今日のテーマは「人の幸せ」ということで、
日本理化学工業の会長、大山泰弘三のお話をご紹介します。
毎回そうですが、心を純粋にして、
心の罪・穢れ(包身(つみ)、氣枯れ(ケガレ))を祓い、
私たちがもともと持っている、光り輝く神様の心を表に現して、
何者にも、何事にも頼らず依存せず、
大地にしっかりと自分の足で立ち、
真っすぐに神様の光の方向へ進んで頂きたいからです。
<引用開始> 引用元
二人の少女が入社した日のことは、今でもよく覚えています。
きれいに晴れた、暖かい日でした。
二人がタドタドしく挨拶するのを、
社員たちは暖かいまなざしで見守っていました。
そして、拍手で二人を迎え入れたのでした。
「私たちがめんどうをみますから」という社員の言葉に嘘はありませんでした。
みなが二人の少女をかわいがり、
本当によくめんどうをみてくれました。
彼女たちは、雨の日も風の日も、満員電車に乗って通勤してきます。
そして、単調な仕事に全身全霊で打ち込みます。
どうしても言うことを聞いてくれないときに、
困り果てて「施設に帰すよ」と言うと、泣いて嫌がります。
そんなある日のことです。
私は、とある方の法要のために禅寺を訪れました。
ご祈祷がすみ、食事の席で待っていると、
空いていた隣の座布団に、偶然にもご住職が座られました。
そして、こんな質問が思わず口をついて出ました。
施設にいれば楽ができるのに、なぜ工場で働こうとするのでしょうか?」
ご住職は私の目をまっすぐに見つめながら、こうおっしゃったのです。
「人間の幸せは、ものやお金ではありません。
人間の究極の幸せは次の四つです。
・人に愛されること、
・人にほめられること、
・人の役に立つこと、
・人から必要とされること。
愛されること以外の三つの幸せは、働くことによって得られます。
障害をもつ人たちが働こうとするのは、
本当の幸せを求める人間の証(あかし)なのです」
確かにそうだ…。
人は働くことによって、人にほめられ、人の役に立ち、
人から必要とされるからこそ、生きる喜びを感じることができるのだ。
家や施設で保護されているだけでは、この喜びを感じることはできない。
だからこそ、彼らはつらくても、しんどくても、必死になって働こうとするのだ。
この幸せは意識したことすらないものでした。
それがいかにかけがえのないものか、
私は、生まれて初めて考えさせられました。
二人の少女が、一心にシールを貼り続ける、その姿。
そして、「ありがとう。助かったよ」と声をかけたときの輝かんばかりの笑顔。
私は、ご住職の言葉によって、その笑顔の意味を教えられたのです。
<引用終了>
ここの会社は、『日本でいちばん大切にしたい会社』という書籍をはじめ、
さまざまなメディアやマスコミなどでも多数紹介されています。
1960年に初めて知的障がい者を雇用してから60年たっています。
今では全従業員の70%以上が知的障がい者でありながら、
ダストレスチョークで、国内シェアNo1を維持している会社だそうです。
さて、女性ピアニストの野田あすかさんは
幼いころから、広汎性発達障害、解離性障害の障害を持っていました。
それが原因で、いじめ、転校、退学、そして自傷、
パニック、右下肢不自由、左耳感音難聴などで入退院を繰り返してきました。
ピアノを弾く手がアップされると分かりますが、
左手には沢山のリストカットの痕跡。
彼女の今までの人生、
いったいどれだけ、辛いことがあり、いったいどれだけ努力して、
乗り越えようとして来たのでしょうか?
そして、どれだけの涙を流したのでしょうか?
その彼女が、自分と同じ障害を持った子供たちのために作った曲
「手紙〜小さいころの私へ〜」の中の歌詞にこんなフレーズがあります。
みんなに 喜んでもらうために
いつも がんばっているね
みんなと同じになれるよう がんばって
くやしい思いを しているけど
いくらがんばっても
同じになれないこと 感じてる
この子達も、
周りの誰かに、喜んで欲しい、笑って欲しい
そんな心でいるのです。
手紙~小さいころの私へ~(発達障害のピアニスト野田あすか作詞・作曲・演奏・歌)
美しい心です。
・障害を持っている人たち
・個性が強い人
・自分とは違うと、違和感を覚える人
・ソリが合わないと感じる人
・自分の価値観に合わない人
そんな人たちを無視したり、
いじめたり、批判したり、のけ者にしたり、陰口をたたいたり
私たちも、時折しがちです。
ですが、
どんな人も、「人から喜ばれると嬉しい」のです。
人から笑顔を向けられるのが嬉しいのです。
人の役に立ちたいと思っているのです。
少しだけでも、そんな心をくみ取り、
受け取って
にっこり笑って、「ありがとう」
そう伝えてあげたいですね。
きっと、その優しい気持ちは、二人を包み込み
美しい波動になって、宇宙中にこだますることでしょう。
神々が、ニッコリ微笑んでくださることでしょう。
※画像はネットからお借りしました。