フメリニツキーの乱 古代神と見るウクライナ史6 | 宇宙の叡智を降ろすブログ

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戦いの地、中世の東欧

16世紀から20世紀の東欧の歴史を簡単に振り返ります。

 

 

 

 

東欧の二つの国

リトアニア大公国は力を付けたもののやがてポーランドと合同します。これは事実上の併合なので、以後ポーランド王国とします。
モスクワ大公国もタタールのくびきから解放され、ロシア・ツァーリ国に改名します。


東欧の二つの国家は、さらに領土を拡大しようぶつかり合いました。
 


ポーランド王国はローマ・カトリック教会で、ロシアはギリシア正教会で、両国は宗教的にも対立していました。

 

 

1569年の東欧。
当時のポーランド・リトアニア共和国は、ヨーロッパで、最も大きい領土と人口を誇った。

 

 

 

 

当時のウクライナ

現ウクライナの大部分はリトアニアが支配していました。ですが実質的にポーランド王国になったことにより、ウクライナはポーランド貴族の支配に変更されます。
当初のウクライナ支配は比較的自由で、ロシアから農民が逃げてくることがありました。ルブリン合同 - Wikipedia

 

 

やがて、スラブの農民は正教だったため、カトリックへの改宗を迫られたり農奴化されて酷使されるなど、厳しい支配へと変わります。その結果反乱が度々発生します。

 

 

ウクライナそのものは豊かな土地で、作物がよく取れたものの、治安は酷いものでした。
ウクライナ南部とクリミアは、クリミア・ハン国でした。ここにはイスラム教に改宗したチュルク系の遊牧民族が住んでいました。

 

 

彼らはオスマン・トルコと貿易して生計を維持していましたが、その主な貿易商品は奴隷でした。彼らはウクライナへ度々攻め入り、人々をとらえて奴隷として売りさばいていたのです。毎年2万人ほどが奴隷として捕まえられていた。Crimean Tatars - Wikipedia

 

 

そのような土地を防衛するためにできたのがコサックである。コサックは武装集団で、ルーシの元士族・豪族や盗賊で構成されていた。コサックはしばしばクリミア・ハンへ攻め込んで奴隷となった人々を救出した。コサックの軍事力は優れていたので、傭兵として各地の戦争で雇われたりしていた。

 

 

コサック。

 

 

 

 

フメリニツキーの乱(AD1648-AD1657)

ボフダン・フメリニツキー。

出典:ボフダン・フメリニツキー - Wikipedia

 


ボフダン・フメリニツキーも歴戦のコサックの一人であり、有能さと人当たりの良さからコサックの中でも一目置かれる存在だった。
彼が50歳の時、フメリニツキーの財産に目を付けたポーランド貴族に襲撃された。その結果、フメリニツキーは財産と恋人を奪い取られる。

 


フメリニツキーは、裁判所に提訴するものの、裁判所はポーランド貴族を味方をして、逆にフメリニツキーは投獄されたしまった。

フメリニツキーは、牢屋から抜け出し、ポーランドへの反乱を決意します。

 

 

彼はポーランド支配へ不満を募らせるコサックや農民を集め軍隊を結成。さらに宿敵だったクリミア・ハン国と同盟を結び反乱軍を結成します。

 


ポーランドは反乱軍を甘く見ていたためフメリニツキーの軍に完敗。フメリニツキーの軍は勢いに乗って進軍を続けポーランドまで攻め込みます。
結局、ポーランドはフメリニツキーと講和し、コサックの独立と、領土からのカトリックとポーランド貴族の追放を認めざる得ませんでした。

 


しかし、ポーランドはすぐに講和を破棄。大規模な軍を率いて戦います。
両軍合わせて25万人のベレステーチコの戦いで、クリミア・ハン国がポーランド側に寝返ったことで、今度はフメリニツキーが敗北します。

 

ベレステーチコの戦い。出典:Battle of Berestechko - Wikipedia

 

 


講和の条件は削減され、コサックの領土は減少し、カトリックとポーランド貴族の追放は撤回されました。

争いは一向に収まらず、フメリニツキーが捕虜の大量虐殺を行い、それに激怒したポーランド側も徹底抗戦を決意します。

 

フメリニツキーはロシアと同盟を結ぶことを考え、コサック国はロシアの保護国に成りました。

フメリニツキーはこれを一時的な関係と考えていましたが、ロシアはコサック国を属国として扱います

 

 

ロシアの参戦と、ポーランドのライバルのスウェーデンまで参戦したことにより、ポーランドは敗北します。

1656年、フメリニツキーは、不穏な動きをするロシアと今度は敵対しようと動き始めますが、脳梗塞で61歳で亡くなりました。フメリニツキーの死後、リーダーを失ったコサック国は内紛状態になり、徐々にロシアに浸食されていきます【ゆっくり解説】ボフダン・フメリニツキー - YouTubeKhmelnytskyi-ウィキペディア第296回 ザポロージャのコサック軍(ヘーチマン国家)/ウクライナ人の誕生 - ロシア革命とソビエト連邦誕生に至る経緯

 

 

フメリニツキーの死。出典:Богдан Хмельницький — Вікіпедія

 

 

『火と剣をもって ファンメイドトレーラー』

『火と剣をもって(Ogniem i mieczem)』はフメリニツキーの乱を扱った有名な歴史小説(1884年)。
動画は小説を題材にした映画で、1999年公開。ポーランドで大ヒットした。

 

 

 

 

 

