこの先大丈夫ね。」麻奈美を励ますために言っていたが、麻奈美も紫乃も、その根拠のない一言が現実になりそうな感じのする空だった。

 三人が病室へ戻ると、大きな笑い声が廊下にも聞こえてきた。なにが起きたのか、三人が病室を覗いてみると、航太の話で盛りあがっていた。しかも、その話は、悠樹と一緒の頃の話みたいだ・・・
記憶が戻ったのか・・・三人は、状況を把握できないで、ただ呆然とカーテンの脇で立ち止まってしまった。

「おう。麻奈美も紫乃も話しに入れよ。」航太が、不思議そうに見ていた三人を手招きしている。
「悠樹がさ・・・俺たちのこと覚えてないっていうもんだから、当時の頃をいろいろ教えてあげようと思ってさ。」
「だからって、バカ話ばっかりで・・・もっと、真面目な話とか無いのかよ。」
「そんなの有るわけないじゃん。悠は、バカだったから、真面目な話なんて、あるわけ無いじゃん。」と、紫乃も参加してきた。
「なあ、麻奈美もこいつらになんか言ってやってくれよ。」
・・・麻奈美は、そんな光景を見ていたら、なんだか、昔の仲間に戻ったような懐かしい気持ちになった。
「・・・初めて、麻奈美って呼んでくれたね・・・」
「そうだっけ・・・?」
「なんか、この二人と話してると、懐かしい気持ちになって、楽しく話せるんだ・・・初めてって感じがしないんだ。」
「だから、初めてじゃないんだって・・・」航太は、困った顔をしながら、応えるのであった。
「・・・さっきから、二人"ゆう”って言ってるけど・・・それって、俺のことなの?みんなと会うのは、初めてじゃない感じはするんだけど・・・」悠樹がそう応えると航太が持ってきてくれた写真を見つめた。
「ねぇ、悠樹・・・何となくでも思い出さない?みんな、私は高校、紫乃たちは大学の時の友達なの・・・」
「そっか・・・俺の記憶は、高校から無くなってるみたいなんだ・・・」そう言って、深く考え込んでしまった悠樹を見てるのが麻奈美には辛かった。
 すると、真代は申し訳なさそうに「ごめんなさい。私のせいで悠樹さんを・・・みんなを・・・」と、みんなの前で謝った。
「私・・・学生の頃、あまりみんなと遊ぶことが少なくて・・・でも、みんなを見てたら、すごく楽しそうに話してるから・・・ほんとにごめんなさい・・・」
それを聞いていた悠樹は、「別に死んだ訳じゃないんだから、気にしないで。」と真代を励ました。
「さあ、麻奈美ちゃん達が買ってきたケーキでも食べましょうかね。」と晴子は、皿に取り分けてみんなへ渡した。
 多めに買っておいたケーキ、麻奈美は皿に取り分け真代にも渡した。
「ありがとう・・・」真代にも笑顔が戻った。

 空に赤みが差してきた頃、「それじゃ・・・私はこれで・・・」と言い、真代は帰りの身支度を始めた。
「あっ、私たちも・・・ねっ、航太?」二人に気遣う紫乃はそう言うと、急いで片づけ始めた。
「えっ?俺まだいるよ・・・」と、航太は言ったのだが、「気ぐらい使いなさいよ。バカ!」と、紫乃は航太の靴の踵を蹴り、腕を掴み病室を出ていった。
「みんな・・・帰っちゃったね。」麻奈美はそう悠樹に問いかけると、「そうだね・・・」と、いつもの二人に戻っていた。
「ケーキ、ありがとうね。」病院を出る二人が窓越しに見えたので、小さく手を振りながら、「うん・・・」と麻奈美は返事をした。

 窓の方を向いたまま、麻奈美は「私といろんな所出かけたの、覚えてる?」と確かめるように聞くと、悠樹は「ごめん・・・よくわからないんだ。」と申し訳なさそうに答えた。
 すると、麻奈美は鞄の中からストラップを悠樹に手渡した。「これって・・・俺と同じもの・・・?」悠樹は、引き出しから、ストラップを取り出した。
「同じだ・・・」写真とストラップを眺め続ける悠樹に、「悠樹?私と付き合っていたことも忘れちゃった・・・?」
「ちょっと辛いかな・・・」麻奈美は、胸の奥にあった気持ちが出てきた。
「母さんからは、聞いていたよ・・・でも・・・ホントにごめん・・・」と、横で麻奈美は肩を振るわせているのに気づき、悠樹は戸惑ってしまった。
 悠樹は、麻奈美の言葉には、もう耐えきれなかった。涙を拭かずに泣きじゃくる姿も、もう見たくない・・・
 麻奈美が顔を上げた瞬間、悠樹の身体が反応した。
 麻奈美の小さな身体を、悠樹の大きな身体で包み込んでいた・・・長く、そして強く・・・

