あの手この手を尽くす

 

旅行から戻って程なく 2015年 会社が始まった。

 

会社に這うように行って、席についてパソコンの前で

 

ぼーっとしている。

 

心療内科の薬を飲んでいるから、たまにコックリと寝てしまう、

 

そんな毎日がまた始まった。

 

こんな勤務態度だと、周りの誰かに何か言われるかも知れないけど、

 

私自身はそれどころではないから

 

言われたら言われた時だと思っていた。

 

多分、そんな私の姿は、あまりにも気の毒だったのだろう、

 

誰からも何の注意も受けず見過ごしてもらえたようだ。

 

ありがたい。

 

それでも病んでいる私は、どこで何をしていても身の置きどころのない

 

辛さだった。

 

辛いのは心が一番だけど、心を治すのに

 

この、不自由な身体を少しでもまともにしないとダメだ、

 

だって、それが理由で心を病んだのだから。

 

まともに歩けるようになれば、視界が歪んでグラつくのがなくなれば、

 

いやいや、そこまでは無理でもせめて人並にご飯が食べられるようになれば、

 

この心も落ち着くかも知れない。

 

この先ずっと、このままでいるのは辛すぎるから、

 

どうにかしないといけない。

 

幸い会社はクビになっていないし、

 

ゴルフも行けないからお金は使わない、

 

この際、治すためなら金に糸目をつけないで、何でも試すしかない

 

退院してから1年間、いろいろ試してきたけど結果はでなかった。

 

あきらめずに2015年こそ、あの手この手を尽くして這い上がるぞ!

 

心も身体もヘロヘロだったけど、そう思ってた。

 

とそんなわけで、この年は、いろいろなことを試みた。

 

まず、池袋と目白の中間にある鍼灸院に通い始めた。

 

週に2~3回を目標に会社を早退して通った。

 

脳卒中の後遺症を治療してくれるH鍼灸院だ。(ネットで調べた)

 

M先生はとてもフレンドリーで楽しい先生だ。

 

漢方薬にも強く、私の胃の不調に漢方薬を出してくれた。

 

ここは、脳卒中の後遺症治療は当時1回4000円で施術をしてもらえた。

 

他の治療は1回5000円だから、脳卒中の後遺症治療の報がお安くなっている。

 

他の不調と違って、脳卒中の後遺症は それだけ

 

頻繁に通わないとなかなか結果がでない、ということだった。

 

鍼灸に通いながら、他にもこの年に試したことがある。

 

大阪に「動きのコツ」という、

 

脳卒中やパーキンソンの後遺症を改善するリハビリ施設がある、

 

という情報を 当時の脳幹出血のサイトやブログ(たんぽぽさんの)からゲットし

 

東京にも出張リハビリで月に一回来てもらえると知って、

 

まず、赤坂に体験を受けに行った。もちろん一人で初めての所に行くことは無理

 

友人Tに付き添いをお願いして出かけて行った。

 

今では「動きのコツ研究所」となって大きく展開されているようだけれども

 

10年近く前のこの頃は代表のI先生が確かおひとりで

 

大阪から東京にエリアを広げているところだったと思う。

 

私は自身の脳幹出血のヒストリーを伝え、歩きを撮影してもらい 

 

その歩きを一緒に見た。

 

自分ではもう少しましだと思っていたのに、

 

撮影された私の歩きがひどくてがっかりしたのを覚えている。

 

呆然とする私に、「改善できますよ」と言ってもらい,

 

 

月1回の東京での対面リハビリ6回と週1回のスカイプで大阪と

 

私の自宅をつないでのリハビリ10回という契約をしたのだと思う。

 

この時は20万以上の支払いだったはずだ。

 

この年はまだまだ、いろいろなことをした。

 

森田療法の日記療法を1年近く受けたのもこの年だった。

 

そして、神経性胃炎専門の受け皿がある新板橋病院への

 

通院を開始したのもこの年だった。

 

眠りのツボと胃と心のツボにお灸も始めた。

 

訪問マッサージもお願いした。

 

週に一回来てくれる そのマッサージの先生は

 

そんな私の様子を見て「YUFさんは絶えず戦っているんですね」

 

と感心してくれた。

 

そう言われたとき、「結果はでてないけどね」と悲しくなったのを思い出す。

 

でも、負けないよ。

 

                                                                           to be continued.

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