最近 妹から甥っ子達の子育てのことを聞いたり、オンラインのお仕事で子育て中のママさんのお話を聞くたびに、
にんじんくんの小さい頃のことを思い出します。
あんなかわいいこと言ってたなぁとか、
いつもおんぶで夕方の家事をしている時に、わたしの肩から身を乗り出してわたしの手元を覗いてた姿とか、
保育園にお迎えに行くと、笑顔でダァーッと走って抱きついてきてくれたこととか、
小学生で
「お母さん。おれまたバカやったよ。」
と友達との失敗談を楽しそうに話してくれたこととか
たくさんたくさん、思い出します。
常にわたしを必要としてくれて、
嬉しさ、楽しさ、心配、不安、悲しさ、虚しさ、幸福感等々 沢山の感情をくれて、
そのままのフクスケを、なにも疑わずに信じてくれて、そういうものだと思って受け入れてくれる存在って、我が子以外にはいないんじゃないかと思います。
これって、
無償の愛
ですか。
いや、まさに
無償の愛
ですよね。
今まで親子関係においては、
無償の愛は、
親から子供へ与えられるものと思っていました。
だけど、違うんだなと、気づきました。
子供から親へいつも贈られているものが、無償の愛なんですね。
子供は、どんなに親から酷いこと言われたりされたりしても、必要としてくれるし、許してくれますよね。
親に利用されていても、親を恨んでいても、悩みながら苦しみながらずっと繋がりを持っていてくれる子供もいます。
そのことに気づかないで子供を自分が生きるために利用する親。
なんて自己中でワガママなんだ。
わたしもそういうワガママな親の1人ですが
だからこそ、少しでも子供に愛を還していきたいなと思います。
我が家に産まれたがために諦めたことや困難を感じたこと、悲しかったことや憤りを感じたこともあるでしょう。
これからにんじんくんが幸せに生きていくために必要なことで、フクスケにできることは全部与えてあげたい、叶えてあげたいなぁと思います。
そしてにんじんくんに限らず、たくさんのこどもが幸せに生きていけるように、お手伝いできることは、どんな形であれ、お手伝いしていきたいです。
こう思えたのは、
自分が母に感謝を伝えられたことが大きく影響していると思います。
「母と共依存関係にさせられた。」
「母の支配のせいで苦労した。」
そう思っていたフクスケ。
でも小さな頃からそんな母の全てを受け入れたのは、
自分がそうしたかったから、自分が選んでそうした。
と思うことができ、母のしてくれたこと全てに感謝でき、それを母へ伝えることができた時
本当の意味でフクスケは自立した。
1人で生きていけるようになったんだ
と思います。
自立できたの、40歳を越えていました。
フクスケも、かなり未熟なところが沢山ある親ですから、それ故に、にんじんくんにいっぱい迷惑かけてきたことでしょう。
いつかにんじんくんにいろんなことを許してもらえるといいなぁと、思います。
とりあえず、今日は野球の紅白戦を応援がてら、彼が忘れたお弁当を届けに行ってきます 笑
こっそり渡すタイミングがあるといんだけどなぁー。