今日は、河合隼雄著『ユング心理学入門』を読み終えた。


難解で、特に夢分析やアニマ・アニムスの箇所はよく理解できなかったが、
「個性化」については自分なりの解釈をしたので、書き残しておきたい。


そもそもなぜユングに興味を持ったかと言えば、自分の、40代前半まで成功と言ってもいいくらいには順調だった会社員としての人生が、、

40代中盤で少しずつ崩れだし(急ではない。大きな失敗があったわけでもない)、今、うつ病という形で働けなくなった理由を、医学的見地とは別のところからも知りたいと思ったことがきっかけだった。


「個性化」に至る過程について、できるだけ分かりやすく書いてみる。


人の心には、「意識」「無意識」の領域がある。

人が生まれたとき、まだ意識と無意識は十分に分化していないが、成長するにつれて「意識」の中心である自我(ego)を発達させていく。


さらにこの自我は、家庭、学校、会社などの人間社会に適応するために、周囲から期待される自分(ペルソナ)を形成していく。


その一方で、「これは自分らしくない」「こうあってはいけない」とされた性質や欲求の一部は、意識されないまま無意識の側へ押しやられる。

これがシャドウ(影)となる。



人生の前半では、エネルギーは主として外の世界に向かい、社会の中で自分というものを確立し、仕事や家庭などを通して周囲との関係を作っていく。


この場合、ペルソナは悪ではない。

ペルソナも自分の一部である。
人生前半を生き、社会に適応していくための必要な助けになる。


だが、人生の終わりが徐々に見え始める中年期(40代、50代)において、今までの生き方ではなぜか満たされない、という感覚を抱くことがある。


それまで外の世界に向かっていた心のエネルギーが、次第に内面にも向かう。


そして、それまで十分に生きることのできなかった自分や、意識の外に置いてきたものが無視できなくなってくる。


「このままでいいのか?」
「何のために生きているのか?」

そんな問いが、自分の内側から湧き上がってくる。


この変化はときに強い混乱苦しみを伴い、中年期の危機として現れることもある。


ただし、ユング心理学では、こうした危機を単なる崩壊としてだけではなく、人生における内的な発達へ向かう契機として捉える。



自分に起きていることがまさにこれだ、とまで言うほど盲信してはいない。

うつ病には当然、医学的に考えなければならない側面もある。

ただ、なぜかこの説明は、自分の中にすんなりと入ってきた。



さらにユングは、人生の目的についても一つの答えを示している。


意識の中心である自我(ego)は、自分のすべてではない。

その外側には広大な無意識が存在し、ユングは意識と無意識を含めた心全体と、その全体性の中心を「自己(Self)」という概念で表した。



そして、自我が自分こそすべてだという立場から離れ、それまで意識してこなかった自分の側面とも向き合いながら、より大きな自己との関係を深めていく。

それが「個性化」であり、人生とはその個性化の過程である、と自分は理解した。


ここでいう個性化とは、自我と自己が完全に一つになることではない。

無意識はあまりにも大きく、自我が自己のすべてを知ることはできない。


弱い自分。
嫌いな自分。
認めたくない自分。
本当はなりたかった自分。
これまで生きることのできなかった自分。


そうした、自分が「自分ではない」としてきたものにも少しずつ気づき、それらを含めた、より大きな自分と関係を持ちながら生きていくことなのだ、と思う。


だが、正直、「だから何だ?」とも思う。


個性化の過程には、ときに強い痛みや苦しみが伴う。

そして、おそらく個性化が進んだからといって、苦しみから完全に解放されるわけでも、必ず幸せになれるわけでもない。


では、個性化は人に何をもたらすのだろうか?


おそらく個性化がもたらすものとは、

「自分自身の人生を生きる」ことか、と思う。


社会からどう評価されるか。
どれだけ出世したか。
どれだけ稼いだか。
人と比べて勝っているか、負けているか。



そういう外側の物差しだけで自分の人生を測るのではなく、

「自分は何を生きたいのか」

という内側の問いにも耳を傾けながら生きる。


それによって苦しみがなくなるわけではない。

むしろ、自分の中にある矛盾を知ることで、苦しくなることさえあるのかもしれない。


それでも、

「これは自分の人生だ」

という実感には、少しずつ近づいていくのではないか。


人生の目的とは個性化に近づいていくこと。

そして人生そのものが、個性化の過程である。

『ユング心理学入門』を読み終えた今、その考え方に妙に納得している。


それなら人生も悪くないか、と少し思える。


それだけでも、この本を最後まで読んでよかったと思った。