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Be Fully Human

「日本とフィリピン社会により広く大きな貢献をする」ことをミッションにした青年による、その実現までの道のりを綴ったブログです。このブログを通して、ひとりでも多くの方が「ごきげん」に人生を送っていただければ・・・、そんな願いを込めてお送りします~。

橋を渡る僧侶の後姿。



なんか絵になります。


下を向き、黙々と歩く・・・。


追い越して振り返ると、3人ともスマホいじってました。笑
ミャンマー、マンダレーで見た夕日。




自然の癒しは、国境を越えて普遍的なものみたいです。

マンダレーという町は思っていた以上に大都市で大通り沿いにはモールだのなんだのありました。


バイクの兄ちゃんを捕まえ、川沿いまで連れて行ってもらいました。


そこの川沿い、ミャンマーの貧困地域なんです。


見ると川沿いに無数の竹でつくった家々が広がっていました。


(あっ・・・フィリピンで見た光景と一緒やん・・・。)


あまり家の様子とか写真とか撮りたくなかったのですが、このブログで紹介するために遠くから撮りました。


家の近くまで歩いて行きました。


ガソリンタンクを運んでいる人、土砂をトラックの荷台に積み運んでいる人、肉体労働をしている人・・・。


女性は川でずっと洗濯をしています。


子ども達は凧上げをして遊び、しばらく一緒に交じって遊びました。










凧上げで本当に楽しそうに遊ぶこの子ども達の姿を見ていると、将来がどうのとかいうよりも、「今を生きている」んだなって、そう思ってしまいます。


それはここが貧困地域だからとか関係なく、子どもは今を純粋に生きているなって、なんだか無言で教えられているみたいです。


でもこの子たちの将来を描いてみても、正直よくわかりません。


「日本の生徒が来て週末ボランティア活動します。」とか、そんなことじゃないなって正直思いました。


よく「貧困地域視察」とか「スタディツアー」とか行われますが、もっと対等な立場で、何か出来ないのかなって、実際にここを歩き、改めて考えさせられました・・・。


そして、今まで電気も水もないバヌアツの離島、フィリピンのゴミ山、インドの貧困地域の路地裏、震災直後の石巻と見てきてしまった分、ちょっとやそっとの途上国の光景に何も驚かなくなっていた自分に気がつきました。


「感じること」「感じないこと」


・・・


大人になっていく自分が、ちょっと嫌になりました。

タイ北部から国境を越え、ミャンマーに入り、ミャンマー第2の都市マンダレーという町に来ました。

ミャンマー。


タイ、ラオスを周っていたので、正直どうせ似たようなもんだろうと思っていました。


が、しかし、ミャンマー、面白いことに全然違うんです。


どちらかというと東南アジアというよりも、インドよりなんです。


「インドより」とはどういうことかというと、まず顔がインド人系。



「チャイ」というミルクティーが生活に根ざしているところなんかもインドに近く、男性陣が腰にスカートのように布を巻いているところなんかもインドっぽいなあと思ってしまいます。


町中ホコリがすごく、あのインド特有の臭い。


よくインドで目にしましたが、町行く人、クチャクチャクチャクチャなんか噛んでるんです。


そしてよく道端でピュッて真っ赤な唾を吐いていました。


なんか葉っぱに真っ赤な何かを入れて、それをクチャクチャいわせているんですけど、その臭いが「インド特有」なんです。


そしてここミャンマーでもその臭いが漂っていました。


東南アジアでは「トゥクトゥク」という小型タクシー(?)をミャンマーではインドと同じく「リクシャー」と呼びます。



そしてこのリクシャーのおっちゃん達の客引きの勢いがタイ、ラオスなんかに比べたら半端なく強いんです。笑


(おお、インドみたいやなこりゃ!?笑)


面白いのが、インド人系の顔になったとたん、「OK」のジェスチャーが顔を横に振る仕草に変わるんです。笑

ミャンマーで見た東南アジア系の顔の人は「OK」のサインで日本人と同じように顔を縦に振ります。でも、ここミャンマーで見受けるインド人系の顔をした人達はみんな横に振るんです。


(面白えなあー人種の違いって・・・)


町中、ブーブーブーとクラクションの音と乱雑とした感じ。



(ぬおー!!)