 麻奈美が泣き止むまで、どれくらいかかったのだろうか・・・
「んん・・・」晴子が、食器を洗って戻ってきていた。
 麻奈美は、泣いていたことと恥ずかしかったのと、混ざり合っていたのか、顔を真っ赤にして悠樹の胸から離れた。
 晴子は、食器を片づけながら「記憶でも、戻ったの?」少し冷やかしの入った口調だった。
 麻奈美は、鞄につけてあったキーホルダーを見つめると「悠樹・・・旅行行かない?」と、ふと思い出したように言った。
「えっ・・・、どこへ?」
「大島・・・」
「大島・・・?なんで?」
「少し私と悠樹の時間がほしいし・・・大島は二人にとって大事な場所なのよ。」
「そうなんだ・・・」
「二日・・・ううん、三日ぐらい大丈夫よね?」
麻奈美がそう言うと、晴子は、
「先生に聞いてみるわね。その様子じゃ、早い方がイイんでしょ?」
「明日、悠樹に連絡させるから、今日は疲れたでしょ?お家に帰ってゆっくりしたら。」
「はい。」そう言うと、麻奈美は片づけ始めるのだった。
 まだ話し足りなさそうな悠樹の顔が横目に入ったが、片づけが終わると、
「じゃ、明日待ってるね・・・バイバイ、悠樹」
 笑顔で交わす麻奈美の顔は、不安でいっぱいだった頃の顔ではなく、みんなが居たときの顔に戻っていた。
 病室の窓から麻奈美が病院から出てくるところが見えた。「またな。」その声に気づいた麻奈美は振り返った。悠樹の声に応えるように、大きく手を振る麻奈美のその顔を確認した悠樹は、優しく見送るのであった。


 翌日、悠樹から麻奈美の携帯に連絡があった・・・それを聞いた麻奈美は、すぐに旅行の準備を始めるのであった。


【思い出と記憶】 
 ・・・出発当日、前回(【小説④】)と同様に紫乃たちと大島へ行くことになった。悠樹の記憶が少しでも戻ればという紫乃たちの配慮もあった。
 「はいっ。」と、麻奈美は悠樹にチケットを手渡すと、その手をそのまま取り、駆け足でフェリーに向かった。紫乃たちも同乗する。悠樹は思い出してくれるのか・・・紫乃たちとの初めての宿泊旅行・・・麻奈美たちにとっても大事な思い出の場所だ・・・

 甲板に出た悠樹と麻奈美は、ゆっくりと動き出したフェリーの行く先を眺めていた。
 今日は朝から天気もよく、フェリーからは多くの島が一望できた。
 麻奈美は、景色を眺めていると、あまり浮かない悠樹の顔に気づいた。
 「どうしたの?悠樹・・・」
 「これって・・・麻奈美たちは初めてじゃないんだよね?」
 「初めてじゃないよ・・・だけど、悠樹は無理して思い出さなくてもイイんだよ・・・これからの思い出として残ってくれれば・・・」麻奈美は、『ねっ?』と問いかけるように、悠樹の顔を見つめると、悠樹は笑顔だけで応え船内へ入っていくのであった・・・その悠樹の後ろ姿を見ていた麻奈美は、『ホントは、戻ってほしいに決まってるじゃん・・・』そう答えたかった。
 ・・・甲板の入り口で、悠樹とすれ違った紫乃たちは、その先でベンチに独り座っている麻奈美を見て、今はただ見守るしかなかった・・・
 
 昼食の時間、四人掛けのテーブルで紫乃たちと大島に着いた後の打ち合わせをした。泊まるロッヂまでは、あの時と同じ道順だ。ホントは、麻奈美より紫乃たちの方が悠樹の記憶が戻ってほしい願っているのかも・・・

