いい話-謝る勇気 | いんぴん爺の徒然語り

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「いんぴん(仙台弁でへそ曲がり)」を自認する爺ちゃんが日常の出来事を綴ります。

 食糧を買いにスーパーに行った連れ合いの話-。レジを終え、買った物をカゴからエコバッグに詰め込んでいると、ご婦人が傍らで二つのカゴを置き、品物をゆっくりとバッグに入れていた。あまりにゆっくりなんので、注意深く見ていると、どうも手が不自由のようだ。代わって詰めて差し上げようとも考えた連れ合いだったが、「もしかして、リハビリか何かの理由で他の人の力を借りずにやっているのかも…」と声を掛けずにいたという。

 店は混み、買い物をした品を詰めるスペースがなくなっていたらしく、30代後半ぐらいの女性がゆっくり品物を入れている方に「こんなに混んでいるのに、何しているの」と二つのカゴを強引に退かした。その拍子でご婦人はよろめき、買い物カゴの商品も床に数個落ちた。

 連れ合いは、ご婦人の身体を支えた後、落ちた商品をカゴに戻した。ご婦人は大丈夫ですか、との連れ合いの声掛けに「ありがとう大丈夫です」と答えた。連れ合いは、ご婦人に聞いてから品物をバッグに詰めて差し上げた。「すいません。手が不自由なものですから」とご婦人。入り口まで荷物を持って行って差し上げようと連れ合いが言うと、「車で夫が待っているから大丈夫です」と言う。そのまま見送る連れ合い。強引だった女性はあっけに取られたようになっていたという。

 連れ合いはご婦人が去ってから、女性に「あの方は手が不自由のようで、ゆっくり入れていたようですよ。もっと状況をみてからにしたら」と軽くいさめた。その後、連れ合いが見ていると、女性はご婦人を追いかけて何か話していた。

 女性が連れ合いにの元にやってきた。何か文句でも言われるのかと、身構える連れ合いだったが…。目にいっぱい涙をため、「身体が不自由だと知らなくて、すいませんでした。謝ってきました」と連れ合いに話しだした。ご婦人は不自由な身体を告げながらも「気にしないでくれ」と女性に優しい言葉を掛けたという。「知らなかったんだから仕方ないですよ」(連れ合い)。「でも、恥ずかしいです」(女性)。「謝ったのなら、もういいじゃないですか」(連れ合い)。

 この女性、普段なら優しい方なのだろう。過ちはまずは、反省し謝罪が基本の生き方だが、凡人はこの過ちを自分なりの言い分で消化し、なかなか「謝罪」までいかない。女性の涙、「謝罪」する勇気にさわやかな気持ちになった。