ただインドと決定的に違う点。


インドを旅したことがある人なら誰でも納得してもらえると思うんですが、インドの観光客を狙って近づいてくる人、十中八九、騙しにきます。笑


でもここミャンマー、本当に親切で近づいて親切にしてくれる人が多いんです。笑


(あれれ・・・??)


こんな言い方、失礼だと思いますが、ミャンマー、Kind of India, but it's not. って表現で表せるでしょうか?笑
タイ北部のチェンライからさらに北へバスで2時間。


ミャンマーとの国境に来ました。



移民局を通って、トポトポ歩いてミャンマー、タチレクへ。


ゲートをくぐるやいきなりツアーを申し出るアンちゃん、おっちゃんに囲まれました。


(ぬおーきたきた!インドみたいやなここ!!)


まるでスキャンダルでマスコミから追われているような感じになりましたが、シュパッと道をそれプラプラ。


行き交う人を見るんですが、なぜか子どもも大人も白いペイントを顔に塗ってるんです。




(なんじゃこれ?)


プロレスが好きな僕はグレートムタの真似をして顔に絵の具を塗り、一人で布団相手にプロレスごっこをしていた中学時代を思い出してしまいました。


それはさておき、民族の伝統なのか宗教なのかと思っていましたが、白いペイントを顔につけると「綺麗」と見えるらしいんです。


(へーこげなもんつけて綺麗に見えるったい。いやー世界観の違いって面白いなー。)


案の定、この白いクリームのようなペイントを売るオバちゃんと子どもに囲まれ、なすがままにつけられ、買わされました。


押されたら弱い性格が、こういう時、(あーまたか・・・)って思ってしまいます。


でも、このペイントをつけたまま町を歩くと、色んな人に声かけられ、なんか仲間意識みたいなのが芽生えました。


異文化の中に溶け込むには異文化のものを身に着けることは大事なんだなあと改めて思う一方、同じ格好をしたり、同じものをほしがるって、集団の中に属するためのひとつの手段なんだろうなあって、中高生や大学生の気持ちになんだかちょっと同情してしまいました。


それはともかく、ここミャンマーにもごちゃごちゃしたマーケットが広がっているのですが、その中にあった喫茶店に入り、午後からしばし人間観察をしていました。


白いペイントをして歩いていくイスラムの子ども。


首からスーパーのかごをぶら下げ、タバコを売るインド人顔した兄ちゃん。


携帯で話しながら足早に歩いていく僧侶。


女性よりも女性らしく歩いていくオカマ。


膝が間逆に曲がったまま、器用に歩きコップを差し出す物乞いのおじさん・・・。


・・・


自分の「常識」では捉えることができない人たちを目の当たりにするたびに、何がなんだかわからなくなってきました。


日本にいたときよく行った福岡天神のスタバから見る光景がなぜか脳裏に浮かびました。


日本の喫茶店から見かける光景とこの喫茶店から見かける光景が、相互に頭の中で入れ替わりはじめ、わけがわからなくなりました。


わけがわからず、ひとりで格闘していましたが、最後にぽつりとある質問が頭をよぎっていきました・・・。


「お前、何がしたいと?」って・・・。
ミャンマー出身の21歳のアダム。


お酒もタバコも吸わない献身なクリスチャン。


タイに出稼ぎに来て1ヶ月。


いつもベースボールキャップを被っているんですが、そのキャップに書いている文字を見て思わず「えっ!?笑」と思ってしまいました。




「この英語の意味知っとうと?」って聞いたら「I don't know」。笑


この帽子の色が好きで、なんとお母さんからのプレゼントだから大切なものなんだと。笑


「えっ?!母ちゃんから?!母ちゃん英語わかると?!」


「ノー、ノーイングリッシュ」


・・・


英語教育の必要性を痛感しました。
2日間、チェンライの山岳民族の村にお邪魔していました。


一緒に泊まり、村を案内してくれるという21歳のミャンマー人アダム。


ミャンマーでは家族で農業を営み、出稼ぎのために知り合いを通してタイに来たらしいんです。


まだ来て1ヶ月。


現在は「ツアーガイド」というポジション。


一緒に町からバンに乗り、山岳地帯の村に到着したのですが、ここで衝撃の事実発覚。


アダム、まだ来て1ヶ月、英語もタイ語もほとんどわからないと。


(まじかよ。笑)


