今日は午後から豆まきイベントに参加。


なので、めずらしく息子が昼寝せずに一日が終わった。



息子は、おばさま扮する赤鬼にやさしく豆を一粒ずつ投げたり、


節分の歌を歌うおばさま達に拍手を送ったり、大喜びで、


家に帰ってからも寝るまで元気いっぱいだったんだけど、


すっかり息子の昼寝に付き合う癖がついてしまった私にとっては、


かなりハードな一日となった。




普段、午後にたいてい1時間半から2時間は寝てくれる。


お昼を食べて少し遊ぶ→ベットで本を読み聞かせ→そのままお昼寝というパターン。




自分もベットに横になりながら本を読んで、一緒にウトウト・・・


まぁ、たいてい私は30分以内に起きるんだけど、


このウトウトがかなり気持ちいい。


それに、昼間の一人の時間は、かなり貴重。


ここで大いにリフレッシュしている私。




今日はこの自由時間がなかったから、息子に付き合いっぱなしで、


もうヘトヘトだよー。




と、思ったけど、なんだか自分も息子と一緒に寝てしまっては


もったいないと、10時頃起きて、小豆のカイロを作ったり、


英語勉強したり、こうしてブログを書いたりしているわけ。




が、もう12時だ。


明日も息子がガールフレンドと約束をしていて、


遊びに連れて歩かなくてはいけない・・・そろそろ寝なくては・・・





今日は息子と雪遊び雪



息子にとって、自然に降った雪をさわるのは初めて。


先月、区の植物センターで雪祭りに行ったので、雪自体には免疫ありだけど、


触りたい放題の雪には大喜びラブラブ!




とはいえ、東京の雪ですから、アスファルトの上のはもう解けていて、


植え込みや街路樹の下の土にかろうじて1cmほど残っている程度。



でも、近所の公園に行こうと誘う私を無視して、


家を出るなり建物の周りの植え込みの前で嬉々として遊び始める息子。




公園の砂場では、すぐに飽きてしまう息子も、


スコップとか使っている道具は一緒で、作っているものも似たような物でも、


雪には飽きずに、午前中いっぱい植え込みの前で遊んでいた。




私も、息子がふらふらと道路に出て車にひかれない様に注意しつつ、

ミニ雪だるまなど作って、雪遊び、久々に楽しみました。





・・・雪とはまったく関係ないが、最近気になる息子の言葉遣い。


2歳2ヶ月で、男の子にしてはおしゃべりだと思われる息子だが、


笑っちゃう言い回しが多いので、もったいないので忘れないように


ここに書いておこう。



☆ 「○○なのよー」を多様


☆ 「○○ある?」の問いに対して「ない」と返答するところが、


  「あんない」(ある+ない→あるない→あんない)になってしまう、絶対に。


  普通の会話の中では、絶対に「あんない」は出てこず、「ない」と言えるのに


  聞かれると「あんないよー!」


☆ 「○○ですー」とたらちゃん風も多様


☆ 少し前まで、不明瞭な言葉を一人で発してみては、最後に


  「ちがうかー、あははー」と笑い、響のデブな方にそっくりだったこと


☆ 車は「くるま」と言えるけれど、「ぶーぶちゃん」と言いたい


☆ パパとママは、「パパ」「ママ」とも言うけれど、「パパパン」「マママン」がお気に入り


☆ 2歳のお誕生日頃まで、ときどきボビーオロゴン風だった



今日も、なんか変な話し方だなぁ、と一人ひそかに笑っていたのだけれど、


それでも、ここ最近の彼の言葉の面での成長は目を見張るものがある。


「にほんごであそぼ」で一茶の句だとか、歌だとか、ぐんぐん覚えているし。


だから、 こういうおかしな話し方も、あと少ししか聞けないのかもしれないなぁ、と


思うと残念でもあり。



なにより、一生懸命話しかけていくる姿はかわいいのだ。




どんどん成長していく息子と、衰えていく母と。


二人の逆をいく人が身近にいるのは、偶然ではないのかもしれないと、


ときどき思う。




普通の親子でもそうなのだけれど、


私の場合は、母の衰えが急激かつ人より時期が早いから、


息子の成長が、おそらく悲しみやストレスをある面では軽減し、


私の心の支えとなっていることは確か。



普段、息子の行動でかなりイライラかりかりしている私だが、


息子がなかったら、母の状況をどう受け止めていただろうか。


ショックであるが故に、もっと、冷淡に受け止めたかもしれない。


逆に、マイナスマイナスに考えて、身動きが取れなくなっていたかもしれない。



ただ、今の私にはかわいくも暴れん坊の息子がいて、考えているだけの


状況を許してくれない。これは、一人で考え込む性格の私には、


いいことなのだと思う。



そして、母を見て、限りある「生」を自分の事として意識できたことは、


母として自信もなく、息子をどう育てていけばいいのか、


自分はどういう母親になりたいのか、どういう家族をつくっていきたいのかを、


今更ながら考え続けている私にとって、重要なことになると思う。




年末の母の入院(若年性アルツハイマー症であり、ステージ3の癌が見つかる)


年明けての手術(無事終了)


姑との決別宣言(ストレスを爆発させながら夫へ高らかに宣言)





年末から今日に至るまで、ハードだった。


特に精神的に。




息子が産まれてからこの2年、迷惑を顧みない姑の度重なる干渉で、


必要以上に精神をすり減らしてきた。




実母に子育てを相談できない状況で、


0歳から幼稚園受験はどこにする、洋服のブランドはどうする、などと


うるさく言われ、半年から始めたお稽古にも毎週顔を出す。


(他の土日などで顔を見せに行っているにもかかわらず。


祖母毎週来る親子など他におらず、姑がいてはわが子も


気がちりお稽古にならず、1年程我慢して辞めた)




最近は幼稚園について熱心に調べてくれていた。


受験は早くて小学校、夫は中学でもよいと言っているし、


私もそう思うと伝えていたが、ここの幼稚園はこの有名小学校に行く子が多い、


あなたの住まいならこの幼稚園に通える、ここなら大学まであるし、


いいんじゃないか、など。


そして、一流会社の創始者一家の夫人が孫のお迎えに来ている、という幼稚園を


非常に押していた。




・・・・自分もそういう人に混じってそういう事がしたいだけでしょ?




私は疲れていた。


相談できる人もいない。




残念ながら、夫とも、子どもが産まれてから、二人でじっくりと


話すことがなくなった。


いや、よく考えてみると、それ以前から話し合うということがなかったの。


たわいのないおしゃべりはしても、話し合いをする事はなかったのだ。




ただ、こういった事を思い出してブルーな気分になるのも今日を最後にしたい。




母を見舞って、自分ではもう食事を取らなくなった母に、


息子がもう少し小さかった時にしてあげたように、


スプーンでゼリーを口に運んで食べさせて、思った。




母は、若年性アルツハイマーになったことで、癌になったことで、


直接話しかけることなく、教えてくれている。




私に、今まで妥協やあきらめの連続でほどほどの道を選んできた私に、


精一杯努力して、精一杯楽しく生きなさい、と。


自分の人生よ、人にまかせっきりじゃ、ダメなのよ、と。