①仕事関係での好きな言葉
 「ソーシャルワークはアートである」
②社会福祉に思うこと
 
 社会福祉とは何か?」

 がはやく明確になったらいいなあと思います。
 誤解や独断が延々と続いています

 最近は国家が財政を理由に福祉の理念をシレッと歪めようとしています(例として「処遇改善加算の利用者負担」)。
③社会福祉の仕事に必要なこと

 介護保険と精神保健福祉についての知識・技術があると面接技術が飛躍的にアップします。


  • 15 Oct
    • 人格障害者は救われることはない

      ※言ってることがコロコロ変わっているみたいですいません!人を迷惑がらせることにしか生き甲斐がない。ということは救いようがないのである。私は松永太を人格障害者のモルモットとして拷問すべきと思う。おそらく、「痛い!」「やめてくれ!」の反応はあるだろうけど、何がどうして悪いことなのかは理解できないと思う。この理解のなさが人格障害者の特徴なのである。そうなってくると社会から断絶し隔離するしか対策がなくなってくる。

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  • 13 Oct
    • 人格障害者の更生とは何か?

      シンプルである。・口を慎むこと・下から下から人と接すること・感謝の気持ちを持つこと少なくとも被害者に対しては一生涯この態度を貫かねばならない。その上で死後に初めて「あの人は更生した」という救いが得られるのである。それができないなら人格障害者として後ろ指をさされ続け差別されるであろう。「口ばかり達者で行動が伴わない」「上からでしか人間関係を作ろうとしない」「恩より粗で人を見ようとする」「自分の罪を簡単に消し去ろうとしたがる」これが彼らの特徴である。だからトラブルが続くし人から気持ち悪がられるのである。

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  • 10 Oct
    • 松永太の息子がTV出演

      この息子を世論がどのように受け入れていくか?・ ザ・ノンフィクション 10月15日(日)放送人殺しの息子と呼ばれて…自分の正体を隠して生きる一人の青年がいます。北九州市に住む会社員の男性、24歳。彼の両親は、日本の犯罪史上、類を見ないと言われた、あの「北九州連続監禁殺人事件」の犯人。父親は、松永太死刑囚。母親は、無期懲役の緒方純子受刑者。命を奪われたのは、親族ら7人。その殺害方法が残虐すぎて、メディアも報道を差し控えたほどでした。両親が逮捕され、息子が保護されたのは9歳の時。その後、息子を待ち受けていたのは、冷たすぎる社会でした。今回、メディアとして初めて取材が実現。10時間に及ぶインタビューの中で語られたその内容は、私たちの想像をはるかに越える壮絶なものでした。殺人犯の息子に生まれてしまったがために日陰の人生を歩まざるを得なかった24歳青年のあまりに悲しき人生の告白です。・息子(2002年頃の記事)この子は松永太(40)、緒方純子(40)両被告=監禁致傷の罪で起訴=の長男。児童相談所の職員が「これからどうしたいか」と尋ねると、「人生をやり直したい」と答えた。どういう意味か聞き直すと、「あまり面白いことがなかったから。0歳からやり直したい」と話したという。9歳の子は弟(6)と、山口県に住む女性が両被告に預けた双子(6)とともに3月7日保護された。各地を転々とする生活で、外出も限られていたため室内で過ごす時間が長く、手足が細かった。偽名を使うように言い聞かされていたらしく、心も閉ざしがちだったという。学校にも通ったことがなかったため、市内の小学校の3年生に編入され、5日から通い始めた。「友だちが多くて名前を覚えるのが大変」などと笑顔で話すようになり、学校の友だちも遊びに来るなど明るくなった。児童施設では同学年の子どもと3~4人用の部屋で生活し、「3食温かいご飯が食べられる」と楽しそうにしているという。弟と双子の男の子3人は10日、市内の小学校に入学した。・母親(緒方純子の最終意見陳述)私には二人のこどもがおります。これから一生を通じ、広く世間の皆様に育てていただくことになります。彼らが生きてゆく社会がよりよいものであって欲しい。そして、その思いは今、すべての子供たちに向かっております。子供が巻き込まれた事件を耳にするたびに、わが身を苛まれ、いたたまれなくなります。どうか子供たちを取り巻くこの社会が、少なくとも子供たちにとって安全で、より良いものであって欲しい。・ブログ管理人の厳しい見解 ストレートに受け止めれば同情を禁じえないものの支援を求めての釣りでないかどうかを見極めなければならない。支援においては直接的ではなく必ず間接的な方法に限定して行わなければならないであろう。不運すぎるが拉致被害者等も存在する昨今、やはり、本人が自身で自分の人生に立ち向かう以外なかろうと思う。簡単にはいえないが決して世間のせいだけにはしないでほしい。そして父を憎み続けることを忘れないでほしいし、父がなぜああなったかも考えてほしい。当事者の意見に勝るものはないと思う。

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  • 09 Oct
    • 人格障害者はごく身近にいる

      「消された一家」を読まれた方の中にはしばしば、同じような手口の人がいるとコメントする人がいる。まさしくその通りで世の中、善人ばかりではなく黒いのもたくさんあるのである。なんでそういうのが出現したのかについては過去記事のコレを読んでいただきたい。・「松永がもし頭が良かったら」 あんなに大きな事件にもならず被害も少なかっただろう。あれだけの何度も人を騙すことができているのだから普通は死者が出ない方法で金だけ取ってトンズラするだろう。ここの所はいかにこの男のスキの甘さを如実に物語る。 で、何を言いたいかと言うと、松永より頭の良い人格障害者の場合は捕まることもなく、事件になることもなく、ほどほどのところの迷惑でトンズラしていると言うことである。この場合、訴えることができなければ悪事がそのまま、現在も進行形で存在していると言うことである。 そう言ったわけで1日も早く人格障害者対策の法整備を急がれたい。 最近思うのは人格障害者に共通する特徴を元に簡易的なチェックリストを作成することと思っている。それに多く該当する者があれば注意喚起できるようなものを作りたい。

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  • 08 Oct
    • 人格障害者(松永太ww)はなぜ反省しないのか

      映像あり①バカだから「自分のやった行為が指示にはあたらない」と本気で思っている。②バカだから「やっていないで貫き通せばやってないと思う人間が絶対出てくるはず。」という思い込み。→妄想?③開き直り捕まった以上は人生終わりなんだから反省などしない。④うぬぼれ「緒方一家がやった事にして自分はトンズラすれば良い。自分にはそれができる。裁判よりも世論よりも俺の方が頭はいい。」と思い込んでいる。→全て覆され一審から死刑を誰もが断定。評判の悪かった学生時代〜ブラック企業のワールド時代〜結婚詐欺時代〜事件に至るまで。誰もが獲得するソーシャルスキルが足らなくて気づいたらこんなに話が大きくなっていた。っていう感覚しかないほど人格障害者の頭の中は現実味がないとうことである。私がこれまで関わったクライアントにも本人の前で動かぬ証拠を出しても、まだ、否認する者がいた。最終的には精神疾患として精神病院に送ったが、松永の場合も精神疾患として専門家にモルモットとして研究させてほしいものだ。

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  • 05 Oct
    • 「死刑執行」の前に出来ること

