本日の課題、3つめです。


テーマは「スグレモノ」。自分を目覚めさせてくれる役立ち、しかも将来性を感じさせるモノ(道具)。

自分が賢くなれる機運を与えてくれるモノって、たいてい、けっこう生活に密着していますよね。


私は、もともと気管支が弱いです。小さい頃は、よく咳き込んだもので、必ず気管支炎になってました。


そのせいか、今でも気温や湿度に敏感です。

南国育ちなもので、特に寒いのが苦手です。


最近特に優れていると感じるのは、天気予報の関係です。

テレビ、ラジオ、パソコンサイト...いろいろな所に予報が出ていてすごく便利ですね。


あれが最近良いなって思うのは、週間予報や10分先予報、定期時間ごとの気温予想等々が出てるところです。

特に気温。外出・出張先にどんな恰好で行けばいいか、ある程度予測できるし、就労支援時の企業訪問の際などは訪問時間が決まっているので、10分予報は重宝します。自分も参加してるってところがまた良いです。


先生の人間工学を聞いて、ソーシャルネットというか、私は人間工学と言えば「補装具」しか思い浮かばない古い人間だったのですが、先生の講義は、モノが社会全体に及ぼす影響の視点でおっしゃっているようで、とても感銘を受けてます。


天気予報のシステムなんかは、もっとどんどん地域に降りて行くべきです。

そして、それらの情報を受けた人間がそれをどう活用して、世の中で生きて行くのかが重要だと思います。


あの予報を実現するには、様々な先端機器を様々な場所において、加えて様々な人たちの声を集めているんだと思います。気温を予報として出ているってことを、私と言う人間が自身の活動にどう反映させるかは、自分次第だと思います。


将来的には、何月何日にはどんな天気かという1年間ぐらいの正確な予報ができればいいのにと思ったりします。こうやって夢をまず語り、それを実現すべく先進的なテクノロジーを駆使して、検証し、実現させていく。

人間工学に限らず、テクノロジーはそうやって進歩していくのだと思いたいですね。




<番外編>


シャワートイレって、すごいですよね。(ちょっと汚い話をするようですが...)


あれが重宝だと言う人の中には、ただお尻を洗うだけの用途でないと言う人がけっこういますよね。


スルッと、出るんですよね。


あれ、快感ですね。お尻を洗うことよりも、そっちが目的ですよね。


開発者はあそこまで考えて作ったんですかね?あれをおしり洗浄で使ってて、そこに気が付いた方が多くて、予想をはるかに超えて流行ったんじゃないですかね?


ということは、良い機器(道具)=スグレモノが、人間を賢くさせたんじゃないですか?


番外編でした。

本日の課題。2つめ。


私は、食事に気をつけている者のひとりです。

おととし、昨年と勤めていた職場は本当に厳しい職場だったためか、以前よりその気配のあった高血糖症が昨年9月に悪化し、以後、大変な目に逢いました。


高血糖症の多くは、自覚症状がないため見過ごされやすく、結果、職場検診等で見つかっても、それまでの経過が怠慢であればあるほど、下記の3つの合併症のリスクが高まると言われています。


1) 血管が痛むために起こる「脳梗塞」等の循環器系疾病

2) 糖湿潤による腎臓疲弊→腎臓疾患

3) 糖尿病性網膜症や神経伝達に障害(特に脚下部)


血糖値測定を自分で行う人は、まだまだ少なく(というかする必要性も感じていない)、職場検診で見つかった時には手遅れ(上記の合併症が発生している)になっていることがあり、この辺が問題なのです。


私はだいぶ前に、傾向を指摘されていました。ですから、昨々年、検診で言われた時には、即座に対応できました。いわゆる疾患を治療するということをです。ですが、大半の人は自覚症状がないこと等の理由から、あまり治療をすることがなく、合併症が出るまで進行してしまうことが多いようです。


血糖値を上げない生活をするために、便利な道具があります。

これです。↓


「人間工学」レポート・ブログ-20100907205543.jpg

㈱ニプロから発売されている「血糖値測定器」です。写真は私のものです。

写っている数値は、今日の夕飯後撮影した、私の近々14日分の血糖測定値の平均値です。

(一定の血液<1dl中>に何mg、糖質が含まれているかを計測しています。ここでは120mg/dl)


最近、こういう便利な道具を使って、自己管理をする人が増えているようです。

私も、かくゆう一人で、仲間とブログを書きあい、交流しています。


血糖値というものは、空腹時、食後を測って、それぞれの関係性を把握することが大事です。


つまり、空腹時の血糖値が高いことも問題ですし、食後の血糖値のみが異常に高い人など、それぞれの傾向があるので、(飲んだ次の日とかのいい加減な時に)1年に1回ぐらい測ってみたって、参考にならないのです。


