【私が小学生だったころ】
ほんの半世紀前のことであるが、私が住んでいた下北沢では、家の前の道路に木製の80センチ四方の「ゴミ箱」(ふたが上に開き、前側の板が引き抜けるもの)が1つ置いてあった。近所の家はどこも同じ。
その「ゴミ箱」に、家で出るすべてのゴミを入れる。生ゴミも、紙ごみも燃えないゴミも。週に2回?ほど、ゴミの回収があったが、8人の大家族であった我が家では、何の問題もなく、溢れることもなかった。
【当時の買い物】
スーパーはなく、プラスチックの食品ケースなどはまだ世に現れず、ペットボトルも無かった。
主婦は、小さな買い物籠1つを持って、八百屋に寄っても、肉屋に寄っても、簡単な紙包みか、そのままを買い物籠に入れて買い物をしていた。何の不便もなかったものだ。お酒や醤油などはビンを持っていってそれに入れてもらうこともある。
区のゴミの回収とは別に、リヤカーの鉄くず屋さんや紙ゴミ等回収屋さんがよく回ってきたりしていた。
我が家では、ご飯はかまどで作り、居間にはまきストーブがあったので、燃えるものはそこで冬などは燃やしてもいた。
庭ではにわとりを沢山飼っていたので、野菜くずはにわとりの餌にもしていた。
【現在のゴミの量は】
現在の我が家は2人家族で、燃えるゴミが週3回で45ℓの指定袋が各日1個。更にプラスチックゴミの指定袋で週1個。更に新聞・ボール紙・空き缶等で週1回、更に更に燃えないゴミ・危険物が週1回。
平均的な4人家族ではこの倍になるのだろう。
【なにかが変】
なにかが変だ。単純に較べても、半世紀前と較べ、各家庭のゴミの排出量は確実に半世紀前の10倍以上にはなっていよう。確かに生活が豊かになり、沢山消費できるようにはなったのだろう。最近スーパーでマイバック運動が進んではいるが、ゴミ量としてはすずめの涙ほどの削減である。日本の2000年の歴史の中で、たった半世紀ほどでのこの凄まじさ。
【まもなく東京湾では】
現在のゴミ捨て場である東京湾では、捨て場所が一杯になるのは時間の問題だという。そうすると、捨てられなくなったゴミはどこに行くのか。当然街中に溢れることになる。ハエやカラスが群がる姿と街中のくさい臭いを想像するだけで恐ろしい。