自分の人生、流れが変わったなぁ・・・と感じたのはそのアメリカ行きでした。
それまでの私と以降の私、まるで別人のよう。私にとっては一大転機となりました。
アメリカでの生活は楽しくもあり、辛くもある何とも言えない経験。正直、もう一度経験したいですか?と尋ねられたら「NO」と即答するでしょう(笑)充実した1年ではありましたが!
渡米当初は英語が殆ど通じず、タクシーの運転手に「お前の英語は酷すぎる」と延々と説教されたり、ジムの受付にいたヒスパニック系のお姉さんには「そんな発音じゃ分からない。私の目の前で練習しなさいよ。い・ま・こ・こ・で!!!」と嫌味を言われてみたり。外で英語を話すことが怖くなって、喋りたくても声が出ない期間もありました。
交流プログラムでの渡米といっても、結局のところはナニー。南米からの出稼ぎナニー達と一緒になることも多々あり、自尊心を傷つけられたこともありました。
でも、幸いだったのは私の派遣先がニューヨークだったこと。そして、私のホストファミリーはとても聡明で良い人達だったということ。夫婦ともにグローバルに活躍する、視野の広い人でした。一流の人や物に接する機会にも恵まれました。精神を鍛えなおされた期間でもあります。
紆余曲折、挫折・・・その後も色々ありますが、取りあえず一旦すべてを捨ててアメリカに行って良かったと思っています。
それまでの私と以降の私、まるで別人のよう。私にとっては一大転機となりました。
アメリカでの生活は楽しくもあり、辛くもある何とも言えない経験。正直、もう一度経験したいですか?と尋ねられたら「NO」と即答するでしょう(笑)充実した1年ではありましたが!
渡米当初は英語が殆ど通じず、タクシーの運転手に「お前の英語は酷すぎる」と延々と説教されたり、ジムの受付にいたヒスパニック系のお姉さんには「そんな発音じゃ分からない。私の目の前で練習しなさいよ。い・ま・こ・こ・で!!!」と嫌味を言われてみたり。外で英語を話すことが怖くなって、喋りたくても声が出ない期間もありました。
交流プログラムでの渡米といっても、結局のところはナニー。南米からの出稼ぎナニー達と一緒になることも多々あり、自尊心を傷つけられたこともありました。
でも、幸いだったのは私の派遣先がニューヨークだったこと。そして、私のホストファミリーはとても聡明で良い人達だったということ。夫婦ともにグローバルに活躍する、視野の広い人でした。一流の人や物に接する機会にも恵まれました。精神を鍛えなおされた期間でもあります。
紆余曲折、挫折・・・その後も色々ありますが、取りあえず一旦すべてを捨ててアメリカに行って良かったと思っています。