無邪気という名の残虐さがあるなら、無知という罪もあるのだろうか? | 酒嚢飯袋~水商売経営者の徒然日記

無邪気という名の残虐さがあるなら、無知という罪もあるのだろうか?

小さな子供というのは実に無邪気で可愛いものだ。

大人のようなかけ引きも無いし、反応もとてもピュアな事が多い

(3歳に成ると、最近の子供はかなり生意気になってくるが・・・・・)

そんな無邪気さゆえに、逆を言えば邪気自体を本人が自覚していないので、知らず知らずにとても残酷な事をしてしまっている事も多いのではないだろうか?


もし大人が外に飛んでいるトンボを捕まえて、その羽を両手で引っ張ってむしろうとしていたら、何て酷い人だ!

と、誰もが思うはずである。

しかし、まだ無邪気さの残る子供にはそういった残虐さや生き物を殺生するという事への認識がまだ成長し切ってはいないため、意外と平気でやってしまっている事が多い。

特に感性の成長が遅い男の子はそうではないだろうか?

わたしなんて小さい頃はカナブンやカブトムシに爆竹を紐で結び付けて火を付けて、友達と遊んだ事だってある

(今考えると恐ろしい!!!)


しかし、歳と共に生活範囲や環境の拡大に応じて、相応の成長をしてくると、不思議な事にそういった事はしないし、様々な感性が成長してくるように思う。

(もっとも最近のニュースではいい歳の青年が、何故かそういった事をする事をよく目にするのはなんとも嘆かわしい。

どこかが欠落しているとしか言い様がない)


何がいいたいかというと、要は初めから持っていない事でも、成長すれば次第に身に付くのが自然の摂理ではないだろうか?

しかしながら、社会に出て仕事に付くぐらいになると、今度はそれが当てはまらないタイプの人間も多いように思う。

無論、当の本人にその気が無いだけなのかもしれないが・・・・・


大人になって社会に出て仕事をするようになっても、初めから出来る訳はないし、何も知らなくても仕方が無いとは思う。

いやむしろ挨拶すらまともに出来ない・知らないというのが事実である。

知らなければ教えられた事を憶えてやればいいし、自分から聞いて覚えるという事だって出来る。

しかし、興味が無いのか?トボけているのか、いっこうに出来ない連中も多い。


彼らにとっては興味が無いせいか、一度教わった事でも時間が経ってしまえば、まるで知らなかった事のような反応をする。

つまり、全く憶えていないのだ。

怒られれば、すみません・忘れていました・・・・

などと言うが、本音はどうだか・・・・


いずれにせよ、無知という罪もあるのではないだろうか?

どんな仕事にせよ、ある程度の勤続日数を過ぎれば、自分のたづさわる仕事に関して知らない事なんてある事がおかしい。


知らない・教えてもらっていないではなく、自分から聞かない・興味が無い、という罪を自覚してもらいたいものだ・・・・