      ここ数日は事件を元に「人格障害者」についてバタバタとブログを書いた。書いたというより書かねば!という使命感に駆られた。今後は、事件からやや離れ具体的な「人格障害者対策」としての法整備や政策について提案をしていきたいと思う。死刑囚の中でも疑いが濃いにもかからわず「否認」し「無罪を主張」し続けているものもいる。その中でも特に凶悪犯罪(拷問やマインドコントロールによる仲たがいを利用した犯罪など)として社会に及ぼす影響が大きかった者については、「単なる死刑」の扱いではなく別の対策を設けるできである。これらについての取り扱いを再検討すべきである。判決から死刑執行までの期間が設けられていないのはそのための猶予かもしれない。しかし、裁判の席でも明らかに反省の色がうかがえない、それどころか冒涜しているものについては、自主的な反省を待つのではなく積極的に自白させる必要がある。「強制的自己反省刑」などのネーミングで死刑と無期懲役の間にもうひとつ刑罰を増やすべきである。内容は、通電や暴力を考えては見たが、これらは逆に記憶に障害を与えたり自供しにくくなる恐れがあるので方法は古今東西いろいろな形で有識者に限定してシークレットで議論し決定するのがよい(松永については美人捜査官に釣られて簡単に「人生のポリシー」を供述していることからムチではなくアメに釣られやすいことがわかっている)。あくまで自供させることと反省させることが目的で痛ぶることが目的ではない(痛ぶるのが目的ならばさせられる側は仕事とはいえ辛いだろう)。その第一号をわが国では松永太で行えばよいのである。なぜならば松永は親や友達がまったく出てこないことからバックに団体や支援者の存在が見られないため本人擁護の圧力がかかりそうにないからである。孤立しているから世論の判断で強制できるwww

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  • 03 Oct
    • 【断言する】「消された一家」を読んでも怖がる必要はまったくないwwwwwwww

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon ①描写がグロいから怖くなる。描写はしょうがないだろう、事実だし緒方が事細かに喋ったわけだから。説明がリアルすぎたのである(ま、それによって「無期懲役」を勝ち取れたわけだが)。②疑問が解決しないから怖くなる。疑問とは、「人間・松永がなぜあそこまでのことをしたのか(できたのか)?」これが同じ人間として理解できないからである。緒方でさえもそれがわからないと言っており、「裁判で本当のことを話してくれることを期待していた。」と語っている。結局、語らなかったので「ブザマ(=卑怯者。根性なし。)」と切り捨てている。また、「今は怒りはあるが憎しみはなく、哀れに思えた。愛情はもちろん全くない(←wwwwwww)」と語っている。そして、「自分の人生を歩みたい(=かかわるだけ時間が無駄)」と締めている。これまでにも書いたが、簡単に言うと、人格障害者だったからである。しかし、統合失調症(幻覚妄想などある病気)ではないので責任能力を問われることはない。もう少し、詳しく理由を説明すると、家庭環境が原因(親が厳しく優等生を演じさせられていた、ボンボンでソーシャルスキルが育っておらず適応障害を起こしていたなど)で一般家庭の平凡な他者に嫉妬深かった、ということである。こういうのはゴロゴロいるじゃないかwwww人格障害者らしくてストンと落ちる。問題は、本人(または両親や友人など)がここのところを全然語ってなく疑問のまま残っているからスッキリしないのである!緒方の供述は詳細であるのに反し、松永の供述はあまりにも中身がスカスカで何も見えないから何度読んでもわからなくなるのである。著者の豊田正義さんも何もわからないままとガッカリされている。語りなさい!語りなさい!何か決定的な幼少期のトラウマとかがあるはず!③読了後にやりきれなくなり元気がなくなってしまう。この読書に費やしたエネルギーが全て徒労に感じられるのである。人格障害者のケースと関わると、魂胆が見え透いていて、態度があまりにも世の中をなめすぎていて、どうしようもねえヘタレだな。と感じることが多い。同様に、松永程度のどうしようもないヘタレにこれだけのことをされてしまったそのやりきれなさにガッカリさせられてしまうのである。裁判でも傍聴席で笑いが出た後ドッとため息が漏れているし、著者も「こんな男のこんな口先でどうして多くの犠牲者が出たのかやりきれなくなる」と書いている。しかし、これも解決済みで、体裁を気にしすぎた、弱みを握られた、田舎だった、平和な家庭だったのでブッソウなことに耐性がほとんどなかった、服従させられた(決して騙せていたわけではない)せいである。私は仕事で人格障害者を手玉にとりながら適当にイジリ、そのブザマな行く末を哀れんでいる。「自業自得だろ。お前の人生なんか知らんわ。」と。そして家族を守ることを優先的に考えて調整に当たっている。私はこの事件や松永に怖さはなにもない。もし目の前にきたらすかさず、「デンキ!」と言って準備に入り、本人がブルっているのを見て、「うっそピョーン!」と遊び倒す自信がある。とはいえ、緒方同様、怒りはある。平凡な庶民の暮らしを脅かしたことに対してケジメは必ず取らせる。「鬼畜の所業」かなんかしらんが庶民をなめるな!

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    • 【わかりやすく】人格障害者がヘタレである理由

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon これを見れば誰でも理解できます!・松永太のプロフィール女好き、酒好き、SEXで何時間も舐めるのが好き、大金をあっという間に使い金に困る、職歴はお菓子屋10日のみ、会社の経営能力がゼロでブラック企業にしてしまう、声がデカイ、目立ちたがる、自慢話をする、服やメガネのセンスが悪い、嘘ばかりで実力は無能、不純異性行為で高校中退、自分で何も出来ない、多額の借金がある、詐欺罪で指名手配、大量殺人で1人だけ死刑宣告(美人捜査官に引っかかり簡単に急所をゲロってしまったため)、刑務所ではペコペコした態度、親や親戚から見捨てられる。→人から褒められる要素が一個もない、ただのヘタレwwwwwwwwww。ただの小物。・松永太の将来の姿「これがあの松永なのか!?」と目を違うほどの腑抜けな様子。口をポカーンと開け、気力も覇気も全く感じられず、ただ息をしているだけ。着るものや身に付けるものも無頓着でくたびれた感じで髪は伸びっぱなしでボサボサ、歩くのもゆっくり目で、看守から度々注意される。「自分はやってないです。」を時々独り言のように何度もブツブツつぶやく。気持ち悪い。刑務所にマインドコントロールされる日々を送っている。人格障害者などしょせんそんなもんである。

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    • 人格障害者を作らないためにどうしたらよいか・ならないためにどうしたらよいか

