大物ジャズ・シンガーであるシャーリー・ホーンが、今月20日に71歳で亡くなった。日本ではほとんど一般的には知られていないジャズシンガーではあるが、アメリカ本国では国民的なジャズシンガーと呼べるほど支持されているらしい。彼女は1934生まれ、で、1954年頃から地元のワシントンDCで活動。マイルス・デイヴィスの勧めで、63年にニューヨークへ進出し、マーキュリーレコードと契約し何枚かアルバムを残すが、70年代に一時期引退。78年に復帰し現在まで活動を続け2001年のアルバム“You're My Thrill”はグラミー賞にノミネートされた。
このアルバムはそんな彼女の1991年のアルバム。ゲストにウィントン・マルサリス、ブランフォード・マルサリス、バック・ヒル、バスター・ウイリアムス、ビリー・ハート、トゥーツ・シールマン、そしてマイルス・デイビスが参加している。ウイントンとマイルスがゲストというだけでもとんでもないアルバムだが、上記のゲストがそれぞれが1曲づつ参加するというスタイルで、曲ごとにシャーリー・ホーンとゲストとの密度の濃い演奏が収録されている。
この中でも特筆すべきはマイルス参加の“You Won't Forget Me”である。この曲がそのままアルバムタイトルになっていることからも、このアルバムのハイライトであることは安易に想像できる。彼女のボーカルとマイルスのトランペットにベースとドラムという必要最小限のシンプルな構成の曲で、録音は1990年なので、マイルスにとっては死の1年前の演奏ということになる。イントロのマイルスの一吹きから完全にマイルスの世界で、八分打ちのドラムが“In A Silent Way”を思い起こさせる。(これは狙ってやってる気もする。) そして彼女の歌も決してマイルスに負けてはいない。マイルスの世界に浸りながもマイルスに負けない繊細で芯のあるボーカルを聴かせる。マイルスは例によって決して吹きすぎず、ソロの音数も極めて少ない。この演奏と比べてしまうと同アルバム収録のウイントンのテイクが稚拙に聴こえてしまう。その他にもトゥーツ・シールマン参加のSolitary Moonなど聴きどころは多い。
これだけのゲストを揃えておきながら決して散漫な内容にならず、ゲストの演奏に負けない緊張感ある歌声と、自分のスタイルを貫く彼女の歌に対する真摯な姿勢は非常に印象的である。このアルバムは、そういった彼女のバラード歌手としての実力を思い知らせてくれる充実した作品といえる。そしてマイルスがジャズ・シンガーとコラボレートしたものは、50年代のサラ・ボーンとの共演くらいで非常に数は少なく、そういった意味でも貴重な音源でもある。
なお、その後シャーリー・ホーンは1998年にマイルスを追悼した“I Remember Miles”というアルバムもリリースしている。ご冥福をお祈りしたい。