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Be Fully Human

「日本とフィリピン社会により広く大きな貢献をする」ことをミッションにした青年による、その実現までの道のりを綴ったブログです。このブログを通して、ひとりでも多くの方が「ごきげん」に人生を送っていただければ・・・、そんな願いを込めてお送りします~。

早朝、僧侶の托鉢をはじめて見ました。


小さい子どもからお年寄りまで、僧侶が列をなして毅然と歩いていきました。


(うわーかっけー・・・)


ホントに「毅然」という言葉ってこういう姿のことなのかって感じでした。


10歳くらいの子もオレンジの袈裟を着て、毅然と歩いていきました。


(あーこの子は世の「レジャー」を知らずに生きていくということを選択したんだなあ・・・)


でも、そんなことどうでもいいように毅然とした姿で歩き去っていきました。


Life is a matter of choice.
(人生とは選択の問題である。)


迷いなく歩く僧侶たちが強烈にこの言葉を押し付けてきました。

チェンライで色々話した後、バスとトゥクトゥク、数百円でタイとラオスの国境へ。




バスからの景色。あーのどか。


トゥクトゥク内。イングランドの旅人と。


国境へ。


このボートで。



こっち側タイ、向こう側ラオス。


ボートに乗り、約5分後、ラオス到着。




チェンライから約2時間。数百円でラオス・・・。


(むむ、国境を越えるっておもろいぞこりゃ。)


ちょっとプラプラしちゃいました。

2013年11月11日。


タイ北部のチェンライという町にいます。


ちなみに13年前の2000年11月11日、中3だった僕は、プロレス大会を企画し、ダンボールで作ったチャンピオンベルトを獲得するためのトーナメントに臨みましたが、惜しくも準決勝でギブアップしてしまいました。


そんなジンクスのある11月11日。


再び大学院の同級生のブランドンに会い、現地バスでちょいと北へ向かいました。


話は変わりますが、このチェンライという町、ホントいい感じなんです。


人がものすごく優しく、ゆっくりとした時間が流れ、でも田舎すぎないという、


(ああーここで暮らしたら活き活きする人いっぱいおるやろうな・・・)って感じの空気がある町なんです。


・・・


それはともかく、ブランドンと共に北へ約40分、チェンライのとある大学に到着しました。




めちゃくちゃのどかな町にどでーんと広がる緑豊かなキャンパス。


まだできて15年。


自然が豊かで、日本では見たことがないキャンパス。


ゆったりとした空気・・・。


全寮制でアパートがキャンパス内にあちらこちら・・・。


(もしこの大学のキャンパス内に通信制の高校をつくったら・・・)
大学院時代の同級生ブランドンと、タイ北部チェンライで再会しました!


彼は今、ここチェンライの少数民族のためのNGOのディレクター、現地の大学の英語プログラムのコーディネーター、アメリカにある4つの大学の窓口として働いていました。


彼と数時間、結構真剣に話し合いました。


「途上国で不登校生の通信制学校を!」というものをどう具現化していくかとなったときの新しいアイデアが浮かんできました。


「現場に行って、直接聴く、話す」ってやっぱり大事なんだなあと改めて思いました。


来週、もしかしたら願ってもないチャンスが舞い降りてくるかも・・・。


神様!(><)
ふとオモロイ考えがよぎったので、書きとめてみます。


ちょっとすっとんきょうなことかもしれませんので、あまり気にとめないでください。笑


「どんどん色んな言語や文化に触れ、自分の世界観を変容させていくこと」、そして「途上国の子ども達とつながることでお互いがエンパワーされていくこと」という2つの主題からぶれずに、もっとフレクシブルに考えてみちゃうと、1年ごとに国が変わってもいいのでは?笑


