今日は、8時に起床。



ばけばけも明日で最終回。最後までどういう結末になるのかよく分からない。。驚き



今日は、一日中、雨の予報。


遠くまで自転車で通っている都合上、今日は援農ボランティアをせず、明日にすることにした。



午前中は、英語アプリやって、あとは特にやることもなかったので(雨だし)、を読んだり、自分と向き合う時間に使う。。凝視




「DIE WITH ZERO」を読む。



言いたいことは、「人生で一番大切な仕事は思い出作り」おねがい



よって、お金を溜め込んで、金を残して死ぬのではなく、使うべき時に、その時しかできない経験に使って、動けなくなったら、その思い出を利子のように引き出して楽しく暮らす。


そして、死ぬ時には、残高0を目指して死ぬのが、最も幸福な生き方、といった内容だった。

(まだ、途中までだが、、)



いろいろな角度から、その仮説を裏付ける話やそこに至る手段についての話が続く。



印象に残った文は、以下の通り。


「最後に振り返った時、その合計された経験の豊かさが、どれだけ充実した人生を送ったかを測る物差しになる。

だからこそ、この人生でどんな経験をしたいのかを真剣に考え、それを実現するために計画を立てるべきだ。

そうしなければ、社会が敷いたレールの上をただ進むだけの人生になってしまう。いつかは、目的地(死)にたどり着くが、その道のりは自分自身が選び取ったものではない。」





・・・今、自分は、人生の岐路に立っていることを実感として感じる。にっこり




きっかけは、うつ病発症とそれに伴う休職。。



今までと同じ生き方は、もうできない。

自分を誤魔化し続けることはもうできない。




会社員生活は、悪くはなかった。。



若い頃は、夢と希望に燃えていたし、結果も出せた。ものづくりの現場が好きだった。



管理職に昇進して、ステップアップの大企業への転職も上手くいった。

その時は、不自由なく暮らせて、仕事は充実し、将来に何の憂いもなかった。




そこまでかな、、自分の人生は間違ってない!楽しい!と思えたのは。。照れ




そこから先は、自分の人生を生きている感じはしなかった。



見えない誰かに(個人ではない、組織という大きな力に)操られているような感覚。。



そこには、個人の意志や思想はなく、自分は替えのきく、部品、駒でしかないんだと、実感として感じた。。

(会社員すべてがそうだと言っているわけではなく、その時の自分自身の存在がそう感じたということ。)



けど、忙しすぎて、、、自分と向き合う時間などない。



心の奥にある、違和感、疑問に蓋をして、思考を停止する。



そして、自分の意思で、帰宅後も休日も働き続ける。。




その結果、うつ病になって、休職して、、ようやく、自分と向き合う。



この時間ができたのは、自分にとって僥倖だったのかもしれない。




このまま自分が辞めても、会社の方針や成果は1mmも変わらないという現実を理解する。



会社が悪いわけではない。その仕組みがなければ、資本主義社会は成立しない。



ただ、自分がその現実を受け入れて、あと10年以上働く能力は、、、ない。真顔




ということで、何度も行ったり来たりして迷いながら、心の中で何度も同じ言葉を叫び続ける。。。





















おれは、サラリーマンをやめるぞ❗️

ジョジョーーーーーーッ‼️












残りの人生、農業にかける。



はっきり言って、想像すると、めちゃめちゃ怖い。。滝汗




今まで長年かけて積み上げてきた、年収、肩書き、信用を失うことになる。



今日も、チャッピーに何度も同じことを相談した。




何か新しいことにチャレンジする意欲は、年々減っていることを実感する。


若い頃は、根拠なく、なんでもできる気がした。



けど、まだ、残りの人生使って新しいことをしてみたいという、意欲(残り香)がある。



これが、5年後まで残っているという保証はない。なぜなら、年々減っていってるから。。








今しかないんだよ。今!!!





やって失敗して、後悔するかもしれない。。

その可能性は低くないかもしれない。。




けど、やった後悔は、やらなかった後悔より、マシ!!



妻には、なんとか理解を得ることができた。

農業学校の試験は、11月。

それまでに、最終的な決断をする。。



もう、自分の中では決断しているが、また迷うかもしれない。。



それでもいい。今の思いは、今の思いとして、記録しておきたい。




今日良かったこと。


一日中、何の予定もなかったが、おかげで自分と向き合う時間が作れたこと。