仏教語
こんにちは、歯科衛生士の中山です( ´艸`)![]()
私は、お盆休みに四国88カ所巡りをしてきました
あるお寺で「人におしえてあげたい仏教語」という本を買ってみました

この本は、若いお坊さんが仏教語を簡単に訳していて、たくさんの方々に知ってもらいたい!
興味を持ってもらいたい
と思い書かれた本でした(‐^▽^‐)
読んでみると「へぇー!!そうなんやぁ(^∇^)こんな違った意味があったんや!」
などと気づかされることが多かったです
そこで一つ、皆さんに紹介したい言葉がありました
「諦める」
諦めるという言葉は一般的には「しかたがないこと、断念すること」といったマイナスの
意味で使うことが多い言葉ですが、一方では「明らかに見極める」「つまびらかにする」
といったプラスの意味もあるのです(^-^)/
同じ漢字の同じ言葉なのに、正反対の意味があるなんて、奥深いですね
仏教語では、「諦」という字を「真理・さとり」の意味で使われています
たとえ思い通りにいかない時でも、一度諦めてみて「見極める」気持ちを持ち「真理」
をみつけるのも良い考えだなぁ(^O^)/とこの本を読んで感じました
なにごとにも前向きな気持ちって大切ですね(≡^∇^≡)
大自然
こんにちは![]()
歯科衛生士の山口です![]()
お盆休みを5日間頂いたので5日とも実家の京丹後の久美浜に帰省しました
いつも実家に帰るたびに実家で作っている野菜やお米を使った料理が出てくるんですが、今回はいつも以上に美味しく有り難く感じる事が出来ました
それはなぜかと言うと自分で畑に行き草取りや水やり、出来た野菜を収穫したからです
幼い頃はよくおじいちゃんや親について行ってお手伝いをしていたんですが、大人になってからは出来た野菜を収穫したり、その野菜を使って料理をする事はあっても畑に行って炎天下の中草取りや水やりをする事がなかったので、食べ物を作る大変さを改めて感じる事が出来ました。
外に出て作業せず、少し立ってるだけでもしんどくて汗だくになりました![]()
草取りや、水やりだけでもしんどいのに、1つの野菜を種から出来るまでの時間と労力を考えると、改めて食べ物の有り難さを感じました
普段は当たり前のようにスーパーで買って食べているんですが、この食べ物が出来るまでにどれだけの時間と労力がかかっているんだろうと、感謝しながら食べようと思いました
ありがとう
臨床研修医の川村です
みなさん、お盆はどの様に過ごされましたか?
私は祖母と二人で実家にいました。
というのも、私の父と母、そして兄が3人で旅行に行って、代わりに私が一人では生活できない祖母と一緒にいる必要があったためです。
祖母は今年94歳になり、物忘れがひどくなってきており、料理を始めてどこかに行き丸焦げに。
水拭きを始めれば水を溜めたままどこかへ行き家中が水浸しになってしまったこともあります。
そんな祖母を一人にするわけにはいかないのでお盆中2人で過ごしていたわけですが、二人だけで生活をして気付いた事があります。
それはおばあちゃんは「ありがとう」という言葉が多いということです。
「おばあちゃん、家族やねんからそんなにありがとうばっか言わんでもいいよ」と私が言うと「普段の生活がありがたいことやからね。昔は戦争でなんもなかったから」と祖母が答えました。
戦争で当たり前の物が何も無く、何かあれば泣いて喜んでいた時代。そんな時代を生き抜いてきた祖母は現在の生活のすべてに感謝し、平和になった今でもその気持ちが少しも薄れていませんでした。
私は病気になったり、天災が起こったり。失って初めて普段の生活がありがたいものなんやって思う事はありました。
しかし時間が経てばそんなことも忘れてまた、当たり前と思う生活に戻ってしまいます。
毎日の当たり前にありがとう。そのことを今だけではなく、これからもずっと思い続けていく事が重要なことなんだと感じました。