京都府立医科大(京都市上京区)は14日、認知症の兆候の早期発見を目指す「認知症・脳検診」を始めると発表した。新たにNIRS(近赤外線分光法)装置を使い、前頭葉活動の測定結果も踏まえて総合判定する世界でも例のない検査という。

 口頭の質問や筆記で行う認知機能検査(MMSE)に加え、脳の病変を調べるMRI(磁気共鳴画像装置)、血流の状態から脳の活性化を調べるNIRS装置による検査を実施する。認知症につながるような軽度の機能障害があるかどうかを、神経内科医が総合的に判定する。
 
 NIRS装置による検査は、動物や野菜の単語をできるだけ多く言ってもらいながら、前頭葉がどのように活動しているのか、反応の遅れはないかなどを血流から判定する。
 
 この日、山岸久一学長が装置を付けて実演した。途中で単語が途切れ、苦笑いする場面もあったが、脳の反応は良好だったという。
 
 担当の中川正法教授(神経内科学)は「認知症は薬だけでなく、周囲が配慮することでも進行を遅らせることができる。早期発見につなげたい」と話す。
 
 検診は20日から週1回1人に実施する。研究のための奨学寄付として1回10万円が必要。 【京都新聞】
 以前、日本経済新聞の感情労働の記事を読んだ。他の新聞では、コミュニケーション社会の崩壊記事に目が留まった。これらを読んで感じたことは、おそらくサービス業と言われている業種は、感情労働の部分が多い。そして一部の客のモラルの低下が著しいことである。

 労働には、肉体労働・頭脳労働・感情労働と3つのスタイルがある
これは、アメリカの社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールドが提唱した労働のあり方で、相手に感謝や安心の気持ちを引き起こすために、「公的に観察可能な表情や身体的表現をつくるために行う感情の管理」と定義されている。

 飛行機の客室乗務員や看護師、教師といった「ヒューマン・サービス」では、仕事の中で、「思いやり」「本当の笑顔」といった、本来人為的には作ることのできない感情を示すことが求められている。
ケアマネジャーの業務も感情労働といわれている。ある大学の先生も盛んに話されていた。共感や受容は疲れすぎると。疲れることが普通であることである。

 なぜなら、サービス業における市場的な価値は、このような感情の提供によってもたらされるからであろう。しかし、サービス業の従事者も人間ですから、心の底から笑えないときもあるし、マナーの悪い客に腹が立ったり、落ち込んだりすることもある。そうした感情の自然な揺れを抑え、いかに自然な「笑顔」や「思いやり」を示すか、という点が、感情を使って労働している状態ということになる。
 
 サービス業のプロフェッショナルは、このような感情のコントロールを、自分の仕事として明確に心得ているからこそ、最高のサービスを提供できる。しかし一方で、このような労働は、高度になればなるほど、自分を偽り、演技をすることを要求される。

 対人援助職や対人サービス業の従事者に、燃え尽き症候群が多い、といわれるのも、自分の感情を省みず、消耗しまうからである。本当の自分と偽りの自分に大きなギャップを感じてしまう。
 
 今後、よりよいサービスを追求するには、従事者が燃え尽きる前に、こうした感情面でのケアも不可欠になってくるに違いない。「笑顔」や「真心」というものも、サービス業においては立派に感情を管理して、ネガティブな感情を抑えつけ、肯定的な感情だけを提供している。常に感情的に演技をしている状態を続けることで、感情的なエネルギーが枯渇してしまう結果、バーンアウト(燃え尽き)が生じている。また過酷な労働条件を突きつけられており大きな犠牲が伴っている。

 また、最近の社会は、話す必要の無い生活が送れる状況がある。演じられ笑顔に感動もしない。真心も感じない。そんなものを実は求めていない。コンビ二に行けば会話無く物が買える。鉄道やバスにおいても会話が要らない。自動改札や表示に従って、カードをかざしたり、現金を投入するだけで目的地に到着できる。日常生活も携帯電話やメールで済まされ、それすら面倒になれば、略語で感情を抜いてしまう。KYに代表される略語である。政治においてもこれが使われていた。いつかのKY内閣である。

 分かる人は意味が分かるが、分からない人は分からない。歴代の総理大臣も究極のサービス業の感情労働に疲れた。おそらく、コミュニーケーションすら、シャットダウンしただろう。

