石造を求めて №9

護佐丸の墓(グサマル墓) 建造1458年頃 

15世紀の琉球王国の按司、(中城按司、護佐丸盛春、唐名:毛国鼎)
琉球王国の築城家として知られ、琉球の石積みは本土より200年早いと言われている。

亀甲墓の形態は中国の福建から導入されて300年あまりの歴史があるらしい。

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1989? かつてのフクギの枝ぶり、バランスがよく素晴らしかった

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2016年9月

沖縄で最も古い亀甲墓と言われている。屋根はゆるやかなカーブを描いていて、型は羽地朝秀や玉城朝薫などの墓と似ている。ウーシがない。


沖縄の亀甲墓の形(母体回帰説)は女性の腹部を表したもので、母から生まれ再び、母の胎内に帰るといわれている。