「岡本太郎」という思想との出逢い | Be Fully Human

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「日本とフィリピン社会により広く大きな貢献をする」ことをミッションにした青年による、その実現までの道のりを綴ったブログです。このブログを通して、ひとりでも多くの方が「ごきげん」に人生を送っていただければ・・・、そんな願いを込めてお送りします~。

2010年10月。

 

下期に入った秋口、僕はある芸術家に出会いました・・・。

 

前衛芸術家、岡本太郎。


 

出逢ったといっても本の中でですが。

 

大学時代に読んだ岡本太郎のある本をなぜか無性に読みたくなって書店で買いました。

 

一度は読んだことのあった本だったのですが、読み始めた瞬間、胸ぐらを掴みえぐられたような感じになりました・・・。

 

「“いずれ”なんていうヤツに限って、現在の自分に責任をもっていないからだ。生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばらせて、現在に充実することだ。過去にこだわって、未来でごまかすなんて根性では、現在を本当に生きることはできない。(中略)人間がいちばん辛い思いをしているのは、“現在”なんだ。やらなければならない、ベストをつくさなければならないのは、現在のこの瞬間にある。」(自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか』青春文庫)

今の自分の在り方に突き刺さるような言葉の数々・・・。

 

読むたびにぶん殴られ、鼓舞されているかのようでした・・・。

 

それから僕は毎晩、毎週末、岡本太郎の本を買いあさり、読みふけ、対話しつづけるようになりました。

 

「芸術は爆発だ」という言葉の意味。万国博で創られた「太陽の塔」の社会的メッセージ。「アンチ日本人」になると覚悟を下して臨んだ第二次世界大戦・・・。

 

そのすべてが僕にとって強烈なメッセージでした。

 

「「君のここの部分が分けがわからないのは、モチーフをはっきりつかんでいないからだ。モチーフと技術がずれている。それが自分で分かっていない。」モチーフというのは、言い換えると、どれだけその人に、「表現したい」「表現しないではいられない」という内的欲求があるのか。それと社会に対してどういうことをいいたいのかというメッセージ。「どういうことを言おうとしているのか、自分でつかめないのに、人に伝わるわけがない。」

 若者たちによくそう言っていました。自分が何をやりたいか、何を伝えたいのか分かっていたら、技術は後からついてくる。それは突き詰めれば「どう生きるか」ということ。どんな姿勢で、どんなふうに社会に向かっているのか。それはただデッサンとか色がどうとか、技術的なことを追い求めても見つからない。何をどういうふうに表現したいかは、自分で見つけるしかない。自分で発見し作り出すしかないと心底思っていた。太郎さん自身も、青春時代に悩み、苦しみ、もがき、闘いながら見つけてきたわけですから。だからアカデミズムとは対極にある。「美術学校に入りたいんですけど」などという若者がいたら「そんなことやっているからダメになっちゃうんだ」と答えていました。どういうふうに陰影をつけたらいいのか、どう色の配分をしたらいいのかといったことを手先だけでやっているうちに、自分が何を表現したいのかがだんだん鈍らされていく。それより自分は何を伝えたいのかをもっと考えるべきだ。つまりどう生きるかをもっと真剣に問い続けろと。」(岡本敏子『岡本太郎~岡本敏子が語るはじめての太郎伝記~』アートン)

「人生はキミ自身が決意し、貫くしかないんだよ。」(『壁を破る言葉』イースト・プレス)

 

「誰でも「誤解されたくない」と言うだろう。「私はそんな人間じゃありません」なんて憤然としたり、「あいつはオレを誤解している」と恨みがましくめそめそしたり。だけど、じゃあ自分の知っている自分って、いったい何なんだい?どれだけ自分が解っている?せいぜい、自分をこう見てもらいたいという願望のイメージなんだよ。そんなものは叩きつぶしてしまわなければ、社会とは闘えない。自分がどう見られているかじゃなくて、自分はこれをやりたい。やる。やりたいこと、やったことが自分なんだ。」(岡本敏子『いま、生きる力』青春文庫)

 

「どう生きるのか?」ということを徹底的に考えた1ヶ月間でした。

 

10月、10冊以上は読んだでしょうか・・・。

 

(最低限の資金を貯めたら外に出よう。先ずは自分の目で世界を見よう。)

 

・・・

 

秘かにそう決意しました。