      ・坊ちゃん嬢ちゃん教育の排除幼い頃から高価なものが勝手に買い与えられてしまう。日常的に高価なものばかり使ってしまう。これで育つとそれ以下のものを使うのが苦痛になる。そこそこ標準的なものに留めておけば良い。また、あくまで買い与えられたものなので本人が自分で獲得する能力が育たない。人格障害者特有の人を使いたがる心理、借金癖、金銭管理能力のなさは一目瞭然である。・拝金主義に注意 不況が長引いている。お金は大切だが幸せの優先順位の1番ではない。お金を何に使ったかどうかで幸せは決まる。何でもかんでもブランド品を身につけ、高価なものしか信じられないというのは完全に商業主義に踊らされた姿である。セレブになるまでの苦労や努力に興味津々になれば人格障害者にはならない。セレブの姿や暮らしぶりだけに目を奪われるのはかなり危うい。なぜならば人格障害者がおこした凶悪犯罪の犯行動機のほぼ9割は恨みつらみではなく金だからだ。金に執着が強すぎる人間はマズイ。・肩書きより実績 肩書きは立派なのに中身は無能。人格障害の典型である。 肩書きを忘れてしまうほどの実績があってこそ優れた人の特徴である。実績とは、「何をした人なのか。これまで何をして生きてきた人なのか。」である。 肩書きばかり繰り返したり、肩書きを自分の中心に置く人は人格障害者になってしまう。・要領主義の見直し受験や資格などの取得においては必要なことであるが、要領ばかり身に付けようとするのは人格障害者になる。調べる苦労、覚える苦労、読む苦労、書く苦労により人はストイックを身につけ価値を生む。インターネットで宿題を調べるのではなく自分の頭で考えて答えを導き出す教育が重要とされるのもここにある。実際、人格障害者は勤労の意欲が低く、根気がなく、長続きできず、セカセカしやすく、平社員より管理する側に回りたがる。コツコツ地道なことをする能力が極端に低く、短絡思考ばかりなのである。もうひとつ面白いのは管理する側についた後も苦手な仕事は無視するか平社員に責任を負わせようとするのである。・対話能力の向上 頭の回転が速い人は知識も豊富でつい、多弁的で一方的になりがちである、しかし、相手の話を受け止めゆっくりとわかりやすく理解させられてこそ能力である。多弁的、一方的はイコール自分の要求の押し付けとなり人格障害者のコミュニケーションの典型的な特徴である。自然なコミュニケーションとは対話であり、受け答えであり、意思表示と伝達を相互に対等にすることである。人の話を聞くのが嫌だという人は一刻も早くその体質を改めなければならない。案外、頭の回転や知識量ではなく万能感や自意識過剰、傲慢が原因で人格障害者そのものである場合が多い。 ・異常ないやらしさ恋愛もSEXも悪いことではない。もう少し注意深く人を見たほうがいい。人からよく思われたい、モテたい、チヤホヤされたいは結局のところ人格障害者特有の支配欲や征服欲、あるいは万能感と同一である。自分の自由は自分の自由、他人の自由は他人の自由と考えるのが当たり前の人間である。人生は普通、坦々と必要な人とだけ関わっていけば良いはずである。また、特に性的なものに執着し過ぎるタイプはかなり危うい。不特定多数との性関係を求め続けてやまない感覚は人格障害者であり、限度のコントロールができていない特徴である。目立った男好き女好きは人格障害者になる。・対等な人間関係を作れないのは人格障害者人格障害者の人間関係を見ると多くが上下関係、主従関係である場合が多い。そういった関係しか築けないのはおかしい。なんでも言い合える家族や友人、利害関係ではない仕事の取引、これで初めて正常な関係であることを肝に命じてほしい。最初から対等な関係を望まないのは無理な要求や恩着せがましさなどバックグランドに隠れているからであり、能力の低い人間のすることである。繰り返しになるが人格障害は人を使いたがり、自分自身は中身がないものがほとんどである。自分で自分のケツをふけるならば対等な関係は築けるものである。・ナルシスト世の中全体のために、みんなのために何かをする発想が人格障害者にはない。30代以降で自分が1番偉い、誰よりも優れているなどといった発想はナルシストでありまさしく人格障害の本性を出す。

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  • 02 Oct
    • 人格障害を生み出す原因。(松永太から推測)

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon TV番組平成オンナの事件簿単純に松永太もほかの例と同じで家庭環境や養育に原因があっただろうと思う。たいていは成育歴から何か見えてくる。推測では、経営者である父から行動パターン(判断基準、人を動かす手法など)の何かを影響されているだろう。さらに経営者の息子であり、ボンボン育ちかつ、(成績が良い点から)褒められぱなしで育ったであろうが、反面、父親の存在は怖く蛇に睨まれた蛙のようにして家では優等生をふるまっていたと推測する。・人を使いたがる心理松永の生い立ちや生育については、面白いことに、ワールドの従業員や学校の先生からのコメントはあるものの学生時代の親や取り巻きだった友人からは一切ないのである。特に親から何も得られていないのはほかの事件と全く異なる特殊な事件である。たいていは何らか出てくるものである。金に目がくらむタイプの詐欺事件は今の時代ゴロゴロしてるし、その多くは必ず親からも金を引っ張っていたことがあるのがほとんどである。しかし、この松永太においては親から金を無心したというのは見当たらず、ターゲットはすべて他人なのである。おそらく親(特に父)だけは唯一頭の上がらない存在で、相当に手ごわい相手かつ絶対服従の関係だったのでは?と推測する。その反動から人に対しての征服欲なるものが高まったのではないか?・金銭感覚と管理能力の欠落もうひとつ面白いのは相当な金額を巻き上げているにもかからわず、全部使いきってしまうのである。もともとボンボンで買い与えられるばかりで育っており高額なものが当たり前で世間一般の相場に疎かったんだろうと思う。ワールド時代の一晩の飲み代が7~8万で、時には高級クラブを貸切ることもあったとのことから、松永自体長年ボッタクラレていたということである。嫉妬深いくせにこの辺りは素直なのはやっぱ何らかの感覚が欠落していて人格障害らしくて面白い。この男が能力が高いのなら、もっと交渉して値切るかもっとお得感のある店を探すくらいのことはしただろう。とはいえ見栄張りなタイプなので高い店で現金でボンッ!と払うことが快感だったのだろう(あるいはケチなどつけようものなら後ろから怖い人が出てきて怒られるのをビビっていたのだろうかww)。この辺も非常に自己コントロールができておらず能力が低い。まともな収入がないんだから抑えて使うはずだがそれができず、なくなればまた人を騙して引っ張ってくればよいという発想はまさしく人格障害の基本中の基本である。・現実吟味能力のなさ。「逮捕されないために、緒方家を救うために善意で自分はアドバイスしただけだ」と主張し、「その見返りに金をもらっただけ。助言しかしてないのだから罪にはならないはず」との主張である。裁判で顕著だが松永は理論で勝てばすべて正しいと思い込んでいるのである。これだけ死者が出て残ったのが男は松永一人、かつ一切の被害を受けていない時点で主謀者として確定してしまうのは当たり前のことである。恭子や緒方の自供も想定した上で論争で裁判官や緒方の弁護団にも負けない自信があったのだろうか?自惚れと自意識過剰も甚だしすぎないか。遺体をすべて消しても虐待の事実が物的証拠として繰り返し確認され、それに加え以前の指名手配や詐欺事件もあり、「裁判の勝ち方など過去の判例から得られる知識」程度しか頼るものがない状況でいまだに論争するあたりが現実能力の極端な欠落であり人格障害の典型である。緒方が寝返った時点で正気の人ならあきらめるものである。往生際の悪さは人格障害そのもの。・無反省の悪態 否認を続け悪態づくあたりは、「自分は悪くない」「他人がすべて悪い」で人格障害の典型であり、松永も全く同じである。 前項とも関連してくるがまず緒方の寝返りを転機に、自分の罪を認めたうえでなぜ自分はこのような人間になったのか?を語り始めればよかったのである。他の事件では「親が悪い」「社会が悪い」「妻が、上司が、友達が~」といろいろ出てくるものである。残念なのは否認がその後も最後まで続けられて裁判が終わったことである。 もし、仮に罪の一部でもいいから認めて自分について語っておればおそらく生い立ちなど何らか導き出せたのではないかと思う。さらには(松永、よく読め。ここ大事だぞ!)、これだけのムゴイことをしたのだから、世論を納得させられるだけの「正当な理由」があれば減刑の対象や情状酌量の対象になったりはしなかっただろうか?自分の生い立ちを絶対語るべきだったと思う。 結局唯一は、美人検察官に釣られて出た「人生のポリシー」だけしか残らなかったのである。 

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  • 01 Oct
    • 人格障害者はヘタレである。松永太は怖い存在ではなくただキモイだけ。