 大島に到着した四人は、まずレンタカーを借りてリス園へ向かった。園内では、二人に分かれ広場で待ち合わせをした。
 考えてみれば、悠樹と麻奈美・・・就職・結婚と、お互いに多忙で出かけることが少なく、旅行も初めてのような感じがした。
 麻奈美は、悠樹の腕を取り、あの時の旅行のようにはしゃいで見せると、悠樹の顔は少し赤くなっているようだった。 
 『外見は、いつもの悠樹なのに・・・』どうしてもあの頃の二人と比べてしまう自分がいた。
 横目で紫乃たちが一緒に歩いてるのが見えた。昔と違ってゆっくりと歩いている・・・昔は紫乃たちの方が、はしゃいでいたのに、麻奈美から見た紫乃たちは、今では大人っぽく見えていた。

 広場に着くと麻奈美たちはベンチに腰を下ろし、景色を眺めていた。しばらくして紫乃たちも到着し、一休みしてからリス園を後にした。

 海沿いの道、四人の口数は少なく、傾きだした日差しが車窓に入り込んできた。車内は明るい色で四人を包み込み、ラジオの音が静かに車の中を流れていた。

 見憶えのある路地に差し掛かると、運転席の航太が「もうすぐでロッヂだよ。」と、あの頃と変わらない建物・風景を四人は懐かしく思えた。
 ロッヂに着くと、四人は荷物を下ろし、室内に運び入れた。
 車内の荷物を確認し、最後に悠樹がロッヂへと入ろうとしたとき、裏の高台から花の匂いが温かい風に流れてきた。その匂いに気づいた悠樹は、ここに来ること自体、記憶の無い自分にとって初めてなのに、なぜか初めての匂いではなく、懐かしい匂いに感じた。
「悠樹・・・?どうしたの・・・?」家の中から、麻奈美がのぞき込むように顔を出していた。
「うぅん・・・何でもないよ・・・」
 何となくだが、大島に着いてから、頭の片隅に残る景色たちが悠樹の記憶を呼び起こさんとしているようで、今の自分に違和感を感じていた。

 各部屋へと荷物を運び込んだ四人は、食事の準備・掃除と分担を決めて分かれて行った。
 悠樹と航太は、バーベキューの準備で外へ出ると、また高台から花の匂いが流れてくるのに気づいた。
「悠樹?どうした・・・?」遠くを見つめる悠樹に航太が尋ねた。
「花・・・」

「えっ?」

「うぅん・・・何でもない・・・」
 はっきりとは言えなかったが、何故か悠樹にもこの環境に懐かしさを感じていた。

 準備も整い、夕食のためみんなが外へと出てきた。
 「乾杯~っ☆」

 三人との記憶が戻ってはいない悠樹だったが、人懐っこい航太の性格が、場を盛り上げてくれていた。
 病人じゃないのに、3ヶ月も病院で生活をしていた悠樹は、ここぞとばかりに、大人げなくはしゃいでいた。
 
 お酒の在庫も無くなり始めた頃、
「でさ・・・今日、潤がね・・・」
「おっ・・・、おい。」
 紫乃が航太との浮かれ話に華を咲かせていた。
「ねぇ・・・麻奈美?」麻奈美は、紫乃が悠樹の腕を抱え込んで、浮かれ話しに巻き込ませている姿を見ていると、あの頃に戻れたらと思ってしまうのであった。

「麻奈美~。純たち面白いぞ。」

「麻奈美・・・?」
「・・・当たり前じゃん。悠樹知らなかったの・・・昔から悠樹と航太がおバカだったから、気づかなかったんじゃない?」
開き直った麻奈美は、昔のように悠樹に振る舞った。

 お酒も残りわずかになってきて、航太は、プールから見える時計台を見た。
「そろそろ寝るか・・・」

 みんなで片づけた後、部屋で残りのお酒を飲み干して、寝床についた。

【Keep believing・・・】
 帰りの日・・・早く身支度が済んだ悠樹は、外へ散歩に出た。ロッヂが見渡せる高台まで来ると、大きく手を広げ、ひと呼吸・・・早朝でまだ暖まらない空気を身体全体で吸い込んだ。
 ふと足下を見ると、あまり見かけない花たちが花壇に植えられていた。
 きっとこの花たちだ・・・ここへ来てから、悠樹は時折この高台から、風に流されて来たこの匂いが気になっていた。
 悠樹が、その花たちを眺めていると、下から誰かが近づいてくる気配に気づき、その方向を見てみると、麻奈美が花を持って上がってくるのがわかった。

