再び食育と学校給食
食育と学校給食
今日、中学校給食反対の方と意見を交換させていただきました。
何故、反対なのかを聞いてみますと
「中学校給食をやると、親がまともな料理を作らなくなる」
「若い親たちは、コンビニ弁当になって、怠ける親が増えてしまう」
「基本的には食は教育行政ではない、家庭で考える問題」
というのが、その主な理由でした。
仮に、こんな事実があるとしたら、全国統計を見てみたいですね。
全国では中学校給食があるのは、当たり前の時代.。
80㌫~90㌫の地域に住んでいる方々は,「まともな料理」を作れない親が多いってことになります。
そういうことを考えると、都内23区や厚木市、開成町に住んでいる方たちは怠けている親が多いという話になってしまいます。
そんなことはないですよね。でも中学校給食反対の方たちのご意見は大抵、こういう主観的なご意見の方が多いですね。
それと中には
「お母さんの愛情のこもったお弁当を子どもたちに食べさせることは当たり前」
「家庭での食育の欠如に繋がる。学校はお勉強をやるところ」
「小学校でも給食費を滞納している親がいる。甘やかせすぎ」
という方もいます。
ならば、小学校での給食は、もっとも罪悪だということになります。
それより、学校給食法の完全否定です。
また滞納しているから、給食なんか止めてしまえというのは、極論過ぎると思います。まるで「犯罪を犯す人が増えたので、刑法なんか意味がない、必要がない」って言ってるようなものです。
いずれも主観的な不毛な話ですよね。
食を考えた時、本質的な議論とはいえません。
食育基本法が制定されて、6年になりますが、「基本法」自体が変てこな法理として固められてしまいました。当時の審議会のメンバーを見てみますと、大手の調味料会社の社長さんが名を連ねています。
なるほどと頷ける・・・。
まるで、企業で全国一律の味覚を決めて、「成人習慣病」(厚労省)や「早寝、早起き、朝ご飯」(文科省)の押し付け合いで作り上げられた国法のように見え隠れしています。
食育は以前、アメリカインデアンの例や占領下の日本、マクドナルド戦略で申し上げましたが、多分に時の権力者の政策的な含みや企業の論理を持っていることは述べました。
もともと、食育がテーマとされたのは、1970年代、食の安全性や自給率低下から考え直そうという国民的消費者運動から生まれたものでした。
食育がいつしか
何故・・・早寝・早起き・朝ご飯&成人習慣病予防対策に?
本来的な食育とはかけ離れた話に向かっているのが、現状の日本の「食育」のように思います。都道府県・市町村が進めている金太郎飴の「食育基本計画」もそうです。
行政の責務を市民に転嫁し、食育でなく生活様式に口をはさむ、というより押し付けるパターンですね。大きなお世話ってところでしょうか。
つまり早寝・早起き・朝ご飯を励行することはいいことでしょうが、躍起になって、行政が旗振りすることかと疑問です。
食育の本来の基点である、個人ではハシゴをかけても及ばないことに振り向けるべきです。食の安全と自給率のアップ、地域に根ざした食育思想の普及だと思います。
勿論、個々人が、手に鍬を持って畑に出て野菜を栽培して、牛や豚を飼おうということではありません。
地域自給率や食の安全、フードマイレージなどを食育戦略にすべきと思います。何よりも学校給食法にある食育の精神を守るべきです。
学校給食法と食育とは三位一体だと思います。学校給食法では、自治体が法定任務として、義務教育の場で食育の目標をシッカリと保持すべきだと、うたっています。
私は中学校給食を実施してない自治体は、いかなる理由(財政上)があるにせよ
「自治体の任務放棄」として指弾されても致し方ないと考えます。