ガトー・バルビエリの1971年、スイス・モントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブ盤。ガトー・バルビエルは1972年のベルトリッチの映画"Last Tango in Paris"のサントラを手がけたことで有名なサックス奏者であり、また日本ではかなり人気があったわりに、今となっては二流ミュージシャンとしてしか評価されないジャズミュージシャンのひとりである。
ガトーは1934年にアルゼンチンで生まれる。63年にドン・チェリーと出会い、デビューのキッカケを掴むが、デビュー当初はアルバート・アイラーと入れ替わりに誕生したという歴史的偶然も重なり、フリージャズ的なプレイを得意としていた。彼の音楽的な転機となったのがチャーリー・ヘイデンのLiberation Music Orchestraへの参加で、このバンドの経験によって彼のナショナリズムは触発され、南米アルゼンチン生まれであることを自覚し、ラテンの要素を大胆に取り入れたジャズを演奏するようになった。また70年代に入って組むようになったフライング・ダッチマンのプロデューサーであるボブ・シールとの相性も良く、彼の手によってガトーのその胡散臭い魅力はフルに発揮され、前述のサントラのほかにもガトーらしいアルゼンチン・フォルクローレに根ざしたアルバムを多数発表している。
このライブは1971年に開かれたスイス・モントルー・ジャズ・フェスティバルで‘フライング・ダッチマンの夕べ’と題したデモンストレーションでライブ・レコーディングされたもので、フライングダッチマンでの彼の3作目のアルバムにあたる。メンバーはガトー・バルビエリ (ts)、ロニー・リストン・スミス (p)、チャック・レイニー(elb)、バーナード・パーディー (ds)、ソニー・モーガン(conga)、NA-NA (per berimbau)という編成で、特にパーディとチャック・レイニーという強力でファンキーなリズム隊がガトーの情熱的な演奏に触発され爆発するプレイが素晴らしい。Fusionでも活躍するメンバーをバックに、ガトーのサックスはいつも以上に執拗に荒れ狂っている。南米のタンゴやフォルクローレといったマイナー調の美しいなメロディを、それを強力にプッシュするリズムに乗せ、時にはアイラーのごとくフリーに、時には猥雑でひたすら官能的に歌うスタイルはまさに中毒性のガトー臭が立ち込めた名演となった。
ガトーが残した演奏には歴史に残るような名演は少ないし、長いジャズ史の中で、これといって新しいことをやったわけでもないが、先鋭的でアヴァンギャルドで多彩なプレイは人気は多くの支持を集め、彼のピエソラのタンゴに匹敵する情緒溢れるラテン・サウンドは日本人のDNAに直接的に訴えかけ、ここ日本では異様にガトーの人気は高かった。ジャズミュージシャンとしては一流にはなれなかったが、パッション溢れる熱いプレイと個性的なスタイルは多くの人の魂を強烈に揺さぶり続けた。
その後、私生活や健康上の問題から90年代は半ば引退状態であったが、1997年に復活を果たし現在に至っている。