年月の面白さよ | 日々是…

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いわゆる私の独り言的な

このタイトルで冒頭書こうと思ってた文章あるんだけど

なんとなくやめてみる。

なんとなく。よくわからんけど。

 

年月というかね。

あれです。

あれです、とかいう表現私多いけど、歳とったからではありません。

昔からです。

 

←昔から認知症気味なのか己は

 

「私ってこうだし~」とか自分の傾向とか得意不得意ってあるじゃないですか。

勿論変らないものもあるんだけども、案外さくっと変わるもんだと思うんですよね。

え?私だけ?

 

高校生の時というと

夜中にミュートマジャパンとかでPVが流れたりしてたもんですが

当時、私はソフバが怖くて

 

怖いので曲も頭に入ってこず「なんか苦手なんだよな~」とか思ってたんです。

まー学生じゃなくなって、ライブハウスとか行きだして

お友達がソフバ好きだったりするので、勧められて聞いてみりゃあ大層好きだし

今や、怖いと思ってた箇所がむしろ好きだというね。

 

いやだってさ

ソフバが怖いとか言ってた奴が5~6年したら

 

マリリンマンソンの「Beautiful People」のPVに一目ぼれしたとか抜かすわけですよ。

お前どういうことだよ((´∀`))

言ってる事おかしいぞ。

 

ちゅーか昔お友達だった人とか、これ見て「曲はかっこいいけどさ…PV…怖いじゃん」って言ってて

実は私これのどこが怖いのかさっぱりわからん。

 

ていうか

昔ソフバが怖いと思ってたの、どこが怖いと思ってたのかさっぱりわからんw

 

あれ?

私20代になって違う人になったのかしら????

 

('ω')

 

人の自分に対する認識なんてそんなもんなんじゃないかな~とか思うんですよね。

 

え?あたしだけ?

 

自分自身に関して言えば、若いうちってどんないい言葉もいい歌詞もあんまり心に入ってこなくって

いや、すごく好きだったり「ああ~いいなあ」とか思うんだけども

どこかしらね、疑似のものとして入っていく感じ。

いや疑似は疑似でも

心で再現してみるのではなくて、頭の中で疑似体験して感銘を受けているような。

理解はできるのだけど、奥の方まで入っていかない。

単に他人の言葉で自分は変わったりしないし、救われたりしないんだな、と思ってて。

多分そういう人もいるってことだと認識してたんだけども。(なので発信者がわるいわけではない)

受け入れることができる心の下地がなかったというのと

受け入れたくなかったというのが多分あったのかと思う。

今も多分あるんだけど、多少は解除されてるっぽい。

 

下地がないってのは、受け入れると壊れてしまったり

そこに飲み込まれすぎちゃうから。

あと、何にも自分を救えると思ってないし救われたくもなかったから。

誰にも救えないってのは私個人の考えでは間違ってないと思ってますけども。

自分を救えるのは自分だけだと思うし。

自分ですら自分を救いたくなかったのだと思う。

普通にみんなが求める安心感とか安定感とか

それを与えられるのが怖いっていうのはあるんですよ。

 

だから何も心に響いてこない。

 

自分には関係のない話ですからね。

でもそれも処世術だったのだろうから仕方ない。
わりと幼少期からこども時代の自分のことは客観的に考えるようにしてるんですけどね。
客観的に考えると、子どもの時の私ってかわいそうだな、とか思うけど。
環境も酷いっちゃ酷いけど、それ以上に誰かが助けてくれるとか信じれてないこととか。
自分で全部何もかも背負わないといけないと思ったりしてたこととか。
助けて、と言う選択肢をみつけれなかったことが一番哀しいことだったかも。
 
だから実際何も心に入ってこなかったのは仕方ないと思うんで。
でないとこの子↓生きていけなかったから。

某所でバトン的なものがまわってきて、載せるのに撮ったのでついでに。

このころの私、かわいすぎてさ。

順調に育ったら完全に美少年になってたと思うんだけど

(え 美少女じゃないんかい)

何を間違ったかそうはならず。

ちゅーか自分の幼少期だけど、これが目の前いたらほっぺたむに~ってしたいです。

 

だってかわいいから~
 
昔の自分を自分でかわいがるのも大事なんですよ。
ええ(*´ω`)