 日経の記事ではコンビ二のお湯を自分の持ち込んだカップラーメンに利用する人や地図を勝手にコピーする人など無茶苦茶らしい。中に座り込んで時間を過ごす者や生活に近い者もいるらしい。

 新幹線の改札では切符を持たない者が1日200人~300人もいるらしい。この状況から推察できることは本当に崩壊しているんだということ。コンビ二店長も鉄道マンも疲れ切ってしまう。この感情をどうすればいいのかと悩んでいるだろう。

 ケアマネジャーにおいては、まさにシャドウワーク(影の仕事)である。陽光の当たらない仕事といった方がいいかもしれない。再生産労働というか非生産労働というか建設的な労働でもないけれど、必要な仕事にはなっている。

 同列で例えれば、家事・子育て・教育と言われているが、正解を導くにくい。日本人は、常に正解を追い求めている。日本の教育がそういうシステムであったはずだ。社会に出ると正解がないことに驚いてしまう若者もいる。当たり前である。こうなると正解がないとそれに代替するものや転化(転嫁)するものを探す。しかし探せない。中には他人に押し付けたり、責任をなすりつけるものもいる。しかし多くの人はそこまでしたくない。

 だから、比較的簡単にできるものをする。それは、責任を負わなくて済むように保身に走ることである。
断言しない。安請け負いしない。主導しないことであろう。市役所の人も同じである。市役所の人もケアマネジャーに聞いてくださいという。それは、市役所の人だからである。

 ケアマネジャーも同じで、市役所に聞いてみますという。それはケアマネジャーだからである。
ケアマネジャーも塩を舐めて生きていけない。霞を食っても生活が出来ない。そして責任も負えない。
しかし、相手に対し、信頼を得るためにコミュニケーションを取る。つまり会話などで交流を持つ。
しかし、結びの会話は、市役所に確認してみますであろう。 それは返還が怖いから・・・・・

 正解があれば楽なんだけどね・・・・・
 



木村威夫(きむら・たけお)氏が映画史上最高齢(90歳)で昨年に長編監督デビューを果たしギネスブックに載った。その新作『黄金花 ~秘すれば花、死すれば蝶~』が11月下旬に公開される。

この物語の舞台は、老人ホーム「浴陽荘」である。役者、板前、バーのママなど個性ある前歴を持つ老人たちが身を寄せながら生活していく。そして、それぞれの来し方行く末に思いを馳せつつ日々を過ごしている。

主役の老博士を演じるのは原田芳雄。遊びも女も顧みず研究一筋で迎えた80歳の誕生日、あるテレビニュースをきっかけに、封印したはずの記憶が押し寄せてくる。観る人の魂の遍歴へ誘う、夢とも現実ともつかない独特の演出スタイルは、鈴木清順らとの仕事で馴らした、ベテラン美術監督ならでは。客員教授を勤める京都造形芸術大学の学生も多数、制作に参加した。

 共演は、介護士長役に松坂慶子、ホーム長役に長門裕之。前作『夢のまにまに』主演の長門は、妻・南田洋子の介護生活を激白したことでも話題になった。監督の木村威夫も老人ホームで認知症の妻を介護した経験を持つ。「老夫婦の有様をドキュメンタリータッチで映像に収めれば間違いないものが出来上がるが、どうにも、その気になれない。自分もいつ『ボケる』のかもしれず・・・」(フライヤーより、木村監督の談)

公開はシネマート新宿(東京都)を皮切りに11月から、その後は全国で配給予定。

1931年(昭和6年)、中央盲人福祉協会の提唱によって失明予防の運動としてこの日が「視力保存デー」と定められました。その後、1938年(昭和13年)に日本眼科医会の申し出によって、9月18日が「目の記念日」として改められます。戦時中一時活動は中止されていましたが、1947年(昭和22年)中央盲人福祉協会が再び10月10日を「目の愛護デー」と定め、現在では厚生労働省が主催となって毎年目の健康に関わる活動が進められています。
山井和則厚生労働政務官は、10月1日に開かれた政務三役会議後の記者会見で、今月から見直された要介護認定方法が実際に判定される要介護度にどのように影響するかの調査を行い、12月中に結果をまとめる方針を示した。