もっといえば、日常でどのくらいの血糖値が出ているのかを把握することが大事なのです。

日本では空腹時血糖と言って、3時間ほど食べていない時の値を診断基準にしてることが多いです。

ですが、実際は食後血糖値や、糖新生時間(起床前に肝臓が勝手に高血糖にする傾向)と言って、早朝の値なんかも測らないと、全体の真の高血糖状態はわからないのです。


起床時の値が110mg/dlを越えている場合、危ないです。

また食後1時間後値が180mg/dl、2時間後値が140mg/dlを超える場合も、大変危険です。


日常の測定が大事なのは、私が生きて、社会で活動をしているからです。


自前の血糖値測定器があると、血糖値測定のためにいちいち病院や献血に行く手間が省ける利点があります。

生きているということは、仕事や学業にいそしみ、仲間と交流し、好きなものを食べ、あるときにはお付き合いで宴会にも出かけ、私のように出張の多い生活には外食が多くなります。


当たり前のことを言うようですが、私は血糖値が上がることを恐れて「家に籠っている」わけにはいかないのです。それぞれのシチュエーションの変化量が多い人ほど、日常の血糖値を測ることが大切になると思います。


が、血糖値が幾多の疾患の土壌になっていることを知らないため、ほとんどの人は必要性を感じず、測定器なんかも必要ないと思っています(そういう機械があることも、測る利点も知らないでしょうね)。


私は、高血糖が見つかった職場の検診医に、その時出た数値を見せられ、「死んでいてもおかしくない」と言われました。


以後、食事に気をつけ、血糖値測定を毎日パソコンに打ち込み、自己管理をしています。

これにより、何を食べ、何をした日が、危なくなるのかが解ってきました。

今は担当医から「完治」の太鼓判を押されています。


ちょっと前までの測定器は、大きく重く、針も太かったので痛かったそうで、便利と分かっていても嫌になる人もいたようです。

私の測定器は、最新で、針は極細でまったく痛みがありません。測定に要する血液もほんのちょっとで済みます。まったく便利になったよねと、先の先輩も同様の機種を最近買ったようです。先輩曰く、持ち運びできるのがすごいらしいです。


私にとって、この血糖値測定器は、生活をエンジョイする上での「スグレモノ」です。

記録や出力もでき、日常でこまめに測ることで、忙しさにかまけて忘れがちな「自分の体の様子」を客観的に知らせてくれます。


この測定器には、こうなっていってほしいという私なりの希望があります。


それは、「血を出さずに測定できる機械」にならないかな?ってことです。

血を出すので、実は毎回、消毒等に気を使います。これがなくなればもっと頻繁に測れます。


だれか、開発してくれないかなって思ってます。

もうかれこれ20年近く、障害のある方の就労支援をしています。


この世界は、自立したい障害のある方と協働することができる、暮らしやすい「まちづくり」を追求しようとしています。このことは、20年前から変わらない概念です。


20年が経ちますが、すべての障害のある方が、世界のどこであろうと普通に働いているとは言えない状況です。就労・雇用は、雇用する側-される側(被雇用側)の思いとは別に、その国や地域の産業に大きくかかわる問題で、同時に人が世の中で生きるための権利であるとともに、その「働き方」は人それぞれ、自由なものです。


就労支援が、「全人格的支援」と呼ばれているのは、「はたらく」ことには、ただ単に収入を得ること以外に、生きがいや喜びをもたらす側面があるためで、こうなると障害があるなしにかかわらず、「労働とは何か」を追求することが必要になる世界です。


私自身は、福祉世界がよく、「働けそうにないかわいそうな人だから、働かなくていいようによくしてあげよう」ってな気分なのが、腹が立っています。私自身はこの仕事に就いた時から、「障害があろうとも、働きたい意志のある方は、我々同様、国税の納税者になっていただき、私たちの仲間に迎え入れよう」と思ってやっています。っていうか、今までその信条でやってきました。これからもそうです。


すいません、前置きが長くなりましたが、そういった気持ちを持って、20年近く、障害当事者の支援を行ってきました。


本人支援は、簡単に言うと次の手順で進めます。


→ ①相談(希望の有無、方向性の把握) 

→ ②アセスメント

 【状況観察(当事者アセスメント) → 環境観察(環境アセスメント) → 地域リサーチ(希望が成就するかどうかの地域アセスメント)】

→ <<個別支援計画の策定・同意>> ・・・以下の③~⑥までの手順を計画する 

→ ③準備指導(本人希望のスキル等を身につけていただく) 

→ ④試行的指導(本人希望のシチュエーションで試行的に体験等を行う) 