「その花、前に悠樹が探して来きてくれた花だよ・・・」

「ウォール・・・フラワー・・・?」

「そう。珍しい花だから、悠樹覚えてたりして?」

「”愛の絆”・・・」

「そう・・・悠樹覚えていてくれたんだ・・・」

悠樹は、麻奈美の持っていたものに気づき、
「花・・・?」と麻奈美に聞くと、
「そう。今度は私・・・」と笑顔で答えた。
 麻奈美は、花壇にしゃがみ込んで、持ってきた花を植え始めた。
「純たちと初めてここへ来たとき、悠樹は『今度は、二人で来て、ここに花を植えに来よう。』って、私に言ってくれたんだよ。」
「そうなんだ・・・」
そう言うと、悠樹は麻奈美の後ろ姿を静かに見つめていた。

「さてと・・・」植え終わると麻奈美は、立ち上がり、「悠樹。そろそろ朝ご飯だから、ロッヂに戻ろう?」と言い、悠樹の前を横切った。

「・・・?」
 
 すると麻奈美の後を追うように、花の匂いが流れてきた。
 どうやら、麻奈美が高台に花を抱えて上がってきたとき、上着に匂いが付いていたようだ。

「麻奈美・・・少しだけど思い出したみたい・・・」
その言葉が聞こえると、ロッヂへ進み出した麻奈美の足が止まった。
「少しずつだけど・・・この旅は、初めてじゃないよね・・・」
「船に乗ってる時から、何となくだけど・・・今まで思い出せなくてごめんね・・・」
 静かに悠樹の言葉に耳を傾けていた麻奈美は、
「この匂い、ブライダルベールって花なの。」

「えっ・・・?」

「知ってる?花言葉・・・」

「えっ・・・?」

「”信じ続ける”だよ。探すの大変だったんだから。時間かかり過ぎて、ギリギリになっちゃったもん。ここまで宅急便だったんだから。。。ちょっと、無理矢理だね。」
そういうと麻奈美は振り返り、左手の薬指にはめた指輪を悠樹に見せた。
「私たち結婚してから、一度も旅行なんて行ってないんだからね・・・これぐらいの思い出イイでしょ?」
 麻奈美の膨れた顔を見た悠樹は、笑顔で頷いた。

「すぐには、思い出すことはできないけど、少しずつでも思い出せるよう頑張るから・・・それまでは・・・」
今の悠樹にはこれが精一杯だった。

しかし、今の麻奈美にとっては、十分すぎるほどの嬉しい言葉だった。
「うん。少しずつ・・・少しずつ・・・だね。」麻奈美は、目を真っ赤にして答えるのであった。

『おぉ~い!』

 紫乃たちがロッヂの前で手を振っている・・・
「麻奈美、戻るよ。」悠樹は、麻奈美の手を取り、駆け足でロッヂに戻った。

 笑顔で戻って来た二人を見て安心した紫乃は、
「もう、大丈夫みたいだね?」

「そうだな。」その様子を隣で見ていた航太もそう感じていたみたいだ。


 朝霧が晴れた景色は・・・心地よい日差しでロッヂを照らしていた。

「東京に帰るよ。。。」
四人を乗せた車は、港へと走っていくのであった・・・

【序章】~
 お互い、一緒に居れば居るほど、相手のことは常に不安が付き物。
 結婚したての二人には、尚更の事。
 どうしようもない現状から、トラブルが重なると、自分でもどうしたらよいかわからなくなることだってあるもので・・・
とくにこの二人には・・・

【麻奈美の不安】~

結婚してもうすぐで一年が経つ。新婚生活も起動に乗り、お互い仕事にも弾みが出てきた頃、麻奈美は悠樹の体調の変化に気づいた。
異動によるストレスで悠樹は体調を壊していたのだ。結婚して3ヶ月が経った頃、主任に昇格と共に別の部署に異動になった。
最初は、責務の重さに実感していなかったが、半年後には上司と新人の板挟みで、疲れがなかなかとれないでいた。麻奈美は、2日ぐらい休みを取るよう悠樹に言うのだが、今の社内状況では、悠樹の仕事をできる人がいなくて、休むことが困難な状態だった。麻奈美は不安を押しつぶし悠樹を見送った。