乱の被害

フメリニツキーは、彼を支援するすべてのウクライナ人にコサックの地位を与えると約束した。怒れる農民達はポーランド人を虐殺した。9年間の乱で最大30万人のウクライナ人と、数十万人のポーランド人が殺されたとされる。


また当時、ポーランドは積極的にユダヤ人を登用しており、ユダヤ人がクリミア・ハン国の奴隷売買に関わっていたのもあり、ユダヤ人が10万人以上、残酷に殺されたとされていた。ただし、この数は近年ユダヤ人達によって大げさに報告された可能性が高く、現在は数万人程度だったのではと言われている。

 

 

 

ダジボーグ:国の歴史を見ていればわかるが、ポーランドとリトアニアは、戦うことで成長していった戦争国家だ。

 

 

ダジボーグ:特にポーランド人は血の気が多い。

ポーランド人はすぐ襲いかかってくるからな。彼らは血の気が多すぎて、怒りが炸裂する前に人を殺し始めるのだ。

 

フミ:血の気多すぎでしょ。。えーん

 

 

ダジボーグ:そうだ。彼らは殺した相手の血を見て、はじめて自分が怒っていることに気がつくのだ。

 

 

ポーランド人:そうか俺は怒っていたのか!

 

 

ポーランド人:もっとやらないと!!

 

 

ダジボーグ:ポーランド人はそういう人種だ。

(フミ:とんでもないこと言っているけど、言い切っていいのか?真顔

 

 

フミ:フメリニツキーの乱は1~2行で終わらせようと思っていたのですが、ダジボーグに言われて長めに書きました。これは何故ですか?

 

 

ダジボーグ:今のウクライナ紛争と同じだからだ

ウクライナの民は、強力な国に挟まれてどうもおっとりしていて国家意識に欠ける。

フメリニツキーという男は極めて優秀な男だった。だが、それだけだった

ウクライナ国家としての自立するには意識も官僚もまとまりも足りていない。

これは当時も今もまったく同じだ。

 

 

戦争では強いが外交は場当たり的で、強い奴を味方に付ければ良いと目先のことだけで、先の事を考えない。

上手くいかなくなると虐殺してキレる。

 

 

ダジボーグ:ウクライナには国家意識がないのだ。

それは今でも続いている。

現代のウクライナ人は、国を守るために戦っていると言う。

しかし、彼らが言うその国についてよくわかっていないのだ。

だからただひたすら戦う。ただ、何のために戦っているのかよくわかっていないのだ。

 

 

現代のウクライナが勝つことはない。いずれすぐにロシアの影響下に置かれることだろう。

名目上は独立国として存続するだろうから、ロシアの影響下で後100年ぐらい学べば国家意識を習得することも可能だろう。

それまでは国としてはダメだろう。

 

 

 

 

ロシア帝国

1795年。広大なロシア領土。

 

 

ポーランドはフメリニツキーの乱以後も弱体化し続け、1795年、ロシア・プロセイン・オーストリアの三国で分割され消滅しました。

ロシアは、リトアニアとポーランドの一部(残りはプロイセン・オーストリアが占領)、さらにフィンランド、ラトビア、エストニア、クリミア半島、ジョージアを支配していました。

 

 

ダジボーグ:ロシアは、自分達を中心に世界が回っていると信じている

ロシアの配下になることが諸国民の幸せだと無意識に確信している。それは長らく人口がまばらな土地を征服していった時間が、ロシア人にそう思わせるのだ。

 

 

また240年タタールに支配されていたが、最終的には独立を勝ち取った歴史から来る体験だ。

最終的に勝てば良い、なんとかなるさと杜撰なのだが、気が長く、絶対に諦めるということがない

 

 

フミ:この戦いもそうですが、現在のウクライナ紛争といい、どうして戦いが続くのでしょうか?

 

 

ダジボーグ:お前は、『世界の政治家達が無策だから、ウクライナ紛争を止められずにウクライナ人が死んでいる』と盛っているようだが、それはまったく違うのだ。

 

 

死は、幸せな土地ウクライナに住む代償なのだ。

 

 

幸せな土地は、その恵みを維持するため、時に血を求める。

 

 

十分な血が流され、大地が満たされるまで戦争は終わらないだろう。

 

 

逆に大地が満足すれば、急に誰もが戦う気がなくなってくる。

兵士は家に勝手に帰りはじめ、政治家は何が何でも、自分が損しても、なんでも、戦争を終わらせたくてしょうがなくなってくる。

 

だから気にすることはない。これはこの地での健全なサイクルの一環なのだ。

人間達は、偉くなったと思っているが、まだまだ神の決めたサイクルから抜け出せるほど、偉くも進んでもいないということだよ。

ハッハッハッハッニヤニヤ

 

 

フミ:えらい話しを聞いてしまった。

私はウクライナ紛争に心痛めていたけど、健全なサイクルとか言われてしまうとねびっくり

 

 

初富:だから恵みの太陽神様でも十分過激なのですよショボーン

スラブ神話の戦の神と話すのは、辞めておきましょうチュー

 

今回のチャネリング相手:太陽神ダジボーグ
スラブ神話の神慈悲深い太陽神。万物の創造主スヴァローグの子。

その名は文字通り『与える神』(Dazh[命令型]+bog[幸福、反映])を意味している。黄金の翼をもつ4頭の白馬が引く戦車で空を横切り、『火の盾』で陽光を創り出した。彼はまた豊穣神でもあったから、人々は自らを誇り高く「ダジボーグの孫」と呼んだ。

 
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