以前、日本経済新聞の感情労働の記事を読んだ。他の新聞では、コミュニケーション社会の崩壊記事に目が留まった。これらを読んで感じたことは、おそらくサービス業と言われている業種は、感情労働の部分が多い。そして一部の客のモラルの低下が著しいことである。
労働には、肉体労働・頭脳労働・感情労働と3つのスタイルがある
これは、アメリカの社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールドが提唱した労働のあり方で、相手に感謝や安心の気持ちを引き起こすために、「公的に観察可能な表情や身体的表現をつくるために行う感情の管理」と定義されている。
飛行機の客室乗務員や看護師、教師といった「ヒューマン・サービス」では、仕事の中で、「思いやり」「本当の笑顔」といった、本来人為的には作ることのできない感情を示すことが求められている。
ケアマネジャーの業務も感情労働といわれている。ある大学の先生も盛んに話されていた。共感や受容は疲れすぎると。疲れることが普通であることである。
なぜなら、サービス業における市場的な価値は、このような感情の提供によってもたらされるからであろう。しかし、サービス業の従事者も人間ですから、心の底から笑えないときもあるし、マナーの悪い客に腹が立ったり、落ち込んだりすることもある。そうした感情の自然な揺れを抑え、いかに自然な「笑顔」や「思いやり」を示すか、という点が、感情を使って労働している状態ということになる。
サービス業のプロフェッショナルは、このような感情のコントロールを、自分の仕事として明確に心得ているからこそ、最高のサービスを提供できる。しかし一方で、このような労働は、高度になればなるほど、自分を偽り、演技をすることを要求される。
対人援助職や対人サービス業の従事者に、燃え尽き症候群が多い、といわれるのも、自分の感情を省みず、消耗しまうからである。本当の自分と偽りの自分に大きなギャップを感じてしまう。
今後、よりよいサービスを追求するには、従事者が燃え尽きる前に、こうした感情面でのケアも不可欠になってくるに違いない。「笑顔」や「真心」というものも、サービス業においては立派に感情を管理して、ネガティブな感情を抑えつけ、肯定的な感情だけを提供している。常に感情的に演技をしている状態を続けることで、感情的なエネルギーが枯渇してしまう結果、バーンアウト(燃え尽き)が生じている。また過酷な労働条件を突きつけられており大きな犠牲が伴っている。
また、最近の社会は、話す必要の無い生活が送れる状況がある。演じられ笑顔に感動もしない。真心も感じない。そんなものを実は求めていない。コンビ二に行けば会話無く物が買える。鉄道やバスにおいても会話が要らない。自動改札や表示に従って、カードをかざしたり、現金を投入するだけで目的地に到着できる。日常生活も携帯電話やメールで済まされ、それすら面倒になれば、略語で感情を抜いてしまう。KYに代表される略語である。政治においてもこれが使われていた。いつかのKY内閣である。
分かる人は意味が分かるが、分からない人は分からない。歴代の総理大臣も究極のサービス業の感情労働に疲れた。おそらく、コミュニーケーションすら、シャットダウンしただろう。
日経の記事ではコンビ二のお湯を自分の持ち込んだカップラーメンに利用する人や地図を勝手にコピーする人など無茶苦茶らしい。中に座り込んで時間を過ごす者や生活に近い者もいるらしい。
新幹線の改札では切符を持たない者が1日200人~300人もいるらしい。この状況から推察できることは本当に崩壊しているんだということ。コンビ二店長も鉄道マンも疲れ切ってしまう。この感情をどうすればいいのかと悩んでいるだろう。
ケアマネジャーにおいては、まさにシャドウワーク(影の仕事)である。陽光の当たらない仕事といった方がいいかもしれない。再生産労働というか非生産労働というか建設的な労働でもないけれど、必要な仕事にはなっている。
同列で例えれば、家事・子育て・教育と言われているが、正解を導くにくい。日本人は、常に正解を追い求めている。日本の教育がそういうシステムであったはずだ。社会に出ると正解がないことに驚いてしまう若者もいる。当たり前である。こうなると正解がないとそれに代替するものや転化(転嫁)するものを探す。しかし探せない。中には他人に押し付けたり、責任をなすりつけるものもいる。しかし多くの人はそこまでしたくない。
だから、比較的簡単にできるものをする。それは、責任を負わなくて済むように保身に走ることである。
断言しない。安請け負いしない。主導しないことであろう。市役所の人も同じである。市役所の人もケアマネジャーに聞いてくださいという。それは、市役所の人だからである。
ケアマネジャーも同じで、市役所に聞いてみますという。それはケアマネジャーだからである。
ケアマネジャーも塩を舐めて生きていけない。霞を食っても生活が出来ない。そして責任も負えない。
しかし、相手に対し、信頼を得るためにコミュニケーションを取る。つまり会話などで交流を持つ。
しかし、結びの会話は、市役所に確認してみますであろう。 それは返還が怖いから・・・・・
正解があれば楽なんだけどね・・・・・