ちらっと思ったけど | 日々是…

日々是…

いわゆる私の独り言的な

世の中には自分さえよければ他人はどうでもいいという人がいますが

 

(単に気遣いがへたくそな人は除く)

 

あれって

自分さえよければ、とかいいながら

実は一番自分を大事にしてない人だよね?とか

自分を一番愛してない人なのかなとか

 

全部ではないだろうけど


 

男の戦力になるか癒しになるか


これ読んで果たして自分はどうなんだろう?と


自分のことは主観とか理想とか欲とか体裁はいるからわからないなあ、と思うのだけど

案外他人を見てるとわかる。


癒し及び参謀


一番いいのはこれかなーと。


ばりばりに右腕とかじゃない方がいいなあ。


かといって

私が癒し系かというと、謎ですけど。

最近自分の自分への認識と他人認識が違うのでよくわからん。

というか相手によりけりだと。


でも自分のが先に歩くタイプは向いてない。


と気づいた。


途中途中、違う道を歩きに行っても

また合流するような自由さがいいなぁ。


( ´~`)


あ、じゃあもっと私は自由にならなくちゃ←え


ところで最初に書いたことに付随するのだけど


何かしらの対価を払わず、物質的な得をしようとする人っていますけど。


食事前に『いただきます』をお金払ってるからしなくていいとかいう人とか

ずるして人のまで自分のものにするとか


対価を払わない分、得したとか思ってるんだろーけど

感謝の気持ちを払うというのだとしたら、それは多分作られた過程の色々な物事とか、作った人の気持ちとか

すべてを受け取ってるのであって。


モノを物としてしか扱わない人は

物質的には得したようでいて

実は他の人より沢山のものを手にできてないんだと思う。


まーでも

そこにしか価値が見いだせないならそれもいいだろうけど。


つまんない人生だなぁ、とか

私の価値観のなかでは思います。