今日は水曜日で、テニスをしてきました。
帰り道、車で東に向かっていると、久しぶりに立山連峰が見え、連峰全体が雪に
覆われていました。カメラが手元になく残念でした。家に着いた時は、もう日が
落ち、かすかに見えるだけでした。
昨日のすこし雲がかかっている写真を載せてみます。
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今日の永井陽子さんは、動物を詠み込んだ歌が並んでいます。
さて、どんな動物か?
折りたためばわたしは小さな蝙蝠傘になるだらう今日こんなに疲れ
じわじわと締め付けらるるこの夜明けなば大かたつむり喰わむとおもふ
がばりと寒く真昼のねむりから覚めて魴鮄は地を這ふにあらずや
白鳥を喰いしむかしのものがたりくりかへしくりかへし爺さまの冬
蛸が目を閉ぢてねむれる桶の辺に師走の月はしばしうつろふ
(永井陽子『ふしぎな楽器』より)
一首目は、誰でも経験があることと思います。疲れ果てて紙のごとくに
ペタンペタンと膝を折り腰を折ると動けなくなってしまう感じを蝙蝠傘に喩える。
二首目、検索してみると、「アフリカの森林や沼地に住む大カタツムリは牛肉
よりも滋養分に富み、アフリカの食料難に応える可能性があるとのこと。」で
ある。
「締め付けらるる」というのはどういうことだろうか。寝ている時のことだろうか。
夢の中で、大かたつむりに取り憑かれてしまったのだろうか。
三首目、魴鮄(ほうぼう)には、胸びれ前部にひれが変形した三本の指状の
ものがあり、これで海底を歩くという。
「真昼のねむりから覚めた」のは誰なんだろうか。作者自身ではないだろうか。
疲れのためか、真昼に転た寝をして、寒さにがばっと起き上がる。そのさまが
あたかも海底に這う魴鮄のようではないか。魴鮄もそんな風にして海底を這っ
ているのだろう。
四首目、白鳥を喰うという話は私は聞いたことがないが、今では聞かなくなった
昔話を、長い冬の夜に爺さまがくりかえししてくれる。白鳥を喰うとはどういうこと
を意味しているのだろうか。食べるものがなかったのか、白鳥とは言え、鳥で
しかないと考えられていたのだろうか。爺さまの子どものころの話なのか。
爺さまは白鳥を喰っただけなのか。
こういう爺さまの冬も、もう昔のことになってしまった。
五首目、桶の中で蛸が寝ている。もうすぐ年越し料理の酢蛸にでもされてしま
うのか。師走の月は、知らぬげに寝ている蛸がかわいそうと思ったのか、静か
に寝ている姿に見とれたのか、しばし歩みをゆっくりにしたようだ。
まあ、こんなことでしょうか。分からないことも多いのですが、登場する動物の
面白さを感じます。

