ナチュラルに美しく☆40歳からのモテ美人的生活

ナチュラルに美しく☆40歳からのモテ美人的生活

元派遣OL。36歳で起業。8歳年下の夫と再婚。の私の体験・気づき。

昨日の続き。

欠乏を前提にしてると気づいたら


前提を変えるのだけど、


私には、疑問に思ってることがあった。





それは、純粋に「○○したい」と湧いても


その「火」は消えたりするし


好きなことをやっても必ず繁栄するわけじゃない。


「充足」「好き」前提でも


結果が「充足」「好き」にならない時がある。



私の場合だと

ちょっと前まで作りたい洋服があったのに

材料が揃わないことがあり、

気持ちが失せてしまったことがあったり。



あと、最近良く観てる「愛のハイエナ」

(山本裕典がホストとして働く番組)




ホストが個々に好きなことして「バラバラ」が

問題になってるホストクラブが取り上げられてる。

(シーズン5ね)


好きなことして、楽しいだけで何がダメなん?

売上上げとけばいいでしょ。

みたいに反抗的なホストがいる。

(演出だとしてもまとめるのが「難しそう」な人たち🤣)


こんな感じで

「好き」「楽しい」が

ちゃんと「着地しない」時ってあるよね?



一方でブレない人もいる。


「好きでやってること」が


一本筋通って、自分だけではなく


「全体」「世界」を良くすることに繋がっている


人。


「好き」が持続しない、繁栄にならない人との

違い。


私はやっと分かった。




意図」なんだ。



ここでいう「意図」とは


自分の存在の方向性を決める指針みたいな

イメージです。


なので例えば「売上ナンバーワンになる!」は意図

ではなく「目標」。


意図は「どう生きるか」の指標。


存在革命より↓






私は最近読んで、


「意図」についてやっと理解できた。


それまでちょっと「表面的」だったかも。



また愛のハイエナに例えるけど🤣


軍神ってホストから運営をやってる人がいて

(山本裕典の指導役)


彼のブレなさにいつも感心してたんだけど


彼は「ホストという職業や業界そのものを良くする」

意図を持っている。


だから「行動」に一貫性がある。


YouTubeや愛のハイエナに出る意味とか

彼のやってること、指導の仕方は

筋が通ってるの!

(もはやただのファン🤣)



欠乏に気づいて、「充足」の視点から

「前提」や「行動」を変える。



一見正しいように見えるけど、

途中で成果重視になったり、気持ちが続かなかったりする場合がある。


私は自分の

「行き当たりばったり感」が気になってた。


自分の心に従って

「マイブーム」をコンテンツや商品にしてきた

けど


「その都度」やって、なんか繋がらない感覚。


なんかただ漂ってない?


実は長年しっくりきてなかった。


それって、「どこに向かうか?」の「方向性」

が定まってなかったからだ。



だから私は決めた。


「何をするか」ではなく

「どこに向かって生きるか」を。



私の意図はこの3つ。


・私は私を全うする

・私は創造性を共有する

・私は価値を循環させる


意図を決めたら

行動が自然と決まる。


もちろん動くのは自分だし、決断も自分だけど


「意図」があると無いとでは

体感が違う。




今はまだ実験中だけど


ひとつだけ確実に言えることがある。


バラバラだったものが

一本の線になり始めた感覚がある。


発信も

仕事も

お金も

返済も

作りたい服も

コミュニティも


少しずつ「同じ方向」を向き始めた✨✨


今までは

やりたいことが点で生まれては消えていた。


でも意図があると

やりたいことが「線」になる気がしている。


だから今は、

この意図で生きてみる実験をしている途中。




まずは自分で深く生きてみたい。





(原宿デートしてきたよ)



これまでは、


「価値の証明」や「承認欲求」などが


行動の「原動力」だった。


私に限らず、ほとんどの人はそうじゃないかと

思っている。


・身体が緊張しやすい


・怖いと思うことが多い


・「○○しなきゃ」で動くことが多い


・焦りや不安が普通にある


・上手くいく情報を常に探している


・他人とすぐ比較してしまう


ここに当てはまる人。



行動の原動力というか「前提」が


「欠乏感」スタートになっている。


そうすると、


欠乏スタートならゴールも「欠乏」を感じる。


なぜ欠乏スタートだと欠乏になるのか?


