佐藤は筋肉質だった。ボディビルダーのような凹凸はなく、見た目はむしろ痩せて、ひ弱なイメージさえあったから、その事実を知った時は意外だった。

 

 佐藤はいつもビクビクしていた。いわゆるいじめられっ子で、みんなにからかわれ、昨今のような陰湿なものではなかったけれど、そういうのに関わりたくなかった中学二年の私が何かの拍子に彼に触れた時、からかわれると思ったのか、押し戻してきた腕が鋼のように硬い筋肉で覆われていた。

 

 

 

         

「ん?」

 

 車を降りて玄関に向かうと、道路に気配を感じる。このような時に生じる違和感は案外信頼でき、気のせいだったことがない。

 

「やっぱり…」

 

 気配を頼りに暗い道を歩く私を待っていたのは、大きな蛙。雨あがりのアスファルトでしがみつくようにじっとしている。何蛙というのか、非常にどっしりとした重量感。女性なら確実に悲鳴をあげているだろう。これまで幾度も目撃したイカ焼きのようにぺしゃんこになった蛙が頭をよぎり、このまま放っておくわけにもいかず、手掴みというわけにもいかず。

 

「ここにいたら轢かれるぞ」

 

 プラスチックのちりとりを片手に説得。掬い上げるように蛙の下に滑り込ませるプランはあるものの、その拍子にこちらに飛びかかりでもしたら、それこそ夜中の住宅街に悲鳴が轟くだろう。

 

「轢き蛙になりたくないだろう」

 

 そう言って、人間でいう二の腕の部分を突き、端に行くように誘導したとき。

 

「なんだこの力」

 

 前脚でプラスチックを振り払う蛙の、押し戻す力。自分よりも何十倍もの大きな怪物に凶器をあてられているのに、退散どころか、果敢に立ち向かう姿に驚きを隠せない午前2時。

 

「なんだよ、邪魔すんなよ」

 

「こんなとこにいると危ないって」

 

「わかっているさ、こっちだってこんなに早く梅雨が明けると思わなかったんだ」

 

「それで、どこへ行くんだい」

 

「まぁ、とりあえず快適に過ごせる場所。今年は猛暑になるらしいからね」

 

「蛙にも避暑地があるのか。とにかくここじゃ危ないから、渡るなら早く渡らないと」

 

そういうとゆっくり向きを変え、大きな体を動かし戻ってゆく蛙。

 

「佐藤じゃないよね」

 

私は思わず口にした。

 

「佐藤?何のことだい」

 

タクシーのヘッドライトが、彼の顔を舐める。

 

 

「よかった…」

 

 日に照らされた道路に安堵する朝。彼にも、素敵な夏が訪れることを願って。

 

 

 

 

 

*先日出演したラジオ番組で話したエピソード。2018年7月に「プリズム」で掲載された「真夜中の蛙」を修正したもの。