→ ⑤マッチング

 【本人が希望する職業と実際に求人希望がある職場とをコーディネイトし、インターンシップを行う等】 

→ ⑥フォローアップ(側面支援の必要有無を確認し、継続的に働けるように支援) 

→ ⑦フェイドアウト

 【本人が自分自身の力で就労継続ができるように余計な支援を取り除いていく】 

→ ⑧モニタリング(離れたところから見守る)


本人の希望を素早く理解し、素早いリサーチで、それを解決していくことは、今も昔も変わらぬ掟です。

この本人支援も、20年前と今とでは、ずいぶんスピーディーかつ効果的になってきたと感じています。


例えば、上記の支援手順のうち、①は、基本、対面で行いますが、本人抜きで支援者が独りで走り回ることもあります。

②は、支援者があれこれ調査をしていきます。状況と観察は本人にくっついて、地域は本人から離れて走り回ります。

③、④は基本的に本人にくっついていますが、希望の状況を作るためには、そういった材料や場があるかどうかをリサーチし、合ってなければ移し替える作業をします。ここでは支援者が独り作業をします。

⑤はリサーチが主体です。本人の信用を得るためには、これが最も重要です。俗に言う職場開拓&職場実習の設計(企画・実施)です。

⑥もリサーチですが、鋭い本人状況への観察眼が必要です。⑥と⑦、⑧は支援者としての資質が出ます。働く喜びは本人が持つもので、支援者の独りよがりであってはならないからです。


ここで、お気づきでしょうか?障害当事者支援と言っても、本人といつも一緒ではなく、離れた所から「本人等(家族・周辺支援者等)への確認・判断・関係者間の情報共有すること」や、「地域の諸機関や支援担当者を、本人を中心に計画したリサーチの手順に沿ってマネジメントすること」が必要になってくるんです。


つまり、

① 本人の刻々と変化する要望や現在状況の今(NOW)を、捉えておく。

② 本人を取り巻く支援者同士の動きや、理解度をお互いに理解しておく。

③ マネジメント途上の、支援者・機関のスケジュールやメッセージを素早くとらえ、対象となる本人や周辺者にできるだけ早く伝え、理解してもらい、実施できる状況にする。


これら、ケアマネジメント(地域全体のサービスを駆使し、異なる支援者間連携による、順序だった本人支援)サービスや地域コーディネイト業務を行うには、固定された施設等の建物から出て行くことが必要です。


↓ 上記を踏まえたところで、本日の課題!!


20年前から、その道具の出現で、ものすごく支援のスピード、精度、効果が上がったと思うモノ!


A 携帯電話(特にかつてのPHS→安価で操作のシンプルな携帯

B パソコン(データーベース、中でもグループウェア。それと月並みですがメール。中でも携帯に転送する機能


Aについては、そんなものはあっても貧乏の福祉機関は高くて買えなかった。それがだんだん安価になり、当時の施設で自分が初めてケイタイを持たせてくれたんです。それがPHS(ピッチ)でした。出かけたら通信できない、クルマを運転しているとか、田舎で公衆電話が見つからない、付き添いでその場の電話は申し訳なくて使えない。

こんな時、PHS(ピッチ)はまさに支援時間を短縮し、すぐ行動に移れるスグレモノでした。

(また、次のBとかぶりますが、ケイタイ・メールはすごいと感じました。電話は相手が出ないことがありますが、メールは今考えたり思いついたことが、文章にして相手に届けておける。当たり前すぎて笑われてしまわれそうですが、今でも初めて出た時のその衝撃は忘れてません) 


今も携帯はそういった視点で使います。遊びで使うなんてとんでもない。繋がりやすく、機能のスピーディーな携帯は、仕事上、絶対必要なアイテムです。


Bは、本人に関する記録と周囲の支援者間での共有です。当事者はもちろん人間なんです。言ってることが次の日には変わったり、支援者によって相性もあり、違うことを言い、支援者も違う指示を出してしまいます。

その時その時の記録が、得たい瞬間にダイレクトに支援者間で共有できる。これが大切で、メールもそうですが、重宝するのは「転送機能」。内容が切り替わったり、誰かに何かの情報が行ったとき、支援者が新たな行動に出た時に、その情報がお知らせとして手元に来る感覚が必要なんです。

特に、設置型のデーターベースは、大阪市のセンター群で独自に開発したものをみんなで使ってます。これは支援記録の塊なんですが、最新情報が常に上に来るようにできていて、かつ更新されると手元の携帯に情報転送されます。これで本人の動きをこちらがつかめずに、支援者連携が取れず、全く違う指示を出してしまうことが防げています。


長々と書きましたが、以上が、「仕事上でのスグレモノ・アイテム」です。

この道具のおかげで、私は自分の仕事に将来を感じましたし、思わぬ発想が素早くできるようになりました。まさに道具のおかげです。


最後に、将来こうなってほしいなと思うことですが、特に思い浮かびません(すいません)。言い訳ですが、上記も、「無かったら無いでやってきたこと」なのです。ですが、道具が仕事を変えたことは事実です。

その時には一生懸命やるしかないので、あれこれ夢想している場合ではなかったんです。

自分にとって、要望が増え、自分自身も効果的に思える支援をやらざるを得なくなった時、イメージがしっかりできてきたら、「新しい道具やシステムが欲しい」って思うのでしょう。今、無いってことは向上心に欠けているのかもしれません。頑張らなければ!