来週は結婚記念日。悠樹と結婚してちょうど一年になる。

悠樹は終電で帰ってくることが多く、その日も早く帰ってくるかも分からなかった。今日も悠樹は終電での帰宅だった…

翌朝、麻奈美は記念日には早く上がれるよう悠樹に伝えるが、本人も分かっているようだったが、返事ができなかった。そして麻奈美の不安は、現実なものとなる。
その夜から終電で帰れることも少なくなり、早朝に帰りまた出勤という日が増えてきた。
それからの悠樹の体調は、麻奈美の目からもはっきりとわかるほど疲れ切った顔であった。
記念日まであと2日…
しかし悠樹の帰りは一向に早くならず、また早朝に帰るとの連絡だった…麻奈美の不安は、限界まで達していた。
早朝に帰ってきた悠樹に麻奈美は、体調不良で午前中でも休むようにと、話を持ちかけるが『うん…』と一声が返ってくるだけだった…
二時間ぐらい仮眠をとった悠樹は、支度を済ませ玄関に向かった。腰を下ろし靴を履く悠樹の背中を見るのも苦痛に感じていた麻奈美だったが、『記念日に早く帰れるように、今を頑張ってるから…』と小さな声が…その悠樹の一言は、麻奈美の心を落ち着かせた。
笑顔で見送る麻奈美であったが、本心では未だ不安でいっぱいであるのは変わりなかった。

いつものように電車に乗って品川の会社まで向かう悠樹であったが、中途半端な睡眠で少し目が虚ろになっていた…
駅のロータリーを抜けた交差点で赤信号に変わりそうだったので、足を止めていた。
 そこへ急いで渡ろうとした女性が、赤信号に気づかずに悠樹の横を走り抜けようとした。悠樹はとっさに女性の肩を引き戻すが、その拍子で車道に出てしまった悠樹は、走ってきた車の側面に当たり、沿道にあった花壇の角に後頭部をぶつけてしまった…

その様子を見ていた人達は、悠樹のところに駆け寄り声をかけるのだが、悠樹は目を覚まさなかった…

…会社から少し離れた病院、事故の知らせに悠樹の母親(晴子)が駆けつけてくれたが、集中治療室に入ったきり会うことができなかった。
そしてその日の夜、麻奈美には連絡がなかった…

翌朝、未だ帰らない悠樹に麻奈美は、連絡をしてみるが、返事がない…会社にも連絡するが、誰も出ない。
きっと何かあったのだと、悠樹の実家にも連絡するが、ここでも出ることはなかった。麻奈美は、どうしようも出来ない現状についには泣き出してしまった…

集中治療室から悠樹が出てきたのは、事故から二日後の事だった…

三日目、ようやく晴子から麻奈美宛てに連絡が入った…急な出来事に晴子も麻奈美に連絡することを忘れていたのだ…。
すぐさま病院に駆けつけた麻奈美が目にした光景は、悠樹が元気に笑っている姿が映っていた。ベッドから体を起こし、晴子と笑顔で話していた。それを見た麻奈美は、周りの目も気にせずに、勢いよく飛びつくのだったが、その時の悠樹の反応が少し変だった…
ふと晴子の顔を見ると、あまり嬉しそうではなかった…そこで麻奈美は、悠樹に話しかけてみたが、
悠樹の応えが、どうも他人と話してる感じがした。何かに気づいた麻奈美は、もう一度晴子を見るのだが、晴子はその様子に耐えきれず、後ろを向いて泣き出してしまった…
麻奈美は事情を聞くため、晴子を屋上へ連れ出した。

病院の屋上、雲一つ無い青空、洗いたてのシーツが緩やかな風に流されていた。
ベンチに座わった晴子の口から『軽度の記憶障害』と聞いた麻奈美は、ショックで頭の中が真っ白になってしまった。
麻奈美が病院に来るまで、晴子はどこまで記憶が残っているのか確かめていた。晴子が確認できたのは、中学の頃までだった…その後に出会った麻奈美は、恐る恐る自分の事を尋ねると、結婚した事は納得したのだが、それまでの記憶がなくなっているみたいだった…
その場に泣き崩れる麻奈美に、晴子は包み込むように抱きしめるのであった。