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon この本をはじめて読んだときは、怖い、疑問→怒り→なぜか何度も読んでしまう。を繰り返した。最初にこの事件を知ってから少しして、ハッキリと松永太がヘタレだと見破った。(別に毎日このことばかり追っていたわけでは全然ないが)時間の無駄!この事件を自身から切り離し、こういった異常世界は別の世界の話(軽く知っておいて気を付けることは必要)として平和でハッピーな人生を謳歌することに全力を注ぎたくなる。軽蔑と嫌悪の気持ちも少なからずある。逮捕から1年以内で緒方でさえも松永という男を見定め、無様だと気づいて以来、自分のことばかり考える努力をし始めたているのである。今となっては、「単に口がうまい人間の勢いに乗せられただけの事件であったこと」をあまりに残念に感じている。そして、幸せな人生を送ることが人格障害者への何よりの攻撃になることが快感である。人格障害者・松永は腰を低くし物腰をやわらかくして話し、第一印象をよく見せようとする。それに騙されるのは誰でもよくあることで仕方がない。以下、嫌いだとか許せないからといった感情はひとまず一切捨てて、冷静に公平に松永の行動だけを例に人格障害者のソーシャルスキルが高くなく、むしろ結果的にはヘタレであることを証明する。※途中、松永太をヘタレ、ザマア、無能、ww、頭が悪いなどの「ややレベルの低い言葉」で表現するがこれは私のストレス解消などではなく、事実として現実としてこれ以外に適格な表現がなかったので、あえてこの言葉で表現したということである。・作り話能力はきわめて低い。ただ大きい声でベラベラ喋るのでビックリされただけ。冷静に見れば、ただのハッタリ、見栄張り、自慢話の連発である。(潜水艦から電話をかけている話に捜査官から笑われ、競馬の話は高齢者である虎谷氏の父にすぐ気づかれている、女への口説き文句など聞いているだけでもこっちが恥ずかしくなってくるほどの内容で、さすが人格障害であるww)また、話が一方的では相手は確認もできない。一般的にはこういう話を聞かない人は信用されない。結婚や恋愛をダシにして女性に近づくから一部は騙せただけ。また、あらかじめ騙せそうな人に絞り込んでいるため、ほとんどの人には通用しないし、弱みを握らなければなにもできない。通常の社会生活を送る標準的な日本人を騙すほどの作り話の能力はない。引っかかったのは全人類のほんの何人かだけであるという事実。松永からわかることは、拘置所でのペコペコが本来の姿。人とトラブルにならないようにいい印象に努めニコニコしているだけ。人を騙すときにはそれに、「自慢話のハッタリ」を加えていたというだけのこと。社会人ともなると「論より証拠」で実績が大事である。「仕事はできるであろう」と逮捕後に接見したことのある人のコメントがあったが、唯一の就職である福岡市のお菓子屋は10日でやめており職歴が短すぎる。普通の会社では標準以下の実績も作れないだろう。浄水器販売やアムウェイなどのマルチ商法ではある程度使えたかもしれないが当たり前の労働たる労働についてはまったくの無能で終わっていただろう。さらに、多額の金を巻き上げてもまったく残らず金銭管理能力ゼロ。酒に飲まれてしまう傾向も強い。大惨事に発展していることから物事をほどほどで抑制することができない頭の悪さがうかがえる。自分自身のマインドコントロールが人格障害者は全くできていないwww・この男が所有する本来の能力は人並み以下でほとんどゼロに近い。学歴は高校中退してるし、職歴ほとんどなし、会社経営は無能、女性との関係においても人間性に惚れられたことは一度もない。関係を持つ最初はほとんど合意に基づくものでなく強引な性交ばかりである。恥ずかしいww。緒方も最初2回くらいまでは積極的に興味は感じていない。2回目では松永は強引なキスを拒絶されているしww、3回目に強引にラブホに連れて行かれ関係を持ってからやっと信用され始めているのである。言ってみればあの純子においても、お得意の第一印象では騙せていなかったのである。第一印象での直感的な判断は大事である。おそらく松永太に口説かれたことのある女性の多くはすぐに「キモイ!」「態度が偉そうで不快」「怪しすぎる」と1回でキッパリ切り捨てている。ということで大人になって以降で実際に本人が持つもので人に誇れるものは何一つない。せいぜい親が会社をやっていたことくらいだろうwwまた、繰り返すが頭が悪すぎる。松永は口が達者であるとされ、流暢な言語能力は知的能力のひとつとして専門書でも評価されているが、居酒屋などで酒の勢いでベラベラ喋るやつなんかもそのへんにいるわけだからあまり知的能力とは関係ない。本当に知的能力が高ければこんな大惨事になる前にほどほどでやめて楽しみが継続するように抑える計算が脳で働くはずであり世の中の多くはそれでいい思いをしているし成功している。また、頭のいい人はすぐ図に乗らず思慮深くて余裕があり相手の話も含めてコミュニケーションを楽しむことをするのである。時に英語を使って誰かに電話で話しているのを見せたり、アインシュタインの話をするなど結局ハッタリでしかないわけだから本人の本当の能力は皆無なのである。ある意味、口下手で、また、「中途半端な作話能力」などなかったほうが本人はよっぽど平凡で幸せな人生送れたんじゃないだろうか?アフォで哀れなやつである。人格障害は本人を不幸にする、まさしくその典型例である。また記憶力がずば抜けているようにも一見錯覚させられるが、純子らに出す指示の内容が変わりやすく、そのため行動を誤りそうになることが度々あったと言われている。これは自分に責任が及ばないよう、あるいは、証拠が出ないように慎重に事を運ばなければならない状況であるにもかからわず、次に出す指示の方向性を間違えるのは前に出した指示をよく覚えていないからだろう。そのことから記憶力もあまりよくない。少なくとも記憶力がずば抜けて優れているなどということからはかけ離れている。慎重でないといけない指示さえもテキトーにしか言えないのはただ頭が弱いww・人格障害者・松永太はただのヘタレつまり、使えない。ヘタレ。そこいらにいる「怪しいので人から避けられるキモイ対象」ということである。少なくとも情報が豊富な今の時代ではションベン刑に近い詐欺罪で1回の犯行でまず捕まるだろう。「君ねー、もうちょっとマシな嘘つけよな。」とたしなめられながら。あの時代はまだ昭和時代の延長としての平和なのんびり感があった。しかも田舎の人を対象にしている。プロのバンドだ小説家だ潜水艦だ京大の教授だNASAだと、田舎からは遠い大げさなものを出すからたまたま通じただけである。決して、誰でも圧倒されるなどということはない。「それがどーした?こっちは忙しいんだ。」で一蹴である。北九州は多少都会であったが東京、関西レベルの都会の人間にはあの時代でもまず通用しなかっただろう。ブログやアマゾンで関連書籍のレビューでも話が怪しすぎるとのコメントが多い。また、繰り返すが、作り話能力は低い。①虎谷さんはそこそこ都会の小倉在住であったが、そもそもの金にだらしないところにつけ込まれ、さらに酩酊状態だったから騙せただけだろう。また儲け話などが好きでノリがよく、それを勢いでノッたがために競馬の投資を信じたのだろう。その証拠に父親は高齢者でありながら競馬の投資など軽く見破っている。②緒方家は真面目で体裁を気にするあまり、たまたま騙されただけ。つまり、騙せなかった例はその倍以上にあることは容易に想像できる。