
次男の“娘”からも手作りのプレゼント、そして隣県に出産後、里帰りしている長男の“娘”からも花束が届いた。鎌倉帰りに合わせるように花屋さんから電話が入ったのだった。そして、友人二人からも植木鉢に入ったランのような大きな花を頂いた。何て、幸せな連れ合い。リビングは花園のよう。
常々、連れ合いは子どもたちから誕生日などにプレゼントをもらうことに対し、恐縮するので、「プレゼントはいらない」と言っている。でも、連れ合いは子どもたちにいろいろ気を使い、金を使いしてやっているので、「感謝」がプレゼントとして返ってくるのだ。
今回、長男“娘”の花束は夫婦連名ではなく、単独で“娘”の名前で贈られてきた。出産に立ち会ってもらい、病院から即わが家に来て親子三人の幸せを実感できたのも少なからず連れ合いの心配りがあったればこそ。その「ありがとう」という感謝の気持ちが“娘”単独名に表れているのだ。連れ合いはまた、そこに喜びを感じ、目頭を赤くする。
人は独りでは生きていけない。他人に迷惑を掛けながらも、「感謝」の気持ちを維持しながら生かされている。この、「感謝」の気持ちを忘れたり、ないがしろにした時、友人関係も、親子関係も破綻の方向に進んでいく。元気に働け明るい家庭を守っている連れ合い、仕事で疲弊した心身を笑顔で迎えてくれる子ども、他人では言ってくれない苦言を呈してくれる両親、それぞれへの感謝。忘れているなら思い出し、それを息子たちは次の世代である子どもたちに伝えていかなければならない。