悠樹の病室に来客があったのは、二人が屋上に向かってから、すぐのことだった…
誰かが病室に入ってくる足音がした…
外を眺めていた悠樹は、入り口に目をやると、見覚えのある顔だが思い出せない…
すると、検診の時間で看護士が病室に入ってきた。なかなか思い出せないでいる悠樹に看護士は、事故の直前に飛び出してきた彼女だ…と説明してくれた。
『そうなんだ…』
あまり事故の事を覚えていない悠樹だったが、彼女は謝ってばっかりだったので、
『もうイイよ…それに死んだわけじゃないんだし…ね?』
その一言で、今にも泣き出してしまいそうな彼女を落ち着ついたようだ。
すると、
『これお見舞いのお花です…今、仕事の途中なのでまた来ます。』と彼女は言うと、悠樹は『ありがとう。』と返した。笑顔で会釈をした彼女は、病室を後にした。
看護士は、『事故の後、毎日来てくれてたんだけど…親族以外はお断りしてたのよ…』と、悠樹に話してくれた。『へぇ・・・』悠樹の心情は複雑だった。

晴子と麻奈美が戻ってきたのは、彼女が出てから二十分くらいあとのことだった。
ベッドの横にあった花束に気づいた晴子は、
『誰かが来たんだ…もう少しゆっくりしてれば良かったのに…』と言うと、
『今、仕事の途中だったみたい…』と悠樹は言った。
『こんなにお花が多いと…花瓶買ってきますね。』と、晴子は鞄の中から財布を取り出し出かけてしまった…

二人下を向いたきり、なかなか話し出せない空気に、麻奈美は、『窓開けるね?』と言って開けるのだが、まだ悠樹の顔を見れずにいたので、外を見ながら話すことにした。
『…私の事覚えてる?』
『…麻奈美さんでしょ?』
『ま、…麻奈美さん…』
少し肩を落とした麻奈美は、まだ他人っぽい感じがあったので、お母さんとどこまで話したかを尋ねてみた。
…やはり、中学までの事は話にも出るのだが、それ以降の話が出てこない…悠樹と話してるのに、こんなに悲しく思うことは今までなかった。そして、無言の時間がゆっくりと過ぎていった。

買い物から戻ってきた晴子と入れ代わるように麻奈美は帰宅した。


【記憶喪失の生活】
~帰宅した麻奈美は、悠樹の会社に連絡し、当分の間休みをもらうようお願いした。
 麻奈美の方も仕事があったので、毎日病院には顔を出すことは出来ないが、晴子と交替で病院に行くように決めていた。
その頃麻奈美は、悠樹と二人の空間に耐え切れないでいた。未だどこかで現実を受け止められないでいる自分に、嫌気が差していたのだった。
 外を眺めていた悠樹は、麻奈美と結婚した事も、出会った事も忘れてしまっている・・・何とか思い出そうと考えては話して、考えては話してと、元気の無い麻奈美に一生懸命話しかけるのだが、逆に空回りして益々気まずくなるばかりだった。

晴子と交代の日、あまりうまくいってない麻奈美の姿を見た晴子は、少しの間、休ませてあげようと家へ帰らせるのであった。
 自分でもわかっていたのか、麻奈美は後片付けをすると静かに病院を出ていった。帰りのエレベータ・・・一階に着きドアが開いたが、麻奈美は呆然としてしまっていて、すぐに出ることが出来ないでいた。
すると乗り口から一人の女性が入ってきた。その女性の香水の匂いに気づいた麻奈美は慌ててエレベータを降りた。香水の匂いに惹かれるように振り返ると、ドアが閉まりかけた隙間から彼女の顔が見えた。『私と同じくらいの歳かな・・・』
上へと昇っていくエレベータを少し見送ると、麻奈美は家路に着いた。

【空白の時間、支えた真代の存在】
 悠樹の病室へ一人の女性が入ったきた。先ほど麻奈美とエレベータですれ違った女性だ。
 彼女は、週に二回ほどだったが、お見舞いの花を届けに来てくれていたのだ。
 そもそも事の発端は、彼女が車道に飛び出した事から始まるのだが、責任を感じてか、仕事の合間や帰りの途中で立ち寄ってくれていた。
 この日も仕事の帰りであったが、顔を見せてくれた。
 来たからといって特別何かをするわけでもなく、ただ最近の話題で盛り上がったりと、話し相手になるだけであった。
 晴子も一人で相手をするのは大変だったので、彼女が話し相手になって少しでも悠樹の気持ちが和らげばという配慮で、時々来てもらっていたのだ。
 今では、その彼女も悠樹にとってはかけがえの無い存在になっていた。
 