被害を受けてないのだからこの事件を説明する上で騙されなかった人など登場する必要はなく語られる必要はないからである。騙された例だけ連続で集中して見ているから、なぜ?なぜ?大人がなぜ?となるのである。さらに、隙が甘く、ワールドの従業員や前妻にも逃げられている。信用金庫の支店長にも断られている。まだ中学生の恭子にも逃走されてるし、高齢者である清の父にも簡単に怪しまれて、結局逮捕に至ってしまっっている。また、裁判官を騙すこともできなかった。騙せなさすぎ、逃げられすぎである。そうならないために徹頭徹尾、松永は注意を払っていたように本や資料には書いてあるが、騙せなさぎ、逃げられすぎである!冷静になって考えればはっきり言ってドンくさくてヘタなのである。・供述内容や描写が気持ち悪いから普通の人からは特別に見えただけ。松永の能力とそのことは全くの無関係。そもそも松永のもつ能力のバランスは悪すぎる。ハッタリがペラペラ出てくる能力だけが突出してたのでそこのところが優れているかのように一時的に見えただけ。こいつの能力をトータルで見ると明らかにただのトラブルメーカーであり標準以下。あの状況にいられる心理はすごいが、ただの異常であって何も評価に値するようなものではない。度胸があるとか肝がすわっているなどというものではない。異常光景なわけだから。ただの感覚異常であり病気でしかない。すごいことでもなんでもない。さらに裁判中の緒方と松永の態度は「静と動のコントラスト」と言われるほど違っている。緒方は、落ち着いており、しっかりと終始一貫した態度で話も丁寧で事細かでわかりやすい、松永は、ソワソワしたり、慌てたり、時に大声を出したり、時に怒ったり、体を揺らしたり、終始、落ち着きなく、話もあいまいで「余計なことを喋りすぎてわかりにくい」様子だったとのこと。おい!松永よ、こういう時こそ、物腰柔らかくし、落ち着いた様子で、記憶力や成績オール5の脳みそを働かせて、わかりやすい誰もがうなずけるような供述をするべきだったんじゃないのか?でかいメガネをかけているくらいじゃ誰も騙せんぞ!公の堂々とした場では松永はしょせんこんなもんである。そういった意味ではいざとなった時純子のほうがよっぽど腹が据わっているのがわかる。・騙すのも下手クソ、マインドコントロールも下手クソ。ありもしない言いがかりをつけ念書を欠かせているが、別に騙せたということではない。思い込みを繰り返させればそういう風に考えが変わるのは松永の頭の中だけ(病んでるからか?妄想癖か?)で、健常者にはありえない。ないものはないのだから。通電と衰弱があったから服従してしまったということ。厳密に言うと騙されたんじゃなくて従ったという意味になる。しかし、にもかからわず、虎谷の娘の恭子(仮名)と純子は騙されなかったどころか、最後は半目に回られて完全に松永のマインドコントロールの方法では太刀打ちできなかった事実である。・マインドコントロールはしてないと主張する悪態 「裁判で自分が後ろにいるのに伸びやかに純子は主張しているし、裁判に行く時の護送車内でも付き添いの人と和気あいあいで笑顔で朗らかだった。とてもマインドコントロールされてるようには見えない。」と主張しマインドコントロールなどしていないように見せかけるヘタレ。あったりまえだろ!お前(松永)が言ってるのは逮捕後のマインドコントロールから解かれてからのことだろーが!監禁時のことを振り返れ!お前、マジ、支離滅裂だな!・裁判開始の時点で松永はすでに終了扱いだった。にもかからわず頑張った松永は完全に遊ばれていた。この裁判の実に実に面白いところは、後にサイコパスだとか普通に言われているのに責任能力の低下を誰からも問われてないところが超ウケル。ザマアである。このことからも裁判官ほどの頭脳になると松永がどんなトーク力を発揮しても秒殺で見抜かれていたということになる。もしかしたら松永の極刑は裁判するまでもなく確定の上で単純に「純子の判決をどうするか」だけを中心に実は進められていたのではないか?と思えるほど松永の無視されっぷりがうかがえるww。特に純子が自供し始めたあたりから裁判官はかなり揺さぶられただろう。松永のことはそっちのけでww。にもかかわらず!松永は無罪になることを想定して必死で頭を回し身振り手振りでストーリー展開し戦っていたのだとしたら完全に裁判官一同に遊ばれていたということになりさらにバカ受けである! このことは特に重要で、松永自身が最後に「この裁判はイメージが先行して進められた」と分析し語っている。これはいわゆる緒方が自供し始めた当初に松永を「ブザマ」とか「見苦しい」と言った事を裁判官が高く評価したようで、そのせいで自分のイメージが悪くなり裁判が不利になったなどと主張したものである。アフォか?スンゲー理由付け。それよりも、私が思うに、この裁判は松永の言葉通り、イメージが先行しているのは確かで、そのイメージとはつまり、「最初から松永はイメージ(態度、前科、一人だけ無傷、ルックス、これまでのプロフなどなど)により死刑確定ありきだった」ということである。しかし、そのことにおいて異議を唱える者など誰一人もいないww。誰が見ても「お前は怪しすぎるので死刑!」だったということである。弁護士ですら全く勝ち目なしと思っていただろう。それをわかっていながら戦った松永はただの徒労に終わっており、さらにさらにバッカ受け!なのであるwwwwwwwwww。松永が最も騙されている!さらに!美人調査官をエサに悪意を決定づける「人生のポリシー」まで引き出されてしまった挙句に、情状酌量の余地はない!とまでハッキリ言われており、完全に手の平で転がされているのである。松永太はただ嫌われていたということだ。にしても、またも繰り返しになるが弁護士も含め「松永こそ精神疾患をわずらっており、それが原因でこのような事態になったわけで、本人に悪意はなかったのではないか?」という見方をするものが誰一人いなかったことから、人格障害は病気ではない!という認識が一般化しているようにも感じられ嬉しくなった。この裁判があっている最中も普通に精神医療の現場では人格障害が治療対象として扱われていたにもかからわず無視されているのである。おそらく過去の犯罪が災いし松永に関しては死刑でいいんじゃね?という結論だったのであろう。緒方に関しても一審、二審では極刑扱いだったしDV被害者という視点は皆無だった。ワールド時代の詐欺の前科が災いしていたのだろうか?いやあーそれにしても実にラッキーである。弁護団が松永の精神疾患を盾に争うという発想をしなかったんだからww。普通にサイコパス(=精神病質)扱いなのにww今後、また書くが、「人格障害者を避けるための教訓」としては、・話を真に受けず、心の中で「ホーホー、そいつはスゲーやww」と馬鹿にしてかかること。・興味のなさをあらわにしてモチベーションをなくさせること。・大げさな人は怪しい。・経歴がスッキリしない人は昼間人目のつくところのみで合うこと(特に社会人は職歴が重要)。・対話ができない人は怪しい。・しつこい場合は嘘の可能性が高く、即縁を切ること。→保健所か警察に伝えること。・妙な話を持ちかけられたときは「いろいろな人の意見を聞いてみる」と伝える。→それを躊躇した場合は騙しである。ザッとこんな感じである。たいした相手ではないと見破る思考を大事にし、無視するか怖ければ保健所や警察にすぐ突き出すことが一般庶民としては正しいのである。突き出された途端に向こうから逃げればただの騙しである。

