ひとことで言うならば「家族の納骨ロードムービー 佐渡づくし」である。
常に本作の中では誰かしら親族が無くなっている。
おじちゃんが亡くなり、おばちゃんが亡くなり、ばあちゃんが亡くなり…
しかし特段にその死に関しては不自然なところが無く、
自然死、という言葉がどこかにじみ出ている。家族的な死とでも言おうか。
次々と人が亡くなるのにちっとも悲しくないのだ。
タイトルになっている「佐渡の三人」は、
物書きの「センセイ」である私、
引きこもりの弟、
古道具屋(おじいちゃん曰く実業家)の父
の三人。
祖父母の隣家のおばちゃんが亡くなり、
お墓とお寺のある佐渡まで納骨に行くところから始まる。
骨壺なのに、ユニクロの袋にガサガサと入っている。
納骨と言う「本来はしめやかであるべき?家族イベント」を「私」はどこか斜め上から見ているところがあり、
「面白がってはいけないんだけど、なんか面白い」あの独特の空気感を、読者に共有させてくれる。
納骨に関する一連の動作を「頼んだぞ」と送り出してくれたばあちゃんへの証拠として、
ビデオカメラに映していく。淡々としているが、カメラワークについて気にしたり。
散歩のついでの葬式に立ち寄るおじさんを
「家族だから仕方ないよね」という感じでゆるく許す感覚は、
とても読後感が気持ちが良いのだ。
北朝鮮の拉致があった浜の近くでは、拉致被害者の曽我ひとみさんに関する記述も出てくるが、
「曽我さんを見かけたような気がする」との「私」のメールに、「いいことあるかも」と返すあたり、そのセンスににまりとしてしまった。
家族は日々のどうでも良い小さなことの積み重ねで出来上がっていく。
著者は、そのどうでも良いことをいちいちと拾い上げていくのだ。
普通の小説では、省かれていくその詳細に、妙にリアリティを感じてしまう。
佐渡の名勝地なんかも全然省かれていて、これを読んで佐渡に行きたくなるかというと、
まったくそんなことにはならないところがまたツボである。
佐渡の三人/長嶋 有

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