今日は帰ってきて久しぶりにテレビをつけると、とても気になる番組がやっていました。
NHKのドキュメンタリーで、タイトルが「老人漂流社会」でした。
見た瞬間に、よく取り上げられる孤独死とか痴呆症のお年寄りの社会問題についての番組だと気付きました。
番組ではお金も無く、身寄りも無いお年寄りを何人か紹介していました。
その中に、6年前に奥さんに先立たれ、脳梗塞で倒れてからは病院と施設を行ったり来たりしながら一人で暮らしている80代のおじいさんがいました。
息子さんがいるのですが、おじいさんよりも先に脳梗塞で倒れてしまい、1年以上会うことができませんでした。おじいさん自身も相当身体が弱っており、一人で食事をしたり外出したりすることはできなくなっていました。まだ身体が元気なうちは毎月亡くなった奥さんの命日にお墓参りに行っていたそうです。もう身体が自由ではありませんので、施設の職員になんとかお願いしてお墓参りに連れていってもらうことにしました。
自分の死期を察したのか、そのおじいさんは奥さんの最後のお墓参りの3日後に容態が急変し、この世を去りました。
番組の中でお年寄りに対して自治体の職員が、「もし危篤状態になったら延命処置をしますか?」と問いかけるシーンがありました。朦朧とした状態で絞り出すように声を発したその老人は、「命ある限り、生きてみたい。延命でお願いします」と答えました。
お金も所持品も家族も無い老人の純粋な願いは「もっと生きてみたい」でした。
有名な一休さんも臨終の最後の言葉は「死にとうない・・」だったとのことですが、与えられた命をできるだけ長く全うしたいという気持だったのだと思います。
私のマインドは普段「煩悩」にシェアを奪われ過ぎて「死」について考えることは多くはありませんが、決して他人事ではないこの状況を知ることができたので、自分の死から逆算して今を生きることはやはり懸命なのだと思います。
若い時は理想に向かって日々突進するものです。
それでも最期はみんな全てを置いて行きます。
やはり私たちはお互い様で、思いやりの視点が何よりなんだと教えられた時間でした。
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