コーディネーターの方が言うには、移民などの受け入れも多く、派手な観光名所ではないものの、穏やかに暮らしたい人々が集う街とのこと。川が流れ、静かで落ち着きのある雰囲気。建物も可愛らしく、とても居心地のいい港町ナントは、ガレットなども有名なようです。それにしても暖かい。コートなしで外を散策できるほど。

 

「やはり、人気だ…」

 

 二千人の会場はこれまで以上に激しい熱気に包まれていました。ステージ上にはオーケストラ、合唱メンバーもスタンバイしています。そうです、今から行われる演目は交響曲第九番、いわゆる「第九」。最初から最後まで生で聴くのは人生初になります。

 

 日本では大晦日の風物詩としての印象が強いですが、フランスでは、歌詞が革命賛歌ということもあり、我が国よりも強い精神的な繋がりがあるのではないでしょうか。

 

「いよいよだ」

 

 緊張感が高まるなか、拍手の余韻を突き破るように始まった第一楽章。座った2階客席からはティンパニー奏者の活躍がよく見えます。ロシアのエカテリンブルク・オーケストラ。ベートーベンを象徴する一曲ですが、やはり生演奏のエネルギーは強く、ベートーベンが生きているかと錯覚するくらい「生命」を感じるのは、合唱が持つ力でしょうか。70分の圧巻の演奏は、まさしく、ベートーベンの命を繋いでいるようでした。

 

「あっという間だった…」

 

 鳴り止まない拍手と歓声。ホイッスルも飛び交うナントのラ・フォル・ジュルネ。フランスの地で歌われた革命賛歌にもはや座っていられません。場内が一体となって、カーテンコールを楽しんでいました。そして、余熱が冷めぬまま、次の公演へ。お目当ては、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」です。こちらも有名で、テレビなどでしょっちゅう耳にする曲ですが生演奏は初めて。アルゼンチンのピアニスト、ネルソン・オネゲルによる「皇帝」は、煌びやかで勇ましく、また2楽章はとても優しく。そして3楽章が終わると、体に異変が起きました。

 

「ブラボー!!」

 

 自分でも驚きました。飛び交うブラボーの中に、自分の体内からでた「ブラボー」がありました。意識的に出すというよりは、思わず出てしまったというような。昨晩からたくさんの音を浴びて、体内で熟したのでしょうか。人生初めて発した「ブラボー」になりました。

 

 続いて、スタッフのお薦めで向かった、アコーディオン奏者フェリシアン・ブリュによるプログラム「ヌフ」は、弦楽器にアコーディオンを織り交ぜたハーモニー。フランスの街並みとアコーディオンは相性がいいですが、中でも見事にアレンジされたピアノソナタ「テンペスト」は、会場にいながらも、パリの街角で遭遇したような世界観に浸れました。

 

 そして、ヨアキム・ホースリーというピアニスト率いるグループによる「ハバナのベートーベン」。タイトル通り、サルサやルンバなど、ラテンのノリ。パーカッションとピアノの音色が場内を踊っています。このリズムに体を揺らさずにはいられません。今にも皆、立ち上がって踊り出しそうな雰囲気。ピアノの弦を叩いたり、まるで打楽器として扱っているようでした。

 

「ご馳走様でした!!」

 

 こんなにも素敵な音を浴びた一日はあったでしょうか。ラ・フォル・ジュルネは、極上の音で溢れていました。ベートーベンのメロディーを世界中の演奏家たちが調理した、音のご馳走。素材を活かしたものもあれば創作料理のようなものも。どれを聴きに行こうか迷う喜び。前菜、メインディッシュ、デザートと、朝から晩までコース料理のように味わいました。また、ベートーベンという一つのテーマが、むしろ、表現の自由さや大胆さを強調していた気がします。とてもカラフルに彩られたベートーベン。5月のラ・フォル・ジュルネが一層楽しみになりました。