Astor Piazzollaの1986年のアルバム。当時所属していたキップ・ハンラハン主催のインディーレーベルであるアメリカン・クラ-ベに残した3枚のアルバムの最初の1枚で、ピアソラ自身も絶賛している晩年の名盤である。タイトルの"Zero Hour"とは24時間に続く「絶対的な終わりであると同時に、絶対的な始まりである時間」を意味しているそうだ。
ピアソラは1921年にイタリア移民の子としてアルゼンチンのマル・デル・プラタ生まれで、1992年にブエノスアイレスで死去したモダンタンゴ界の巨人である。幼少の頃、ニューヨークにに移住しバンドネオンを学び、13歳にしてクラシカル・タンゴの王様であったカルロス・ガルデルに才能を見出されて以来、伝統を守ると同時にタンゴに様々な音楽を取り入れながら母国音楽への可能性を追求し続けたアーティストである。彼はアルゼンチンタンゴのスタイルをベースにしながら、クラシック、ジャズなどの新しくポピュラリティーの高い音楽を取りいれ,従来のタンゴとはまったく違う音楽のスタイルを築き上げた。
アコーディオン(バンドネオン)という楽器の情熱的な響きと最新型のタンゴである"タンゴ・ヌーヴォ"と呼ばれるスタイルを世界に広めながら、一方ではブエノスアイレスにある労働者階級向けのダンスホールや波止場のナイトクラブで自身のルーツを最後まで忘れることなく地道な活動を続けた。
ピアソラの音楽は日本でもCM等でよく耳にする。最近ではあのヨーヨーマが彼の曲を演奏するなど、死後10年以上が経過した今でも彼の音楽は多くの人に愛されており、我々の認知するタンゴという音楽=ピアソラの音楽といってよいだろう。ファンクがJames Brownによって作られたり、Bob Marleyがレゲエを世界に広めたりといったように一人のアーティストが特定の音楽ジャンルを大きく牽引したという事実はあるが、ピアソラのように個人の音楽がそのままタンゴという特定の音楽ジャンルと合致してしまったというのは極めて稀有な現象といえるだろう。優しさと激しさを内包する彼の音楽とその成功の背景には孤独で想像を絶する努力があったのは想像に容易い。そして激しい政治紛争やアルゼンチン音楽の保守的な伝統主義者たちの反感を乗り越えてタンゴのモダニズムの布教活動を続けた強靭な信念と精神力が、彼の音楽の緊張感を持続させ、情熱的で親しみやすいが決して陳腐なポップスにならない質の高い新しいタンゴスタイルの確立に繋がっていったのだろう。彼の官能的な旋律と躍動感のある情熱的なリズムには人の心を芯から揺さぶる得体の知れないパワーがある。