【ストラップ・・・】
 麻奈美が病院に行かなくなってから三週間が過ぎた頃、仕事にも少し心のゆとりが出来、来週あたりからまた、病院へ行こうと考えれるようにもなってきた。

 翌日、麻奈美は仕事を午前中で切り上げて、病院へ向かうことにした。途中、悠樹の大好きだった林檎を沢山買うと、逸る気持ちが抑えきれず、足早に病院へと向かうのであった。
 久しぶりの病院を目の前にして、麻奈美は少し緊張してきた。
 病室の入り口・・・足を止めた麻奈美は、深呼吸をしてドアを叩いた。
 『は~い・・・』晴子の声をドア越しから聞いた麻奈美は、中へ入っていった。
 カーテンの向こうから悠樹と晴子の笑い声が聞こえた。麻奈美はカーテンの陰から覗くように『悠樹・・・?』と、少し小さい声で呼びかけた。
 「こんにちは。麻奈美さん・・・」
 悠樹の記憶は戻っていないようだ。
 「悠・・・林檎買ってきたよ・・・お母さん、お花の水取り換えてきますね・・・」晴子に林檎を渡すと麻奈美は気持ちを落ち着かせようと、給湯室へ向かった。

 「麻奈美ちゃん、ちょっとイイ?」悠樹の担当の看護士さんが給湯室で麻奈美に気づいて声をかけてくれた。
 「こんにちは。」
 「こんにちは。麻奈美ちゃん、久しぶりね。」
 あまり進展のない悠樹のことを心配してくれていたみたいで、麻奈美もたまにナースステーションで相談に来ていたのを覚えていてくれていた。
 「悠樹くん。この病院に運ばれてきたとき、ずぅっと離さなかったモノがあってね。」
 「えっ?」
 「毎日引き出しの中に大事そうにしまってあるんだけど・・・」
 看護士の一言で麻奈美は、急いで悠樹の病室へ戻った。

 勢いよく入ってきた麻奈美に驚いた悠樹は、申し訳無さそうに麻奈美に気遣おうと声をかけようとしたが、麻奈美は見向きもせず、悠樹の脇の引き出しを開けようとした。

 「何してるの・・・?」
 何かを探している様子を悠樹は不思議そうに眺めていると、麻奈美は何かに気づき、その手にはストラップが握られていた。
 それを見た悠樹は、「何するんだよ!」と、麻奈美からストラップを取り上げようとするが、麻奈美はぎゅっと握りしめ、そのストラップを手放さなかった。

 その瞬間、ムキになる悠樹の顔を麻奈美は、なぜか許せなかった。

 「きっと・・・意味もわからないで、ムキになっているんだ・・・」と、麻奈美は、悠樹にムキになる理由を尋ねた。

 麻奈美の予想は当たっていた。
 返ってきた悠樹の答えは「理由・・・? わからない・・・」
 あまり答えとして聞きたくなかった一言であったが、麻奈美は、怒る気は起きなかった。

 すると悠樹は、
「でも・・・とっても大切なモノ・・・昔からずっと大切な・・・」
 思いがけない一言を聞いた麻奈美は、記憶が全く消えていないんだと・・・私との思い出は、まだ悠樹の記憶の中にあるんだと、麻奈美は笑顔で悠樹を見つめたのだが、その目からは涙がこぼれていた。
 
「だ、大丈夫・・・?」その涙に戸惑いを見せた悠樹であったが、
「うん・・・」と返し麻奈美は、くるりと悠樹に背を向け、『はぁ・・・』と深呼吸をした。
 外を見て少し気持ちを落ち着かせた麻奈美は、身の回りを片付け始め、帰る準備をした。
「もう・・・帰っちゃうの・・・?」
 さりげない悠樹の一言は、今の麻奈美の心には、重くのしかかり、また泣いてしまいそうだったが、気持ちを何とか抑え、「うん・・・またね・・・」と言って病室をあとにした。
 病院を出たところで、振り返り、悠樹の病室を探していると、窓を開けて手を振る悠樹の姿が見えた。麻奈美は、笑顔で振り返した。
 今度は、みんなで遊びに行こうと思い、家に帰るとすぐに、みんなと連絡を取り合った。