John Lennon - Plastic Ono Band | NOTRE MUSIQUE

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Elle est retrouvee.
Quoi? - L'Eternitee.
C'est la mer alleee
Avec le soleil.

John Lennonジョン・レノンの1970年の名作で邦題は"ジョンの魂"。
ビートルズ解散前から既にヨーコ・オノとソロ活動を開始し、実験的なアルバムを数枚リリースしていたが、実質的な第一弾ソロ作は本作ということになる。ビートルズ解散後は4人ともすぐにソロ活動をはじめ、ソロ作をリリースし始めていたが、その中でも最もロックファン、特にビートルズ・ファンに衝撃を与えたのが本作である。
ソロとして出鼻をくじいてしまったポール・マッカートニーに対してこのジョンのソロ作はありのままのジョンの姿を投影したものであり、その辛辣で切実なメッセージは聴くものに重く訴えかける素晴らしいアルバムとなった。
アルバムは一曲目、重い鐘の音色に続くジョンの"Mother"という叫びから始まる。ジョンは幼い頃に母親と別れており、それ以降の母に対するコンプレックスをこの歌で包み隠さずに赤裸々に歌っている。ビートルズ時代にもこういったメッセージ性のある曲は書いてきたが、"Help"に代表されるように必ずビートルズというポップなフィルターを通しており、ここまでストレートに自分自身のパーソナルな内容を歌った曲はなかった。
また"Love"では男女間の恋愛というポップミュージックにおける歌詞のクリシェとも呼べる題材を超え、簡潔な言葉で愛とは何かという普遍的で哲学的な思いを歌にしている。またこの歌詞についてはヨーコの影響で日本の短歌や俳句といった古典的な文化からの影響も如実に表れている。歌詞だけではなくメロディーも清楚で、抑揚のない曲であるが、ジョンの切ない声で歌われるとそこに説得力が生まれ、歌詞はリアリティーを持つ。"Working Class Hero"はジョンのその後の音楽家としての政治運動への傾斜を予感させる曲であり、そう思いながらもまだ行動に移せずにいた自己批判の歌でもある。
そしてこのアルバムのハイライトは"God"。「God is consept」というフレーズから始まるこの曲は非常に概念的な歌であると同時にこれまでのビートルズ神話を脱構築させようとしたジョンの決意表明でもある。後半部分ではただ執拗に「I don't believe ~」というフレーズが繰り返される。ジョンが信じないと宣言したのは、神、魔術、神話、キリスト、マハリシ、プレスリー、ボブディラン、そして解散したばかりのビートルズである。この時期のジョンはベッドインなどのイベントを通して今まで語られることのなかったビートルズの裏話を詳細に暴露している。ビートルズの という作曲クレジットが実は二人の共同作業ではなく、実はどちらか一方が書いてきた曲であることもジョン本人の口から明かされた。現在、ビートルズのアルバムの解説にはその曲がジョンの曲か、ポールの曲かが詳細に書かれているが、その情報のほとんどはこの時期にジョンによって語られたものである。その内容はファンにとっては興味深い事実でもあり、解散してもビートルズというバンドを愛し続けるファンにとっては非常にショッキングな事実であった。いつまでもビートルズの夢を追い続ける音楽シーンやファンに対して、ジョンは自分で作ってきたビートルズ神話を自ら崩すことで、意識的にヨーコとの新しい道を切り開こうとしたのである。この歌は、結局信じられるのは今の自分とヨーコだけというフレーズで閉められる。アルバムジャケットは、ヨーコに抱かれながらジョンが木の下で眠っている平和な光景であり、他者にとってはヘビーに響く曲ばかりのアルバムではあるが、彼自身は自らを裸にすることにより、彼の心はこのジャケットのように穏やかであったのだろう。
ミュージシャンには音楽をあくまで作品としてクールに扱い、自分自身と作品とは一定の距離を保とうとするタイプと、執拗に自らの姿を作品に反映させていくタイプの2つに分かれるが、ジョン・レノンはまさしく後者のタイプである。自分自身の中にあるエレメンツの中でも特に弱さやずるさや卑怯さ、といった負の部分を曝け出すことに何の躊躇もせず、自身の作品に投影させている。
例えば、モーツアルトの作品からは彼自身の荒んだ私生活や情緒不安定な精神状態はまったく見えてこない。モーツアルトは自分の調子や状態の如何に関わらず、どんなときでも一定のクオリティを保ち、多くの名曲を書くことが出来た故に彼の音楽は普遍性と汎用性を持ち、芸術に成りえた。ロックの名作の中にも芸術と呼ばれるアルバムが複数あるが、ロックというものが音楽的にアーティストのその時々の極めてパーソナルな内省的な思考や精神状態に左右されてしまう音楽であるという点で、いつまでも愛されるアルバムを残しても芸術としての普遍性とは異質なものであり芸術にはなりえない。またそれがロックの醍醐味ともいえるだろう。ジョンの音楽は彼自身の分身であり、彼にしか表現できない音楽でもあり、最もはかなく美しい音楽であった。
その後約10年に渡る彼のソロ活動は周知のとおりで、このアルバムの後は活動の拠点をニュー・ヨークに移し政治運動へと傾斜していく。彼の想像した理想的な社会はいまだに訪れず、むしろ世界の情勢はこの当時と全くなにも変わってはいないし、今後も残念ながら彼が夢想した世界が実現されることはないだろう。世界情勢も好転しないが、それ故に皮肉にも彼のメッセージや音楽も永遠に輝きを失うことはない。
今日2005年12月8日は、ジョンが彼自身が最も嫌った暴力(凶弾)によって命を失ってからちょうど25年目にあたる。