新社会人は、親元を離れたことによる寂しさや経済的不安から、説明会やセミナーと称する勧誘の場に参加し、マルチ商法やマルチまがい商法に取り込まれてしまうことが少なくない。詐欺や悪質商法に詳しい立正大学心理学部教授の西田公昭さんは「彼らは最初はまったく怪しくない。『儲けたい』『人と違うものがほしい』という心理をつき、巧妙な手口で近付いてくる」という――。
■新社会人の心理につけ込み懐に入り込む
近年、経済的に豊かになりたい、不安定な経済基盤を安定させたい、という気持ちにつけ込んだ「マルチ商法」や「マルチまがい」の被害が広がっています。特に新社会人は、こうした悪質な組織にとって“魅力的なカモ”。新しい環境に入ったばかりで不安や迷いを抱えやすく、さらに理想と現実のギャップに気づき始める時期でもあるため、つけ込まれやすいのです。狙われやすいタイプは共通しており、ひとつは、「生きがい」や「やりがい」といった人生の夢や生きる意義を見失いがちの状態にあること。もうひとつは、人一倍自意識が高く、自分こそ社会的に成功するはずの「原石」だと思いたい人です。この2つの要素が揃った「心もとない状態にある人」は、特にマルチ商法やマルチまがいのターゲットになりやすいと言えるでしょう。特に、地方から都会に出てきて一人暮らしを始めたばかり、つまり親の庇護から離れたばかりだと、不安定でつけこまれやすくなります。その中で、経済的な成功を収めたい人は投資セミナーなどと称した詐欺や悪質なマルチ商法、そうでない人は、「キラキラした人生」を煽る自己啓発セミナーなどを隠れ蓑にした消費被害に遭いやすい傾向にあります。新社会人は、給料をもらうようになって初めて、理想と現実のギャップに気づきます。経済的に豊かになるのはそう簡単でないと実感し、中には「一攫千金でも狙わない限り経済的に豊かな生活は見込めない」と考え始める人も出てきます。
■いったん入ると抜けにくい
マルチ商法やマルチまがいの組織は、政治団体や宗教団体を標榜するカルト的集団とも共通点があります。ターゲットとなる人を複数で囲い込んで「いい商品だ」と信じ込ませる手口も、いったん入ると離脱しにくいという点も似ています。その意味では、マルチ商法やマルチまがいも、カルトの一種と捉えることができるでしょう。マルチ商法は、商品やサービスを契約してその組織に入った人が、次は自分が勧誘者となって家族や知人に契約を勧めるもの。英語の「マルチ・レベル・マーケティング」の略で、「連鎖販売取引」と呼ばれます。昔からトラブルが多く、イメージを変えるためか、「ネットワーク商法」などという場合もあります。こうした販売方法は、一定のルールさえ守れば合法とされ、物品が流通しないようなネズミ構と判断されれば違法になりますが、一般には普通に雑談しているふうに見えるので勧誘ルールが守られているかどうかを監視するのはとても難しいのです。なお最近では、法の抜け穴を突いた「マルチまがい」のような手口や仮想通貨を用いた新手も増えており、摘発や救済が非常に難しくなっているようです。
新社会人の子を持つ親としては、わが子が悪質なマルチ商法やマルチまがいに引っかかっていないかどうかしっかりチェックしたいところです。しかし、最近はSNSが普及し、オンライン講座もありますし、親に気づかれずにこっそり接近できる環境になってしまっています。
■英会話教材から自然食品まで
こうした組織に取り込まれたときの兆候は、宗教カルトや自己啓発カルトなどと共通しています。それらの兆候については、前回の記事「大学1年生は"魅力的なカモ"」SNSでつながり、徐々に踏み込んでくる…カルトの新しい勧誘フレーズで触れました。これは新社会人でも同じで、大学生と違うのは、給与やボーナスをすべて活動に注ぎ込んでしまうケースが多いことです。カルト的集団も、マルチ商法やマルチまがいの組織も、頼りになりそうな先輩や、なんでもよく知っている助言者のふりをして、SNSや友人の仲介で近づいてくることがほとんどです。若者の経済的不安や、人生の成功者になりたいという思いにつけ込み、「副業してみない?」「この方法で大儲けした先輩がいるよ」などと言って、説明会やセミナーなどに誘ってきます。扱われる商品は、FX自動売買ソフトや投資学習用教材、英会話教材、オンラインゲームのアカウント取得など多岐にわたります。健康食品や水、サプリ、化粧品、下着、寝具などもあり、商品の説明を聞いただけでは怪しいと気づけないことも。ただ、いずれにも共通するのは「他者を勧誘することで稼ぐ」という点です。「勧誘して稼ぐ」とわかった時点で、「怪しい」「こんなに簡単に儲かるはずはない」と気づければいいのですが、気づかないまま取り込まれてしまう人も少なくありません。法律では、儲けることが簡単ではないことなども、勧誘時に説明しなくてはならないことになっているので、告知せずに勧誘しているだけで悪質商法です。
■優越感や自尊心をくすぐる
