SITに一人だけ日本人の教授がいました。
Tatsushi Arai.
通称Tats(タツ)。
「紛争解決学」の教授でした。
僕は英語教育のプログラムだったので学部が違かったのですが、10月半ば、本当に英語教師になりたいのかどうなのか迷ってしまい悶々としていたので、一度相談にのってもらおうと会いに行きました。
このタツ先生、学生間で絶大なる人気。
紛争解決学専攻のアメリカ人、スーダン人、インドネシア人、インド人、みんな「タツの授業が一番面白い!」「タツがベストだ!」って言っていました。
(へ~どんな人なんだろう??)
・・・
10月吉日、タツ先生の研究室にアポをとってお邪魔しました。
壁にはデカデカと習字で
「紛争解決」
(うお~すげ~!!)
タツ先生はものすごく物腰が柔らかい方で、忙しい中、相談にのってくれました。
今おそらく40歳前半くらいの先生なんですが、その時、先生がここ行きつくまでの半生を語ってくれました。
それが本当に面白く、胸に突き刺さるものだったんです・・・。
・・・
タツ先生は関東圏のある有名大学を卒業した後、どうも皆のように「就職活動」というものが出来なかったそうなんです。
できないというのは、家庭の事情とかではなく、その~「前へ習え」ができないような・・・。笑
大学卒業して一年間、清掃員をやっていたというんです。
今の僕みたいに悶々と悩みながら・・・。
そのとき、「本当の自分のコア・バリュー(価値)は何なのか?」というのを深く突きとめようとしていたそうです。
自分にとって、もうこれがなくなったら死んでしまうというものを・・・。
ちなみにこれをタツ先生はオニオン・プリンシプルといっています。
例えば今飲んでるコーヒーがもしとられても生きていける、この前買った靴がとられても生きていける・・・そうやって、これがとられたらもう生きていけないという自分の存在意義に関わるようなものを玉ねぎの皮を剥くように探していったというのです。
そのプロセスで、最後に行きついたのが、中学生の時に広島、原爆ドームで聞いた被爆者のお年寄りの方の話だったそうです。
その時の衝撃が全てだという結論にいきついたのです。
「生涯、平和構築に生きる。」
・・・
その志を立て、アメリカの核関係で有名な大学院に進学しようと決めました。
1年目、英語が出来ずに落とされます。
2年目、また英語が出来ずに落とされます。
3年目、本当に泣きすがって受けたらしく、そしたらやっと合格しました。
それでも英語がやっぱりできなかったというんです。
・・・
そこの大学院でみっちり平和構築のファシリテーターとしての訓練を受け、アメリカでワークショップなどで経験を積んだあと、90年代後半から、アフリカ、ルワンダ大学で教鞭をふるい始めました。
あの大虐殺があったわずか数年後です。
そこで内戦の生々しい傷口を見ながら、平和構築に精を出されました。
その後、これが面白いのですが、FedXという郵送会社の社員となり2年間大阪で勤務してたというんです。笑
でも実際に何か問題が起きたらしく、法廷にも立ったそうで、「紛争解決の経験が活きた」とおっしゃっていました。笑
それから「武器をもたないと!」ということで、アメリカに再び戻り、博士号を取得。
現在は中東やパキスタン・インド間での平和構築を中心に活動され、一方、SITの大学院で教鞭を執り、ワシントンDCにある出身大学院でも授業をされているという大忙し。
最近では尖閣諸島をめぐる問題に関して、ワシントンDCで中国人の教授と日本政府にダイレクトで提言しているらしいんです。
またハーバード大にも呼ばれたり、紛争解決の著書も出版されたり、チョー広い範囲で活動されていました。
そしてプライベートは台湾人の奥さんとの間にアメリカで子どもをもうけ、子どもはアメリカ国籍。
(一体何者なんだこの人は?!)
・・・
「紛争というものをシステムとしてとらえる社会学が一番しっくりくる。」
「Vocationさえわかっていれば、目の前の職業は変わってもいい。」
「もうこの時代、日本だけに貢献したいなんて言ってる時代じゃない。」
「全人類の平和を念頭におくと、考えがものすごくシャープになる。」
「靴を履いてこうやって学校に通えるなら、全人類社会のために貢献すべきだよ。」
・・・
その後、「見においで」ってタツ先生の授業に招待され、受けさせてもらいました。
自らの実体験からつくられた授業は「紛争解決学」を知らない僕にとっても、めちゃくちゃ面白く、本当に刺激的な授業でした。
英語は確かにペチャペチャな日本人英語です。
でもアメリカ人、インド人、インドネシア人、カンボジア人の学生、皆が聴き入って必死でメモを取っていました。
・・・
授業が終わって、挨拶に行きました。
「先生、本当に感動しました・・・。」
するとこう言われたんです。
「当たり前だよ。これ、俺の人生だから・・・。」
・・・
・・・
帰り際に一言言われました。
・・・
「自分に実力がつけば、周りが求めてくる。そういう人間になりなさい・・・。」