そこを解明してみます。



欠乏スタートの典型は、



•足りないから動く

•怖い、焦りから動く

•早く解決したいから動く

•ダメな自分を変えたいから動く


このときの内側に何が起きてるか?


「私はダメ」「足りない」


この前提のまま動くと、脳も行動も世界の見え方も

全部この前提を証明しはじめる。


人間の脳は

前提を証明する証拠集めマシーンだから。



どんどん

まだ足りないところを見る

まだ足りない結果を見る

まだ足りない売上を見

まだ足りない反応を見る


😂😂😂😂


つまり何が起きてるか。


結果が出ても

「まだ足りない」って感じてしまう、ループに

入る😂


例:10万売上 → でも借金ある → 足りない

お客さん来た → でももっと必要 → 足りない

いい反応 → でも数が少ない → 足りない



だから現実としても体感としても

ずっと欠乏が続く。


つまり、それが起きてただけ。

いや、辛いけどさ😂



そして、「欠乏」スタートだとどうなっていくか?


それはここ数年の私に起きてたこと。


焦り

早く結果欲しい

正解探し

失敗回避

人の目


つまりエネルギーが「恐れ」から発している。


怖いのは、「無意識」というか

もうそれが「当たり前」になってしまってる

こと。


そうすると、楽しくないから続けられない。

出したものも

何だか重いし、受け取る側も重さを感じる。

だから、反応もあまり起きない。


結果:

-長期的に続かない

-自然な循環が起きない


これが現実としての「欠乏」。


欠乏スタートは「受け取れない状態」を作る


「私はまだ足りない」状態の人は何が起きるか。

「受け取れない」のである。


褒められても信じない

売上出ても安心しない

応援されても足りない

成果出ても怖い


全然安心出来ない。安心できるのは結果が出た時の一瞬だけ。


つまり現実が満ちたとしても

内側が受け取らない。満ちない。


だから、欠乏スタートは結果も欠乏


現実が逼迫してると

「とは言っても」そうなっちゃうかもしれない。


ここから「本来の自分」に戻すのは

まず、この「起きていたこと」に気づくこと。


気づいて、自分で起こしてたことを認める。


それが「向き合う」ってことだと思う。


続きます。




私は映画好きでよく観るのだが、


ここ1週間で観た映画。



ダウントンアビーグランドフィナーレ。


ヤクザと家族。


侍タイムスリッパー。


共通するのは、


時代が流れることによって

「自分が背負っていた役割が終わる」。

AIより↓


ダウントン・アビー

貴族として、当主として、使用人として

**“そう振る舞うことが前提の人生”**をやり切った人たちが、

時代の終わりとともに

「役割を続けるのか/手放すのか」を選ぶ話。

→ 役割=誇りでもあり、檻でもあった


ヤクザと家族

「守るために背負った役割」が、

時代が変わることで

誰も救わなくなっていく残酷さ。

→ 役割が“正しさ”だった時代は終わった


侍タイムスリッパー

刀も身分も意味を失った世界で、

「自分は何者なのか」を

ゼロから問い直す話。

→ 役割を失っても、存在は消えない

(三つともおすすめだよー)