たとえば、


1年目、フィリピン校。
2年目、タイ校。
3年目、ミャンマー校。


でも日本の通信制の高校なので、卒業は日本の高校卒業。笑


通信制であるため、基本的授業は一貫してますみたいな。


卒業時、英語とあと3ヶ国語喋れますみたいな。笑


卒業時、各国の具体的な子どもとつながっていますみたいな。笑


生徒はその国に2、3年続けて滞在してもよく、それは生徒自身で決めれると。そして2年目に入った生徒がもしいれば、1年生のメンターになっていくと・・・。


・・・

「常識」を壊す高校。


結構、自分の中ではしっくりきますが・・・。笑
途上国に来ると毎度目にする物売りの少年少女。


夜中の1時、人通りの多い道沿いで、大きなヘビを首に巻きお金をもらおうとする少年がいました。


12歳くらいの男の子。


警察に見つかり、事情聴取みたいなことをパトカーの荷台で。


その少年、必死に何かを話しています。


その横をビール片手に肩を組み通る旅行客。


遠くからその少年を写真で撮ろうとしている人。


・・・


数分後、両手を合わせてその警官から逃れることができた少年。


ヘビと一緒にパトカーがその場を離れるのを待ち、確認して、また旅行客の間へと入っていきました・・・。


・・・


毎回、このような少年を目にすると思うんです。


自分に同じことが出来るかって・・・。


「貧しくて可哀相だなあ、助けてあげたいなあ」という気持ちなんて、表面のメッキのようなもので、いとも簡単に剥がれ去り、この少年の「生命力」に、ただただ驚いてしまい、ある種の畏敬の念を覚えます。


この「生命力」が膨らんでるんです、あちらこちらで。


この「生命力」を目の前にすると、いつも同じ言葉が聞こえてくるんです・・・。





「お前は生きてるのか?」って・・・。
人それぞれ「学びのスタイル」をもっているということを大学院で学びました。


分析することに長けている人、視覚からの学びに長けている人、聴覚からの学びに・・・などなど。


複雑な人間を簡単にざっくりとしたタイプに分けれないとは思いますが、僕はどうやら動きながら考えないと、頭のできがよろしくないのか、いつもグルグル負のスパイラルに入ってしまうということを今まで嫌というほど経験してきました。


なので、もう思いたったらすぐ行動!!


ということで、バンコクに降り立って北へバスで12時間。





今、タイ北部のチェンライという町に来ました。




のどかな町でいい感じの商店が立ち並んでいます。



街中でよく見かける大衆食堂がほんといい感じです。



家族で営んでいて、父ちゃんがラーメンを湯がけば、母ちゃんがお金を受け取り、ばあちゃんが最後に後片付け。


(このばあちゃんとっくに定年過ぎてるよなー日本じゃ・・・日本でこんな感じでばあちゃんが働けるとこってあるとかいなー・・・福岡にあったかいな?あっ確か小学生の頃、「ふじや」っていう駄菓子屋、ばあちゃんがやりよったなあ・・・)


それはともかく、これから東南アジアを少しばっかし巡っていきたいと思います。

Building Bridges,Transforming Lives.


(橋を架け、人生を変えよう。)


これが僕の行った大学院のモットーでした。


どういうことでしょうか?


・・・


簡単に言うと、他の国の文化や価値観を知り、今まで1つしかなかった自分のナショナル文化と価値観を変えて(または豊かにして)自分の人生を変えていこうといった感じです。


人は皆、知らないうちに生活していく上で、自分の住んでいる国の文化や価値観を身につけています。


文化については色んな要素がありますが、主に3つの要素をここで紹介します。
(アルビーノという教授の話をもとに。)


1.Artifact(人がつくったモノ) 例えば「サンドウィッチ」。

2.Sociofacts(どのように、何の目的のために人が集まるのか) 例えば「ランチ」。

3.Mentifacts(何を考え、信じているのか) 例えば「持ち運びできる」「お手頃」。


この3つはどれもお互い繋がりあっていますよね。


図で描くとこんな感じ。

この三角形、他の文化ももっていますよね?


なので色々な文化と価値観を知るっていうことはこの三角形が自分の中でどんどん重なり、増えてくるってことなんです。


2つの文化を知ると、図はこんな感じ。



さらに3つ目、こんな感じ。


なんだか自分の価値観や世界観が広がって豊かになっていく感じがつかめていただけますか?


「日本」っていう文化の△ではキャッチできないものも、他の国の文化の△ではキャッチできるところもあります。


例えば「本音で率直にものを語る」という文化は日本の△ではキャッチできませんが、アメリカの△ではキャッチできます。


つまり「日本」という△しか知らないがために、息苦しく感じることがあっても、他の国の△を知りさえすれば、楽になるってこともあるんです。


だから、色んな国の文化や価値観を自分の中に住まわせていくってことは、自分の価値観、世界観、ひいては自分の人生をも変えていくことになるんですね。


Building Bridges,Transforming Lives.


