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この年の事はよく憶えている。

前の年の11月から2月いっぱいまで仙台の外部研修に行っていた、人生でも一番くらいになにもかもうまくいかなくて全てを投げ出してしまいそうだった。どん底だと思った。

3月に盛岡に戻った、この時点で進路が決まってなくて大学病院に残るか、どこかの開業医に就職するか…ぼくは後者を選択した。

というより、東京へ行こうと思った。

一度、一年間だけ国家試験浪人で東京に住んだとき楽しかったから、どうせ苦難の道なら住みたい場所に行こうと決めた。

結局3月中には決めれなくて4月後半頃に就職が決まった。何のコネも繋がりもない医療系の求人から選んだ。盛岡東京間を何度か通って決まった。春、3月末に他のみんなはこれからの進路が決まってキラキラしてた、ぼくは進路も希望もなくて肩身の狭い思いで研修を終えた。この年の3月末の研修修了の時点で研修医で進路が決まってなかったのは本当にぼく一人だったと思う。

4月中に慌ただしく引っ越して上京した。
5月の連休の後から働くことになった。
立川に住んで中央線で通勤した。
仕事ができなくて毎日怒られていた。
毎朝、中央線で職場の八王子に近づくと郊外のホームセンターが見えてきて、その度に憂鬱な気分になった。

この頃、七尾旅人のrollin'rollin'をよく聴いていたのを憶えてる。
この曲を聴いてるときは唯一いい気分になれて、抵抗なくメロディが体に染み込む、そしてぼくもゆっくりとしたスピードで徐々に東京の街に馴染んでいった。

前年と同様に、研修医あがりで実力不足のぼくは苦労の連続だったし、同じ職場の女子には軽いイジメにあったりもしたけど、辞めようとは思わなかった。


ぼくは東京が好きだった。