自分が観る映画さえ、


「たまたま」など無い。

「潜在意識」がそうさせている。


だから、なんで?と疑問だった。


最近、ブログを書くのが楽しく

アクセスが上がっていたんだけど、

ちょっと下がった時があった。

その数字見て、落ち込む私がいた。


「ブログ」は「外側」のもの。私自身ではない。


なのに一喜一憂するって

「私の価値を委ねてる」。

それに気づいて、


「私は価値がある」場所に立つことにした。


そしたら、

暇になる、やることなくなる、伝えることない、

って急に不安を感じた。


自分が空っぽになるような。


じゃあ今までは

「自分の価値を証明するためにやってたの?」


ってことよね。


きっとそうなんだと思う。


正直、それは私だけじゃなく

SNSを中心に活動してるほとんどの起業女性に当てはまると思ってる。


「自分の価値」を証明しなきゃ

が原動力の時代だった、というか。


悪いことでもないと思う。


SNS起業家は承認欲求とともに成長した💪


でも、もうそんな「価値の証明」は古い。


上手くいかなくなっていく。


そんな時代が終わっただけ。


「役割」がアイデンティティな時代の終わり。


というのが私の解釈。


数字が下がると不安になり、

反応が減ると自分の価値まで揺らぐ。


それでも私たちは、

「もっと出さなきゃ」

「ちゃんと伝えなきゃ」

「価値を証明しなきゃ」

と動き続けてきた。


でもそれは、

起業だからでも、SNSだからでもなく、

「役割で自分を保とうとしていた」だけ。


今、うまくいかなくなっているなら、

それは才能がないからじゃない。

やり方が間違っているからでもない。


「価値を証明するフェーズ」が、

終わっただけ。


これからは、

何者かになろうとしなくていい。

役に立とうとしなくていい。


すでに価値がある私として、

何を選ぶか。

どう在るか。


私を含め起業女性は今、

その問いに立たされているんじゃないかな。


起業女性が今、苦しいのは、

失敗しているからじゃない。

役割を生ききった証拠です。









夫と朝マック!



感じることが先、って気づいて


感情が動いたら、留まるようにしてる。


この辺りから↓




そしたらさ、


「好き」「嫌い」が出てきたよ。



あ、「嫌い」と思う女性、二人発見した。笑



今までは「嫌い」って自分の中にあるもの、


と思って向き合ったりしてたんだけど、


もちろん自分の中にあるとは思うけど、


今回は


単に「好み」として「嫌い」🤣🤣🤣



マックグリドルは初めて食べたけど、好き😍



ああ、私、「人を嫌ってはいけない」と思ってた。


でもさ、


「嫌い」を抑えてたら、



「好き」もわからんやろう‼️‼️


自分の「好き」「嫌い」を明確にすることは


自分の「世界観」を明確にする上で


大事。


それが「個性」だもんね。



だから嫌い、でいい。


と思ったら楽になったし


最近は自分を罪人扱いして、人を嫌うことも

許せてなかったかもしれない、と思うと


いい傾向だわ。



ちなみに一応、理由がある。笑


そこは向き合っている。


その結果、


在り方として、私はやらない、好みじゃない。


(具体的に知りたい人は直接聞いて🤣)


いちいち心乱されるなら、


私自身を深く見た方がいいけど。



あと、こういう在り方が「嫌い」なだけで


「その人」は嫌いじゃないかもしれない。


その思いは、相手の背景とか知ると簡単に変わりそう。



だから、「排除」「拒否」ではなく、


「嫌い」なまま存在させようと思う。


嫌いでいい、好みじゃない、を知るのは


自分を自由にさせるなあと思う。










私は以前、

「自分と向き合う」コミュニティを主宰していた。


5〜6年前かな。


真剣に自分と向き合う人たちが集まって、

それがすごく楽しかった。

同じところを見てる仲間というのが。


そして今、

改めて

「自分と向き合うことの大切さ」を

体感している。



自分と向き合うって、何かというと

自分の本音と向き合うこと。


「どうしたらいいかわからない」

って、ずっと頭が忙しいとき。


実はそこに

見たくない自分がいる。


本音はね、

真っ直ぐだから。


私はずっと

「見たくない自分」を否定してた。


特にこれ。


間違える自分、失敗する自分。


ほんと嫌。笑


だから

間違いを指摘されるのが苦手だったし、

「否定される」「責められる」

って思ってた。


内側で否定してると、

外側で「否定される出来事」が起きる。


これ、

本当に起きる。


避ければ避けるほど、

現象としてやってくる。


それを痛感した私は、


失敗と間違いを、歓迎することにした。


有名な話だけど、


大人気下着会社のCEO

サラ・ブレイクリー。


彼女の父親は、

毎日こう聞いたらしい。


「今日はどんな失敗をした?」


失敗してないと、

残念がった。


なぜなら

失敗=挑戦している証拠だから。


久しぶりに

この話を思い出した。



だから今日は、

「失敗してもいい」前提で過ごしてみた。


・連絡しようか迷ってた人に連絡した

・疑問に思ったことはすぐ質問した

・やりたいと思ってたことをオプチャに投げた


ひとつひとつは小さい。


でも

意識してなかったら

やってなかったと思う。


気づいたことがある。


失敗を怖がる人の

最高の結果は

「失敗しなかった」になる😂


でも今日は連絡も

「しておいてよかった」になったし

オールオッケーな1日だった。


失敗したら、

喜ぶくらいの勢いで明日もやる!


 

「自分の本音と向き合う機会」として

公式LINEを活用していきます!

・やりたいことが見えなくなったとき

・失敗が怖くて動けないとき

必要な人だけ、どうぞ。登録はこちらから↓