「ツアーガイド」とは本来、現地の人と旅行客の間に入り、通訳のような役割もあるものです。


この場合、村の人とのやりとりはタイ語、僕とのやりとりは英語。


その2つの言語がほとんどわからないって・・・。


村の人が「ワーワー」アダムに話しかけます。


わかったような素振りを見せて、僕に向かって「I don't know.」笑


僕がいろいろ村のことを聞こうとすると、「I don't know.」笑

・・・

翌日、山奥にある滝を見に行こうってことになりました。


カタゴトの英語で話しながら、獣道を歩く途中、毒ヘビに遭遇しました。


(やべっ!)


でもアダム、冷静に近くにあった竹の棒を取り、ズバッと目にもとまらぬ速さで蛇を殺して助けてくれました。


帰宅して部屋ん中。


僕が英語を介して、日本語を教えて、アダムがミャンマー語を教えてくれました。


だだっ広い部屋で、ジェスチャーしながら教えあい、修学旅行みたいな楽しい夜でした。


・・・


英語もタイ語もしどろもどろのアダム、○か×かで言ったら、日本では「ツアーガイド」として×でしょう。


「お前なんか使えん。」と見下されるかもしれません。


でもここが途上国の好きなところ、受け入れる土壌があるんです。


そしてその日、僕は毒ヘビに噛まれずにすみ、ミャンマー語も習えました。


この○でもない×でもない、△のアダム。


この△から学ぶものがたくさんありました。

スピリットゲートとは関係ないんですが、わりきれないものということでふっと本屋さんを思い出したので、徒然なるままに・・・。


日本にいるとき、何かにつけて暇があるとよく本屋さんでウロチョロ徘徊するのが好きなんですが、至るところで「問題解決力」とか「実行力」とか「論理的思考力」とか「雑談力」とか「飲み会仕切り力」とかどこを見渡しても○○力、○○力・・・。


僕もたまに○○力を使いますが、一体これ、なんなんでしょうか?


「よし、今日は雑談力をつけるためにこのトレーニングをしよう!」みたいな感じなんですかね??


それとも「うむ、俺は○○力は6で、○○力は4だけど、○○力は9でアイツには負けてないぞ」みたいな感じで使うんでしょうか。笑

なんでんかんでん切り離して「○○力」にしてしまって、(ちょっとそんな人間をぶつ切りにしないでおくれよ。)と思ってしまう小生は「傷つき力」が9でしょう・・・。
ここタイ北部に住む山岳民族アカ族。


村の入り口にあるスピリットゲート。




悪い霊気が入ってこないように守る門らしいのですが、一度これに触ってしまうと立て直さないといけないらしいんです。効力を失うらしく・・・。


なんかこういうわけのわからないものと出遭うと思わずニヤッてなってしまいます。笑


こう、自分の「常識」で測れないものというか、科学では測れないものというか・・・。


現実には、こう理屈ではわからないものもあるという・・・。


鎌田先生の著『○に近い△を生きる「正論」や「正解」にだまされる』という新書にあった言葉。


“「現実」は「正解」を超えている。”


この門みると、(おーまさしく!)と改めて納得。


こういう割り切れないものって、なんだか素敵だなって思いました。

現在、タイ北部のチェンライという町で引き続き、大学院の同級生と構想を練っています。


泊まっている安宿の横にどでーんと居座る巨大ブッダ。


毎朝この仏像の前でしばらくポツンと一人でいます。


(ああ、俺は27歳になってから、朝っぱらからなんばしようとかいな・・・)


結局、(もーしゃあなかろうもん。笑)という結論に至ってしまいます・・・。


残念。笑


それはそうと、以前大阪で、仏教徒である方から言われた言葉を最近よく思い出します。


「死ぬ前に自分の人生を振り返ったとき、温かい人生やったか?という質問にどう答えられるかや。」って。


これから自分がしたいことって「温かいこと」となんすかねえ?といつもこのどでかいブッダを目の前にしながら尋ねてみます。


もちろん、何も教えてくれません。


・・・


やっぱり「温かかったな」って言ってみたいものです。