橋を架け、人生を変えよう・・・。


・・・


本当の自分って一体どんな形の△なんでしょう・・・。

さて、途上国に不登校生のための通信制高校を創ろうといっても、まずそもそも不登校の子達が実際にそういうところに行きたいのか、保護者もそれを望んでいるのか、聞いてみないことにはわかりません。


まだ僕の頭の中で描いている空論にすぎず、本当に生徒が、保護者が「どう思うのか」が全てだと思います。


もし的外れなことだったら、もともこもありません。


なので直接いろんな生徒や保護者にあって、意見を伺いたいところ・・・。


でも、もっと具体的に描けていないと抽象的な話で終わりかねません。


というかまず・・・


「そもそも途上国とか言いよるばってん、具体的にどこの国のことば言いよっとですか?」(仮想の保護者A)


(う~ん・・・個人的にはバヌアツ人のあの南の島の何ともいえん陽気さはものスゴ好きやし、政府の人も知っとるけんよかっちゃけど、実際問題、高校卒業した生徒がバヌアツで3年間過ごした後、選択肢ってどげんなるとかいな・・・?!)※南の島で過ごした後でもこんな道もあるよっていうアイデアがあれば是非教えてください!


(う~ん、距離的にも近い東南アジアがベターかね~やっぱり・・・。将来的にもアジアとの結びつきは強くなるやろうしなぁ~・・・あれっ?ちょっ待って!東南アジアの国あんま知らんばい!)


・・・


「途上国の暮らしとかなんかTVで見たことあるけどくさ、あげな危なかトコにうちの子連れて行くってアンタ正気で言いよるとね!?馬鹿ちんやないとか!」(仮想の保護者B)


(う~ん、確かにのんびりして陽気な人が多くて暮らしやすいってのはあるけど、日本と比べたらなぁ~・・・てかアメリカとかフィリピンとか危険って言われる場所あるけど、そうじゃない地域ももちろんあるけんね~・・・どげんとかいなね~・・・)


う~ん・・・


・・・


・・・


頭で考えてもわからんな~・・・


ガイドブックもようわからんしな~・・・


・・・


・・・


やったら・・・


自分で見に行こっ!(^ ^)/

突然ですいませんが、

文化 と聞くとどういうことを思いつきますか??


僕は日本文化とかアメリカ文化とか、各国の文化を一番に考えちゃいます。


そして日本で育った僕は「日本文化」をもっていると思っています。


アメリカの大学院の授業で気づいたんですが、実は「文化」って国のやつだけじゃなくて、色んな文化があるんですね。


例えば、家庭の文化だったり、都会か田舎もそうですし、体育会系か文化系かもそうで、宗教もですし、サブカルチャーだって文化です。


つまり 自分の中に複数の「文化」 ってものが存在してるんですね。


色んな文化をもってるんです。


以後、「文化」を簡単に△で表します。


例えば僕の場合、


家庭は結構、個人主義を重んじている△をもっています。


でも体育会系出身で、集団主義の△も教育されもっています。


日本の「真面目に死ぬまで努力すること」という△ももっていますし、バヌアツ、コスタリカで暮らして身についてきた「まぁーオッケーオッケー!」という△ももっています。


そうやって 割り切れない色んな△ をもっています。


生活を通して自然と身についた△もあれば、生まれもった△もあるんです。

・・・

「日本」という社会にも△があります。

「日本の△」には僕の「南の島のおおらかな△」がなかなかうまく入り込みません。

なので「体育会系の△」の自分でいないといけないんです。

(これがずっとだとしんどいんっすよ・・・。)

・・・

ラテンの国、コスタリカに行って現地の人と触れ合っていて驚いたことがあります。


僕の中にある「体育会系の△」は全く顔を出さず、自分の中にあった「南の島の△」が出てきて、コスタリカの「ラテン△」と見事に当てはまったんです。笑


人間関係やその社会で暮らすことが楽で楽しくて仕方ありませんでした。


・・・


ここで何が言いたいかというと、いま日本や学校で息苦しく感じている人は、「自分が悪い」とか「人間関係がうまくできない」とかじゃなくって、ただ「日本」という△に「自分の△」がマッチしてないだけ ってこともあり得るんじゃないかってことです。


「日本」という△にどうしても自分の△がハマらない・・・。


そういう人、身近に結構いるんです。笑


もしこの世界がその「日本」という△だけなら、ちょっとしんどいと思います。
(もちろん日本の△で好きな部分、いっぱいあります。)


70億人いるこの世界には数えきれない△で溢れています。


・・・


「もう合わん△にず~っと押し込んでしんどかったらくさ、他の△ば一緒に探しに行かんね?!」


とついつい博多弁がでちゃいました。