以上です。 拝

 

私たちは、様々なモノに助けられて生きています。


今日の授業で先生から、鉄棒の「逆上がりの励行」は、「腹筋の強い人間を増やすという軍事的な目的」があったのだと聞きました。

たしかに、小さい頃は体育の授業で「逆上がりは必須」だったし、先生のお話をなるほどと思ったと同時に、ふっと、当時の小学校の先生が言っていたことを思い出しました。


当時の体育の先生が言ってた、逆上がりができないといけない理由は次の通り。


① 「人間、眼の前に棒があると、飛びついて乗り越えるか、くぐって通り過ぎるかするものだが、乗り越えようと走ってきて飛びつこうものなら、勢いがつきすぎて前のめりに顔から落ちてしまうかもしれない」

② 「もし、乗り越えなければならない障害なら、下からくるっと一回転して逆上がったほうが、安全だし、走ってきた勢いも使える」

③ 「同じく棒の上で静止するなら、見た目がきれいなのは逆に上がる方法です」


その先生は、今考えると、割に洒落た、合理的なことをおっしゃっていたのだと思います。

先生の今日の授業は、私にとっての発想の転換まで至らなかったですが、少なくとも今TVによく出ている「脳科学の先生(なんとかいう)」が言ってる、「アハ体験?」みたいで、なんだかスッキリしました。



それはさておき、身の回りの機器で人間工学的なモノ...(いろいろ考えてみましたが...)


かつて、修士論文で、私は「障害児童のためのコミュニケーション・エイド」の研究をしましたが、エイド(支援機器)の作成で最も苦労したのは、エイドについている「スイッチ」のON/OFF感覚でした。


パソコンも携帯電話も、大いなるスイッチの塊だと思う。スイッチはキーをカチッと入れる。

家の灯りも、換気扇の紐スイッチも、カチッとON/OFFする。


昔作った「エイド」はフラットなディスプレイの上にタッチパネルを使用しました。ディスプレイの表示に合わせて、スイッチ部をコントロールすることで、フレキシブルなスイッチを実現しようとしたのです。


そう思い、脳性まひのある児童にエイドを作成し、入力部分にパネルを導入すると、これが使いずらかった。

手が不随意的に動いてしまうので、目標点から外れてしまう。

フラットなすべすべパネルを用いたが、その上に木枠を作成してかぶせました。

そうすると、たちまちその子の手指の先が引っかかり、使いやすいと喜ばれた。


あのとき、要望があって付加した機能が、「クリック音」。

パネルには押し下げ感が付けられないので、カチッという抵抗感がない。その代わりが音だった。

これは大成功でした。その時は、その子が目標点を確実に押せるというより、私がその音をユーモラスに作ったので、幼い障害児には思い切り喜ばれました。例えば、一番評判だったのは、「でっかいおならの音」でした。


今、流行っているのはアイ・パッド、アイ・フォーンっていうんですか?

電車で若い人が指を広げたり閉じたり、あれ、みんな使ってますよね。

反面、私の母(85歳)は、最近、携帯をやっと使えるようになりましたが、使うきっかけと言うか、決め手はカチッと感(クリック感)でした。あれがないと操作した感じがしないと言います。

いろいろ使ってみて、カチカチの機種をやっと持つようになり、今使ってます。


私は携帯や、パソコンキーに非常なノウハウが隠れているような気がします。

スイッチを入れるという日常的な動作に、「確かに入れた」という感触を与えるにはどうしたらいいか。

実際、アイ・パッドって、障害のある方にはどうなんでしょうね。


やっぱり、昔、自分がやったように必要なら、「クリック音」が出るのでしょうか?(ウィンドウズ等のOSにはそういった機能が付いていたような...)


知らずに入れてしまうような危険なスイッチは要りませんもんね。そういった意味では宿題である、「私が日常で感じる人間工学的な機器」の代表格は、機器に必ず付いている様々な形状や用途の「スイッチ」たちです。

人間工学について、ブログを立ち上げました。




吉田先生にご指導いただいたことを、ここに記していきます。




よろしくお願いいたします。