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    • 松永(人格障害者)・緒方(健常者であるが騙されて犯罪者)と実子について生意気な意見

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon 今回は子供とのことについて触れる。引用ブログはこれ。https://blog.qetic.jp/archives/11429この引用文をまずは読んでいただきたい。”公判中、冒頭陳述で一度、息子二人の実名を読み上げた。これは「被告人両名の身上」で「1993年1月に長男○○ ○○を96年3月に次男○○ ○○をもうけるなど夫婦同然の関係にあった」と実名で陳述したため。これに対し、緒方純子が「どうして、私の子の実名が出なければならないのでしょう?被害者の方は名前が伏せられています」と語り、次に、松永太が迫力のある大声で「子供のことについては、純子が言うように、問題があるんじゃないですか!」と同調した。”裁判の席で実子の名前が実名で呼ばれたことに松永も緒方も激怒して抗議しているのである。チャンチャラおかしいwwwwwwもう一度書く、チャンチャラおかしいwwwwwwは?である。緒方純子さんに問いたい。今でも同じことが言えるか?お子さんには気の毒だがこれだけの大惨事で世間を震撼させ心理的外傷をもたらせたのに自分の子供のプライバシーは配慮してほしいだと?自分らの人権を主張できる立場か?罪が全くないのに殺された甥っ子姪っ子はどうなる?赤の他人なのに巻き込まれた人たちの人権はどうなる?私はこの時の緒方は裁判中でまだマインドコントロールがよく解けていなかったのではないかと思う。これだけの事件を起こしたんだから当然子供にも何らか影響することはとっくに覚悟しなければならないのではないか?当然覚悟はするが、それでもできる限り子供は表に出ないようにしてあげたいということだろうか?元幼稚園教諭で母性が特に強いせいかもしれないがなんとなく殺人事件の大罪よりも自分を優先させる一面が見られ唯一残念に思った。松永よ。気持ちはわからんでもないがお前については何も他者に懇願する権利はない。裁判中のこととはいえども誰もが死刑判決を希望し人類に必要のない意味付けにお前はすでになっていたからだ。全く関係のない善良な市民を的にし道具にして生きてきたお前がわが子がかわいいからといって人権を主張する権利はない。むしろ子供を守ろうとする一面でも見せれば無罪になれるとでも思って猿芝居うったんか?緒方さんは純粋な母親としての気持ちが伝わってくるがお前の場合はマジなお願いでさえもこうしてイチイチ疑わざるを得ない。嘘ばっかりついているといざとなったとき困るってことを学習しろ!それより子供を思う気持ちがあるなら直ちに正直にすべて自供しろ!おかしいだろ!そして、お子さんには強く生きて立派な人間になっていただきたい!あなた方は幸い命がある、生きられる。亡くなった人たちは話すことさえもできないのだから。大変な親を背負い大変な傷を負ってあなた方は生きねばならないが、松永という人格障がい者を切り離し、全く考えられもしないような我々の陳腐な憶測を覆すような、立派な人間になってほしい!これからが大事だ。これからをどうするかに希望があるよ。松永の卓越した能力と緒方さんの丁寧さを兼ね備えている子供たち、その能力を今度は社会貢献に生かしてほしい。世の中の困っている人々を救うために頑張ってほしい。そこで初めて未曽有の大惨事の悲劇から大衆は救われるのである。あなたたちは悪くないよ!金に女に猟奇的快楽殺人に目がくらんでしまった特異体質に生まれてしまつた人格障がい者松永太がすべて悪い。あなた方は迷惑をかけられたことを断言する!そして、失礼と思われるようなこともいろいろ上に書いたが私は、いつか必ずあなた方がお母さんに会い、事件の全貌を理解したうえで、「お母さんありがとう!生んでくれてありがとう!」って言ってほしい!お母さんは何も悪くない!私も後押しする!私も福祉の専門家のはしくれだ!全力で応援するよ!つらいことがあったらいつでもここ読んでくれよ。もう一度言う、あなた方は何も悪くない!ひどく傷つくようなことがあってもこのような見方をしている人が日本中にいっぱいいるから悪く言うやつに惑わされないで!助けを求めたっていいじゃないか、あなた方の味方はたくさんいるからね!お母さんの救いにいつか必ずなってほしい。健闘を祈る!

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    • 人格障害者・松永太の母親との関係を推測してみた。

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon ※前回に代わり今回は松永太の母親について推測する。私の推測に不服があるなら松永も親もサッサと公で事実を語れ!できるもんならやってみい!会社経営者で剛腕な父。それに仕える母。会社経営者として社会の表舞台では好印象でふるまう反面、その反動からか、家庭内では些細なことで妻に暴力をふるいDVを行っていたのではないか?時には明らかに理不尽な言いがかりをつけ殴るけるの暴力をふるうことがあり松永はその様をずっと見てきたのではないか?そのことから松永は、女性は暴力に服従しやすいこと、表の顔と裏の顔をうまく使い分けること、を学習したのではないか?そうだとしたらこの両親の責任も相当に問われなければならない。人類を震撼させた罪、無関係な善良な数多くの人々を苦しめた罪。とても非難に耐えられないのでダンマリを決め込む。さすが松永の親である。人として卑怯者である。おそらくキャラ的に松永の母と緒方純子はどこか共通するところがあったのではと思う。夫の暴力には従順だが会社経営者の妻として微に入り細に入り社会とは丁寧な関係を施す能力は、緒方の持つ丁寧さと同レベルと考える。そこを松永は緒方に見出し、ビジネス(犯罪)パートナーとして徹底的に利用したのではないか(とはいっても有能な緒方を犯罪パートナーにしてしまったミスで松永の人生は完全崩壊したのだがwww)?私は日ごろから人格障碍者は無視するのが最善の対策と提唱してきた。緒方もこの母も非常に賢い。まず、緒方は事件後のいろいろなコメントにおいて自身の心理については語っているものの松永についてはほどんど怒りの言葉も憎しみも何も言及していない。しいていえば「(松永のことはあえて出さず)私の人生を歩みたい」と希望している。きっと思い出すことも名前を出すことさえも気持ち悪く、また、時間の無駄になることを理解しているのだろう。人格障碍者は切り離すといった心情に自然に達しているのは賢いと思う。後日また書くがあれほどの拷問の末にマインドコントロールされてしまったものの、このような状態に達したことに緒方純子の人としての芯の強さも感じている。カメレオンのようにコロコロ豹変するバカとは格段の能力差である。素晴らしい。愛想よくペコペコお辞儀なんかしないで刑務所でもマインドコントロールを披露してみろよと言いたい。監禁や通電はできずともお得意の作話能力で脱獄くらいは達成せえ!京大で講義をしてたのだろうが(大嘘であるがww)!賢いということに戻ると、言いたくはないがこの母も賢いのかもしれない。息子であれ何であれ人格障碍者と知った以上自分の人生から切り離すのが得策と思っているのだとしたら言いたくはないが緒方同様、実に賢いと思う。とは言え、この母には何か公でコメントしてほしい。同じ女性として、母性を有するものとしてターゲットになった緒方に対して謝罪してほしい。少なくとも幼い命まで犠牲になったことは母性を有するものとして気にならないはずがないのである。本当は公にしてほしいが、何らかの形で水面下で松永の両親と緒方の接触があり謝罪がなされていることを祈りたい。最後に、松永は自分の家庭環境には明らかに不満があり平凡で幸せな緒方一家に嫉妬していたのではないか?だからこそ疑心暗鬼にさせて面白がったり一家を自分に服従させることに快感を持ったのだと思う。また、これだけ鬼畜でありながら自分の子供は厳しく育てつつも監禁の現場とは別のところで生活をさせており、監禁から切り離す配慮をしていることから自身の両親のような家庭には絶対せず、自分なりにしっかりもっと自然な方法で育てたい意志もあったのでは?と推測する。とは言えこれもあくまで推測ではあるが緒方にDVをしたことは父親と全く同じである。不幸な家庭環境に生まれたからとはいえ松永以上に悲惨な人もいっぱいいるわけだ。したがって相も変わらず松永という男はヘタレで情けないのである。

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    • 人格障害者・松永太の父親との関係を推測してみた。

