石造を求めて№79
石厨子(イシジーシ) サンゴ石灰岩骨壺
かつての沖縄では遺体を洞穴で風葬、あるいは棺箱を墓室内のシルヒラシ所に3年安置(風葬)、その後洗骨し遺骨を納骨器に納める。石厨子とは洗骨後の遺骨を納める蔵骨器である。16世紀初頭から戦後まで利用された。
厨子は木製、石製、陶製(ボージャージーシ)などがあり、多くのバリエーションを生み出していて、芸術的価値は高い。

初期の石厨子は装飾は少なく簡素な造りであるが何故か惹かれる。シンプルイズベスト

墓は永遠の住居、最後の住処となる厨子には3つ(奇数)の通気口(魂の出入り穴)を石工は考慮している。
後世(グショウ)と現世との出入口、お盆のウンーケーの日になるとこの穴から魂は出てきて、そしてウークィの日に帰って来るのである?

石厨子は屋根部分と下部の箱に分かれている。石工は素晴らしい仕事をしている。

屋根部分にノミ跡が残っている。

時代が新しくなるとこのように、しゃちほこや宝珠、彩色模様がほどこされるようになる。屋根には垂木形も見える。

浦添ようどれ石厨子(レプリカ) 輝緑(きりょく)岩製:中国福建省産の石(1477年?) 沖縄で一番古い石厨子

糸満祝女殿内(イトマン ノロドゥンチ) 入母屋形式、簡素な造りの中でも光り輝く建築である。
琉球建築の屋根は風抵抗を少なくするために寄棟が多い。技術が進歩した現代、屋根を入母屋にすることで妻側から換気(通風)すると涼しい住宅が出来る。入母屋形式は先人の素晴らしい知恵であり現代でも通用する建築様式である。
県内の御嶽には石造、入母屋形式の祠が多く見受けられる。