特に危ないのは、前述の「頼りない状態にある人」に加えて「意識高い系の人」。基本的に真面目な性格で、「自分はこのままではいけない」「もっと高みに行けるはず」などと根拠があまりないのに思っている人がこれに当たります。また、ほかの人とは違う「本当にいいもの」を選びたいと思っている人、陰謀論に影響されて「一般的な商品は危険なものが含まれているのに隠されている」と信じてしまうような人は、リスクが高いと言えるでしょう。マルチ商法やマルチまがいの商品は、その組織を通してのみ購入できるものなので、当然ながらスーパーやコンビニでは売っていません。ここから、「自分は一般の人が買えない良い商品を知っている」という優越感が生まれます。ただし、こうした商品が特別に優れたものであった試しがありません。単に優れていると思い込んでいるに過ぎないのですが、いくら科学的な根拠をもって否定されても、その証明を受け入れず、勧誘者の言葉をひたすら信じてしまいます。マインドコントロールに陥った状態です。「本当にいいものだから、売れるだろう」と、誤信して購入することもあれば、「こんな高額は払えない」と思いながらも、周りから執拗に迫られて逃げ切れずに、困惑しながらも契約を結んでしまうこともあります。一定の売り上げを出さないと叱られたり、仲間に迷惑が掛かるので、半ば強制的にローンを組まされたり、消費者金融でお金を借りさせられることもあります。一度足を踏み入れると、なかなか抜けられず、抜けさせてもらえません。マルチ商法やマルチまがいの組織は、ごくごく一部の成功者を取り上げて、あたかも同列になったり追い抜いたりが、自分にも簡単にできるかのように幻想をいだかせるといった煽り方で、人々の優越感や自尊心をくすぐる要素をたくさん用意しています。もちろん、本当は儲かっていないのに、儲かっているかのように装って勧誘する人もいます。そして、それぞれが多くの信奉者を獲得できると信じて勧誘活動を行い、さらに被害を広げ続けるのです。
■「自分は大丈夫」が危ない
私はカルト的集団に入る人の心理をずっと研究してきていますが、多くの被害者は、被害に遭う前「自分は大丈夫」と思い込んでいました。つまり本人は、たとえカルトから勧誘されても、おかしい点には気づける、自分はちゃんと断れる、と思っていたのです。人間は自分の脆弱性を認めたくないもの。特に勧誘に免疫のない若者は、見守ってくれる人や助言者がほしいという気持ちから、「断るにしても、後で良いだろう」とつい話に乗ってしまいがちです。しかし、相手は勧誘のプロであり、長年かけて培った手練手管を駆使してきます。就職したものの仕事がしっくりこない、職場の人間関係に悩んでいる――。こうした、20代前半によくある迷いを利用して、あの手この手でマインドコントロールしようとするのです。こうした危険は新社会人に限りません。「人生の転換期」に当たる30代もまた狙われやすい年代。人生を変えたい、自分を変えなくてはいけない、今ならやり直せる、などと思う時期でもあり、女性の場合は、「子どももほしいし、そろそろ結婚したい」と結婚を急ぐ人が被害にあうケースが多々あります。「結婚できないのは根本的に自分に問題がある」と思いがちで、自己啓発やスピリチュアルに救いを求め、そこにカルトがつけ込む隙が生まれてしまうのです。
■人間関係もボロボロに
マルチ商法やマルチまがいがもたらす被害は、本人の経済的破綻だけではありません。周囲に自分が信奉する商品を売りつけようとするので、家族や親戚を含め人間関係がボロボロになります。夫婦や親子の家族関係が崩壊することも珍しくありません。また、脱退させることができたとしても、本人には「だまされてしまった」ことで傷つき、自信を失って心に大きなダメージを受けてしまいます。しかし、商業カルトも「ネズミ構」とでも判断されない限りは合法であり、法律で取り締まることができません。また現状では、救済手段があるのは金銭被害の部分だけです。金銭や契約破棄といった問題であれば、弁護士や消費者ホットライン(局番なしの188)などに相談ができます。また、契約成立後に解約ができる「クーリングオフ制度」が使える可能性もあります。ただ、運よく早く気づいて、注ぎ込んだお金は取り戻せたとしても、あつれきができた人間関係や崩壊した家族、心身のダメージはそう簡単に修復できるものではありません。そのための相談窓口も、現状ではゼロに等しい状態です。カルト団体は、宗教でも自己啓発でもビジネスでも、組織存在そのものは合法です。しかしどんな分野でも、いったん入ってしまったら抜け出すのは難しく、本人や家族の人生に多大な被害をもたらします。だからこそ私たちは、その手口を知り、伝えて、自身やわが子が決して引っかからないよう、予防と自衛を心がけなければなりません。この春から子どもが一人暮らしを始めるという人は、悪質な組織が存在していることやその手口をぜひ伝えてあげてください。マルチ商法やマルチまがいの被害者がこれ以上増えないことを、そして、これらの悲惨な被害実態を踏まえた上で、現実的な法整備が早急に進むことを願っています。
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西田 公昭(にしだ・きみあき)
立正大学心理学部教授
1960年生まれ。89年関西大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得退学、博士(社会学)。詐欺・悪徳商法の心理学研究の第一人者として新聞、テレビなどのマスメディアでも活躍。著書に『マンガでわかる!高齢者詐欺対策マニュアル』ほか。
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(立正大学心理学部教授 西田 公昭 構成=辻村洋子)
プレジデントオンライン/2022年3月21日 11時15分