      ※本人や家族がしゃべらないので私なりに推測しました。私自身すっきりまとまらなかったので矛盾した推測もあると思いますが。コメントを通じて皆様の意見を賜りたい。まず会社を25歳で父から譲り受けている。当初は一緒に働いていたが25歳で有限会社ワールドに社名変更してからは一切父が関わった形成が見られない。しかも会社の実態は詐欺セールス、幾多の借金、従業員の監禁、暴力、通電など常識的な職場環境のイメージからかけ離れた完全なブラック企業である。そこで、父に疑問が沸く。一切会社の運営に口を挟まない約束で息子に譲っていたとしても、そもそもは自身が設立し築きあげてきた会社である。例えば経営状態が瀕死の状態で倒産寸前でとにかく手放したかったとしたら、そんなものを損得勘定の巧みな人格障害者松永が譲り受けないであろう。それとも真性のバカっぷりで社長になればメリットがあるとか自分の能力で必ず利用価値のあるものに仕立て上げられるとでも思ったのであろうか?この父は自身が元社長であり現在息子が経営する会社の状況を何も知らなかったとは思えないが。おそらく証拠隠滅に周到な松永は従業員らをマインドコントロールしどうにか会社の実態をごまかしとおしていたのであろう。→私は案外、松永は父親にはいい子ちゃんで通していたのではないかと推測する。ヘタレ松永の父とは言っても社長である以上複数の従業員を束ね食わせ会社運営を実践していた人物であろうから親は親であり子は子という立場としての上下関係なるものは成立していたと思う。少なくとも両親までもマインドコントロールなどはしていないであろう。むしろこの松永がヘタレであるゆえんは強いものには弱いということである。ペコペコしていたのであろう。高校のときに家に来ても話すことが何もないとの理由で家庭訪問ができなかったとの当時の教員の供述がある。これは松永が明らかに都合が悪く拒否したと私は解釈している。学校ではワンマンでリーダーシップをとり雄弁を振るい教員から疎ましがられていた松永が家庭内では唯一頭の上がらない存在として父の前でのおとなしい振る舞いを知られるのが都合が悪かったのではないかと思われる。松永は事件の過程でカメレオンのように豹変してきた。同様にこの頃からも家庭内の顔と学校での顔を使い分けていたのではないか?会社経営をしている父から体裁を傷つけるようなことは決してするな!と言い聞かせられていたのではと思う。いずれにしても高校の時から顔を使い分けるなどティーンエイジャー特有の正直さもかけらもなく殴る価値もないヘタレだと思う。教員の見解がよくわかる。事件発覚から15年以上経ち、全国を震撼させ海外にまで鬼畜ぶりを知られることになった息子でありながら、成人してからのこととはいえ親が全く名前も顔写真も公に出てこないというのは考えられない。日本のメディアの能力からそうそう簡単に逃れられるとは思えないのだ。おそらく会社経営者であるこの父は地元でも何らかの力を持ちメディアでさえも近づけなかったということなのだろうか。それほどの権力者であれば当然松永はいい子ちゃんでおとなしく黙るであろう。

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    • 人格障害者・松永太の心の闇の真実を推測してみた

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon ※本人がしゃべらないので私なりに推測しました。私自身すっきりまとまらなかったので矛盾した推測もあると思いますが。コメントを通じて皆様の意見を賜りたい。人格障害者・松永太は、「私には緒方一家を憎む理由がないので殺害を指示する必要はないのです。むしろ巻き込まれて迷惑しました。」と、いうような趣旨のことを繰り返し裁判や事情徴収で述べている。ま、これは言って見れば裁判に勝つための論法として疑いについて立証できないように目論んでの言い回しと思う。松永の目的は2つ。金と人間をコントロールする異常快楽。憎む理由がないというのはまんざら嘘ではないかもしれない。なぜならばこれまでの人生において松永太を傷つけた人々がターゲットにはなっておらずたまたま偶然関わってしまった人々が被害にあっているから復讐や怨恨ではない。騙せそうなものにターゲットを絞り自在に操り金づるにし苦しみ廃人化する姿を楽しむのが目的だから相手は騙せるのなら誰でも良かったという感じだろうか。このあたりの無責任さも人格障害者特有の欠落思考で常識のある人間を理解に苦しませる。この事件の目的は金と人間をコントロールする異常快楽であることを松永が認め自分の言葉でいろいろと説明すればこの事件の多くはスッキリする。今ならまだ間に合うから死刑ではなく拷問にかけてでも自供させるべきである。それが今後の人類社会にとって有効なはずである。

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    • 人格障害者・松永太の処分案

      消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon TV番組平成オンナの事件簿※社会福祉や介護の話題からやや逸れたテーマであるが、実はそうではなく非常に密接な関係にあると思っている。なぜならばこの分野で仕事をする者は必ず人格障害者について怒りを覚えたことがあるであろうからだ。この人物については通常、サイコパス(精神病質者)として説明されていることが多いが私は人格障害者として皆様が日頃関わっているクライアントや家族、あるいは、その他の人物の性格や行動パターンをイメージしながら考えていただければ幸いである。この男は現時点で死刑が確定しているものの執行はされていない。そこで今のうちに私なりの提案をしておきたい、重要なのは、他の事件等の処分の前例から切り離し、マインドコントロールを使用した卑劣な手口かつ無反省の態度への報復として、「冷静に処分策を再検討すること」である。すでに裁判が終わっているので再検討については、「これまでに例を見ない特別な事件」として国民投票を行うなど実施してほしい。ひねくれ者や揚げ足取りもあるため満場一致とまではいかないがかなりの数の賛成で再検討が成立する。・死刑ではなく拷問を行い自供を強制し続ける平和主義で民主国家である日本では許されざることかもしれないがこの人物が行なったことは多くの海外諸国も取り上げるほど人間という存在の尊厳を侮辱冒涜した行為にあたる。この男は全く反省していないどころか緒方家のゴタゴタに巻き込まれた!などとデタラメ主張し、獄中でもいつもニコニコとしひょうひょうとした態度を今現在もとっていることに怒りを覚える人は100人中100人全部であろう。怒りを覚えない者はもはや人間の心を持ち合わせていないだろう。あっさり死刑ではいけない。その後の人間社会への影響を鑑み、その心の闇を全て吐かせる最大限の努力をするべきである。この男の心の闇が解明されることは人類に大きく貢献することが考えられるからである。そもそも、松永を痛ぶることなど世間にとってはどうでもよく、肝心なのは何をどうしたらこのような壮絶かつ奇妙な犯罪を起こすことができるのか(なぜここまで酷い苦しめ方を行ったのか?本当の犯行動機)?そこの部分の解明が重要と考えるからである。そしてこの男と同様の手法で世渡りをしている者に徹底的に恐怖を植え付けるべきである。犯罪の手段にマインドコントロールを使用し責任転嫁を図ろうとした場合は単なる死刑でなく松永のように拷問されるぞ、と。あるいは殺害された被害者は何の罪もないのにこの男から拷問にあっているのだから松永にも同じ経験を是非していただきたいからである。松永太はサイコパスやサディストの研究にあたって最適なモルモットであり、さらには大衆のストレス解消の格好の餌である。それを簡単にサッ!と紋首刑などで殺してしまうのはあまりにももったいない。このことは多くの政治政党の先生方にも知っていただき選挙のための実績作りのために大いに松永を使ってやっていただきたい。内閣の支持率アップでもいいと思う。とにかく他の犯罪や殺人とは別のスペシャルで異例な扱いを再検討すべきである。私の言っていることに疑問を感じるならば、ぜひ幼い子供にまで殺し合いや拷問をさせていたことを考えてほしい。・緒方純子を刑期満了後釈放し、幸せな社会生活の状況を事細かに松永太に繰り返し聴かせ精神的ダメージを与える松永は緒方をコントロールできなかったことを非常に後悔している。そこに徹底的につけ込み、緒方の釈放後の人間としての(当然一定の制限はあるが)自由な社会生活や数多くのDV被害者の助けにこの事件の(もちろん松永ではなくて)緒方が貢献していることを詳細にいちいち聴かせ続け精神的苦痛を与えるべきである。緒方がおしゃれな服を着て化粧をして男性と話をしている姿や豪勢な料理を笑顔で頬張っている姿などを写真や動画にして松永に何度も何度も繰り返し見せ続ける。それが人格障害者松永への矯正教育である。これが正しい人の道であると。本人が聴くことや見ることを拒んだ際は即座に顔面に通電すればいいのである。そして、徹頭徹尾完全周到な計画が見事に失敗した松永に、「頭が悪いと苦労するなあ君!ザマァ嫌われ者!」と、プライドを徹底的に傷つけ続けるのが常識人の対応と思う。松永は苦しみもがき続けるだろう。「なぜ殺害に手を染めたあいつが釈放で助言だけした俺が悪者なんだろうか?意味がわからん。しかも殺人を直接行った事実が認められているのに社会に役立って評価までされているのは意味がわからん。世の中おかしい。」と。そのもがき苦しんでいる様をメディアは国民に詳細に報道しストレス社会の現代で国民のほんのわずかなストレス解消の機会に役立てれば良いのである。・沈黙する松永の両親について卑怯者である。子が子なら親も親である。何らかコメントする義務と責任がある。この殺人鬼の親なのだから。おそらく松永の父は社長であったため高額な資産を所有していた両親はすでにマスコミの追求を逃れ海外逃亡生活であろう。顔写真はおろか名前すら出て来てないのである。我が子が起こした大惨事でありながら全く自分らは関係ないようにし、どこかでのうのうと暮らしている無責任さはさすが松永の生みの親!松永と同じ思考パターンなのだろう。親の育て方には一切問題がない!と自信があるなら、その生い立ちや教育方針、成人するまでの生育の様子を正直に表明すれば良いのである。評価は世論が下す。松永が緒方一家に壮絶な殺し合いをさせた理由の1つには「平凡な一般庶民の家庭」に対して何らかの嫉妬があったのではと推測する。その事から、当然松永と両親の間には何らかの確執があったと思わざるを得ない。この松永が生まれ育った商業の町・久留米は大きなものから小さなものまで含めて会社経営者が非常に多いと聞いている。また、金持ちのボンボンや人を巧みに利用することに味をしめるセールストークの人種も非常に多い地域だそうである。各経営者の経営手法は人それぞれであろうが松永も少なからず社長業を実践していた父親からなんらかの影響は受けているはずである。

