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ふみか 何とかなるさ~!

遠位橈尺関節不安定症で両手首に機能障害があります。
(ケガのことはアメンバー限定記事です。)


なんとかなる!人生楽しんだものが勝ち!をモットーに。

よろしくお願いします。

「頑張ってるね」と言われるたびに思うこと
 
入院中、ナースに言われた言葉がある。
 
「そんな両手でよく料理できるね。頑張ってるね。」
 
きっと悪気はないし、
励まそうとしてくれているのも分かる。
 
でも正直に言うと、
その言葉に少しイラっとしてしまった。
 
頑張っているというより、
やるしかないからやっているだけなんだよね。
 
生活は止められない。
 
料理も、洗濯も、仕事も、
「できるかどうか」ではなく、
「生きるためにやる」もの。

 

 

 
工夫してるんよ。
生きるために。
 
それは特別なことじゃなくて、
私にとっては日常。
 
だから「すごいね」と言われると、
少し距離を感じてしまう。
 
友人や知り合いに言われるのとは、
また少し違う引っかかり方をする。
 
特にそれが医療関係の人からの言葉だと、
余計にモヤっとしてしまう。
 
体の状態も、
生活の現実も、
想像しやすい立場のはずなのに、
「頑張っている人」として見られてしまうと、
分かってもらえていない気がしてしまう。
 
私が欲しいのは、
励ましの言葉じゃなくて、
 
「困ってることある?」
 
その一言だったりする。
 
特別扱いしてほしいわけじゃない。
ただ普通に生活しているだけ。
 
それでも今日も、
自分の体と折り合いをつけながら、
工夫して生活している。
 

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当たり前の日常が、こんなにも尊かった

1年前の自分のブログを、久しぶりに読み返した。

あの頃は必死だった。
先のことなんて考えられなかった。
まさか自分が、こんなふうに生活を考え直すことになるなんて、
その時は想像もしていなかった。

 

誤解のないように書いておくと、
いわゆる「障害」と呼ばれる状態そのものは、
それ以前に、ある程度受け入れていた。

 

でもこの頃は、
反対の手まで手術が決まり、
正直、どん底だった。

 

「これ以上、何を失うんだろう」


そんな気持ちで、前を見る余裕はなかった。

 

手首が使えなくなって、初めて気づいたことがある。

擦り傷ひとつでも、
人はその痛みに意識を持っていかれる。

ほんの小さな不調でも、
それが生活に食い込んだ瞬間、
無意識でできていたことが、
すべて「意識しないとできないこと」に変わる。

だから、状態の大小ではない。
どれだけ生活に影響するか。
それが、本人にとってのしんどさなんだと思う。

手首の動きが、
思っていた以上に日常のすべてに関わっていたことを、
失ってから知った。

 

 

最近、強く思う。

当たり前の日常って、奇跡なんだな、と。

特別な幸せじゃなくていい。
何も起きない一日が、
一番ありがたい。

朝起きて、
ごはんを食べて、
一日を無事に終えられること。

それだけで、十分すぎる。

今は、そう思える場所にいる。

 

そしてもうひとつ。


主治医との関係性は、本当に大切だと感じている。

私にとっていい結果でも、そうでなくても。
受け身ではなく、
一緒に前に進む治療ができていること。

それもまた、
当たり前じゃない日常のひとつなんだと思っている。
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今回、上腕骨内側上顆炎(ゴルフ肘)で手術を受けることになって、
「そもそも、なんでここまで悪くなったんだろう」と
自分なりに振り返ってみました。

 

私の場合、
手首に障害があり、
本来手首が担うはずの動きを
肩や肘で代償する生活が長く続いていました。
 

物を持つ、支える、ひねる。

無意識のうちに
肩と肘を使って動かすことが当たり前になっていて、
気づいたときには、
その負担が肘に集中していたのだと思います。

特別なスポーツをしていたわけでも、
急に無理をしたわけでもなく、

「日常の積み重ね」
 

だからこそ、
最初は「そのうち良くなるだろう」と思っていました。

でも、体は正直で、
限界を超えた部分に
ちゃんとサインを出していたんだなと、
今はそう感じています。

今回の手術は、
痛みを取るためだけでなく、
これから先の体の使い方を見直す
ひとつのきっかけになるのかもしれません。