だれかのためでもなくなにかのためでもなくじぶんのためでもなくただあなたのためにとおもう。でもそういうこというようなにんげんになりたくないのもほんね。じぶんがだれにいちばんあいされたいのかをわたしはしっている。それでもすべてのびょうどうをねがう。あいはびょうどうであるべきだとおもう。すべてをあいせないじぶんにそのあいじょうにいみがあるとおもえない。だからだれかをとくべつにあいすることをきらう。そうしたところでじぶんのかんじょうはなにひとつかわらないのに。むじゅんしてるとわかってる。でもどちらもほんきのほんね。わがままだ。みずだとおもってとびこんだらひだった。ひだとおもってちかづいたらこおりのようにつめたい。そんなりょうきょくのじぶんがいや。…ほんとうにあやまちがいきかたをかえないというならわたしはまたいずれきえる。ぜんぶおいていなくなるひがくるんだろう。とつぜんじゃなくけいかくてきに。もうにどとしないあきらめないとちかっても。なぜならあのときのことにざいあくかんはあってもこうかいはないから。だからだれのものにもなれない。だれかをひとりじめしない。そいういうことをLOTUSをききながらおもう。かわらない。どこでなにをしてようとなにがあってもたとえあえなくてもたいせつなものをたいせつとおもうきもちはかわらない。わたしはそれもしっている。ひとをほんとうにかえるのはいたみやかなしみではないとわたしはしんじているから。それはひとのなかにねむるそのひとのほんとうのちから。はじめからだれのなかにもそんざいしているものだと。しがおとずれるからいのちをたいせつにするなんてうそだ。たとええいえんがあったとしてもたいせつにおもうきもちはかわらない。こわれているというならはじめから。かんせいしたことなどいちどもなかった。あいしてる。あのばしょにかいたあのことばにはいまもうそはない。これからもかわらないよ。


2012-03-18 02:32:58




今また青い炎で埋め尽くしている。土の中から根ごと引き抜けられ、足の裏は何も触れない。それを毎日暗闇の中で感じながら宙を転がる。解らなくってそれでいい。ただこんな風にしか表現できないだけだから。語彙力は仕事をしていない。そもそもコレは教えていいものでなく、私も教わってはいけないものだったらしいから。


馬鹿みたいに平仮名でたくさん書いてあるけれど、私にとって大切なのは最後の言葉だけなのだと読み返して感じている。

初めに立ち返ろうと思う。

これは恋ではなく愛だと、そう、純粋に愛している。


まだ掲示便があった頃。あの時書いた言葉の本当の部分だけをもう一度書いておきます。



愛しています

本当にありがとう



大切な事は自分の気持ち通りに伝えたいと日本語を選んだことを思い出している。

amazarashiがいつも私が感じていることを詩にしていた。大きな事件やニュースを見る度に貴方でなくて良かったと、貴方よ生きていてと思う自分の浅ましさを感じながら寝ます。


おやすみ。