登ってきた方向
あの大きな看板が小さく見えます
前方部の右手?端から降りて行きます
後円部方向の傾斜がきついですね
下まで降りてきました
ここには石標があります
写真に撮るとそこに円墳がある様に見えますが前方部です
こちらも手前が前方部の角の様に見えますが、どうやら違います
ややこしや
ゲイトボール場の様な公園の脇、前方部手前に古墳関連らしき建屋があります
写真『久里双水古墳から出土した遺物』
図『石室内の粘土床と遺物』
『石室』
粘土で覆われた石室が砂岩製天井石3枚で密閉されたいた
長さ約2.5m幅0.9m高さ1.0mの竪穴式石室
床面は両端が反り返るU字型
砂岩と玄武岩の板石を粘土と交互に積んでいた
壁や天井は赤色
粘土床には前方後円墳では例のない舟形木棺か?
『副葬品』
鏡1、碧玉製管玉2、刀子1が出土
鏡は後漢の『盤龍鏡』粘土床の頭部側
径12.1cm、縁の厚さ1.2cm、龍と虎が向かい合う
鋸歯文が2列の平縁、乳(珠文)、『子』文字あり
刀子は天井石の間から、長さ7.0cm、幅1.3cm祭祀用か
盤龍鏡は末盧国が最後に入手した文物と考えられる
反射して天井が映り込んでいる
みずらい
確かに竪穴式石室ですね
しかし見ずらい
これ本物?少々疑念が…
写真上『発見当時の久里双水古墳』
写真左『石室の調査風景』
写真右『石室を覆う3枚の天井石』
『復元整備』
末盧国の象徴的空間として、また歴史の宝庫、唐津にふさわしい公園として整備した
平成4〜6年で設備を整備した
平成8年石室レプリカを作成して設置。双水サコ5号墳の箱式石棺も復元
… やはりレプリカ。しかし立派な整備事業
等高線図
写真『発見された後円部石室』
『発見』昭和56年宅地造成事業中に発見。大型前方後円墳の為、保存へ
平成元年より調査
『調査』
全長108.5m後円部径62.2m前方部幅42.8m
墳丘築成は後円部と前方部下半分が地山削り出しで、前方部上半分が盛土の自然地形を利用したもの
4世紀前半
平成6年粘土被覆された竪穴式石室をファイバースコープで調査確認
こちらが、双水サコ5号墳の箱式石棺
『双水迫古墳群』
円形の5基の周溝墓群、墳径は10〜12m幅0.4〜1.2mの周溝を持つ
1号墳主体部は小竪穴式石室2号墳土坑3号5号墳は箱式石棺
主体部の一部は盗掘や削平のため完全ではない
副葬品1号墳から鉄拳1、刀子1、3号墳から刀子2、2号墳の周溝から土師器、5号墳から良好な男性人骨1体
4世紀後半から5世紀頃の墳墓
こんなに立派な古墳があるのを知りませんでした
久里双水古墳公園で下
パンフレットもありましたが元々の公園施設は茅葺の屋根構造だった様です
唐津市恐るべしです
夕刻になりました
もう一箇所いけるかな行きたいな