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  • 30 Sep
    • 医療保健福祉従事者に必ず知っておいてほしい事件

      福祉専門職になり20年が過ぎる。これまで行ってきた業務はソーシャルワーカーとケアマネージャー、どちらも正真正銘の相談援助業務である。その経験の中で、「人格障害者」に対しての取り扱いについてもっと関心を持つ必要があると痛感している。皆様に読んでいただきたい一冊がある。「消された一家」である。 消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon 概要は、2002年に起きた北九州の監禁事件の全貌で、1人の人格障害者により平凡な一家(全7名)が口車に乗せられ疑心暗鬼になりマンションの一室で家族間で壮絶な殺し合いを行なったノンフィクション(事実)である。生き残ったのは長女のみ(現在服役中)で残りの6名は全員死亡、しかも、遺体は髪の毛一本残っていない。・この事件の首謀者である人格障害者の手口首謀者である松永太の人生のポリシーを書いておく。「私はこれまでに起こったことは全て、他人のせいにしてきました。私自身は手を下さないのです。なぜなら、決断をすると責任を取らされます。仮に計画がうまくいっても、成功というものは長続きするものではありません。私の人生のポリシーに、『自分が責任を取らされる』というのはないのです。(中略)私は提案と助言だけをして、旨味を食い尽くしてきました。責任を問われる事態になっても私は決断をしていないので責任を取らされないですし、もし取らされそうになったらトンズラすれば良いのです。常に展開に応じて起承転結を考えていました。『人を使うことで責任を取らなくて良い』ので、一石二鳥なんです。」・なぜ医療保健福祉の専門職に勧めるのか?人格障害の対応困難事例にどこも手を焼いているからである。人格障害者は特徴が似ている場合が非常に多く業務を行う上で非常に助けになる可能性が高いと思ったからである。さらには、近年この手口と同様のやり方で介護事業所の運営、病院運営、公的機関の運営を行う管理職が増加しているからである。皆様が勤務する機関の運営管理者の手法と上述のようなーポリシーを比較していただきたい。*お願いこの本を読んで人格障害者及びその毛がある人物に対して強い嫌悪感と怒りを持っていただきたい。受容・共感・傾聴・非審判的態度などと言った従来の社会福祉援助技術のような生易しいものではなく、普通のケースからは切り離して対応困難事例として別の対処法を模索し共通のマニュアルを作成する段階に来ていると思う。

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  • 11 Sep
    • 人格障害者とは何か?

      知らない人が多いのでわかりやすいものを提示します。この本の中ではサイコパスと呼ばれていますが、それがいわゆる人格障害者です。※ かなりショッキングな本なので読む際にはある程度精神状態を考慮してから読まれてください。私がこの本読んだ時は4回は嘔吐しましたし、所感としては「人間という生き物もいよいよここまで退化する時代に入ったのだな」と思いました。 消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) Amazon

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    • 人格障害者のもったいなさ

      これまで直接関わってきた人格障害者もいればメディアを通じて知ったものもあるが、ふと、思った事がある。彼ら彼女らから人格障害という部位を取っ払った場合どうなのか?それが意外なことに特に問題がないのである。仕事もある程度はできる。社会生活のスキルもある程度はある。結婚歴のあるものもあるし子供を設けているものもある。ま、確かに、ギャンブル、酒、タバコ、コーヒー、などへの依存。金銭管理、自己管理が出来ないなどあるが、ある程度の社会生活行為は行なっているのである。極端に社会の流れについていけないような知的障害めいたものはない事が多い。その事を考えると実にもったい無いのである。彼らは結局自分自身が弱く、とかく他者という存在に対して敏感すぎるのだと思う。人より良い思いがしたい、人より特別で無いと不安になる。どうもこの辺りが突出しているのだと思う。結局それが、他者への感謝の気持ちがない、自己中心的だ、とか、さも、人格障害者たらしめるキーワードに自らはまり込んでしまってるように思う。人間、謙虚さが大切ですね。ああ、もったいない連中ww

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  • 10 Sep
    • 危険な地域包括支援センター

      平成18年の創設から早10年、そろそろ評価の高い包括と存続の危うい包括が出現し始めている。危うい包括とは?・トップが誰なのかがよくわからない包括・職員が定着しない包括色々あるがひとまず、この二点であろう。今後必要性あれば追加する。・トップが誰なのかよくわからないどこの組織にも責任者が存在するが、その組織で1番力を持ち組織を管理している人物が誰なのか不明瞭な包括が存在する。これはその人物があえて不明瞭にしているのである。クレームを受けたくない、責任の所在をはっきりさせたくないからである。もっとひどい場合は顔が割れていては悪いこと(自治体の予算であるのをいいことに多額の報酬を独り占めするなど)がしにくくなるからである。 評価の高い包括はトップの顔と名前が関係機関や各事業所に浸透しており、「あそこは〇〇さんがいるから大丈夫、安心して相談できる!」と言われているものである。・職員が定着しない担当者がコロコロ変わっている、退職者が後を絶たない。言うまでもなく働きにくいからである。全て個人の人間関係任せで職員の統治が民主的に行われておらず運営管理体制が悪いからである。創設から10年、まして、この激しい給付抑制策の温床になりつつある包括支援センターで教育を受け続け、包括支援センターで一定期間以上の実務を経験したマンパワーがほとんど辞めてしまっているのでは当然、業務は消化できないのである。あるいは、管理職においても形だけの管理職を指名することは可能であろうが地域からの評価は得られず信頼は皆無になるであろう。 第一、職場環境としての評価が低い組織が機関として機能しているはずがないのである。これまでの病院や特養やデイサービスと全く同じケースであり、問題なのはそれが民間の営利事業ではなく地域包括支援センターだからよりヤバいのである。さて、では提案。今後は責任主体である自治体が積極的に口を挟むことである。なぜか?責任主体だからである。現状をしっかり把握し役所の考え方やシステムで応用できるものはしっかり包括にも浸透させるべきである。現状が上の2つに当てはまる自治体は今やらなければとうてい2025年のピーク時に包括を廃止しなければならない事態に直面することになる。その時に批判をもろに受けるのは責任主体であるその自治体だけである。運営に携わっていた面々はそんなに責任は問われない。

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